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異世界で結ばれる縁【6】

 店に足を踏み入れてきた柊一郎様は以前と変わらずピシっとした装いで、背筋もしっかりと伸びている。

 あの日眼鏡越しに私を冷たく見下ろしていた目は和らいでおり、目の下の隈も薄くなっていた。


「先日は申し訳ありませんでした。初対面の方にあのような態度をとってしまい……」

「だ、大丈夫です。顔を上げて下さい!」


 入って来て早々腰を九十度曲げ深々と頭を下げる彼に向かって、慌ててそう口にする。

 放っておいたら土下座でも始めそうな勢いだ。

 この世界の土下座はポーズ的なものではなく本気のものだし、そこまでやってもらうような立場でもない。

 渋る彼を何とか促して顔を上げてもらうと、しばしの無言の時間。

 以前部下の男性が言っていたように、柊一郎様はあの態度になった原因について一切言い訳じみたことは言わなかった。

 言葉も表情も申し訳ないという意思がまっすぐに伝わってくるもので……人間的に素敵な人だな、と思うと同時に自分の中の罪悪感も増してくる。


「……こちらこそ、あの日は名乗りもせずに店を出したいという自分の願いだけを主張してしまい、申し訳ありませんでした」

「え?……い、いいえ、頭を上げて下さい! 私の態度が酷かった以上、あなたの態度も当然のことです」

「いえ。もしも私がもっとしっかり対応していたらあなたの態度も和らいだかもしれませんし、本当に申し訳ないです」

「いいえ、私が……」

「いえ、そもそも……」


 同じように深く頭を下げると、今度は彼が慌てだす。

 そうしてその流れで謝罪合戦が始まってしまって数分が経過してから、ようやく私たちは少し気まずい気分になりつつも落ち着いて話を始める事が出来た。

 お互いに謝りすぎたのは気のせいではないだろう。

 同じ相手に一生分の謝罪を済ませてしまったのではないかと思うくらいに、申し訳ありませんの応酬が続いていた。


「自己紹介が遅れてしまい申し訳ありません、紫苑と申します」

「柊一郎と申します。こちらこそ名乗りもせずに申し訳ありません。おかげさまで体調も回復いたしました、ありがとうございます」


 そう自己紹介し合ってからまた謝ってしまったことに気が付いてしまい、同じように謝罪の言葉を口にした柊一郎様とほぼ同時に苦笑いが浮かぶ。

 ただ苦笑いとはいえ、笑ったことで良い具合に力が抜けたのは彼も同じなようだ。


「それともう一つだけ、あなたの城付近への立ち入り不可の解除が出来ませんでした。申し訳ありません」

「大丈夫です。お城には他にたくさんの方がいらっしゃるでしょうし、面倒事を起こす可能性の高い来訪者が近づかないのならばそのままの方が良い、という判断をされる方が多いのは仕方のない事ですから」

「……申し訳ありません、私一人の判断ではどうにも覆す事は出来ず。あなたの評判は町の方々から聞いておりますし、部下たちの報告も聞いて問題無いと報告はしたのですが」


 来訪者を保護しようと最初に言い出したのはこの人だと部下の方が言っていたし、そういうしがらみもあるのだろう。

 悪いのは今まで騒ぎを起こした来訪者たちであって、この人ではないのに。

 それにしても部下“たち”とはいったい……?

 私は以前来た男性しか知らないのだけれど。


「部下たち、ですか?」

「来訪者の様子見もあるし、と買い物に来ていたようです。この店を気に入って常連になっている者もいるらしいのですが」

「そうなんですか?」


 様々なお客様がいらっしゃるので一人一人の職業までは把握していないから、誰の事かはわからない。

 だが様子見目的で来た人が常連になってくれたのならば喜ばしい事だ。

 それに蓮が協力してくれている今、城へ近づかなければならない理由もない。


「私は特に城へ近づく理由はありませんので、大丈夫です。一番の問題だった特級の勾玉取得の依頼方法はもう解決しましたし」

「ありがとうございます。しばらくしたらまた解除できないか申告してみますので」

「それにお店の運営方法の説明書、ありがとうございました。おかげさまで他のお店と揉めることもなく無事にお店を続けていられます」

「お役に立っているならば幸いです」


 この人がくれた説明書には商品の値段を付ける目安なども書かれていて、本当にわかりやすかった。

 私のお店の商品は安くはあるが、他の店のお客様をすべて奪い取るほど安いわけではない。

 説明書が無かったらお金に余裕があるからと過剰に値段を安くしていたかもしれないし、もしもそうしていたら他の店と揉め事に発展した可能性が高かった。

 そうなれば私も今までの来訪者と同じ様に白い目で見られていただろう。 


「城に近付けないことで不便があれば言って下さい。個人的に出来る事であれば協力いたしますので」

「え……いえ、そこまでしていただくわけには」


 さすがに遠慮しようと思って口を濁すと、柊一郎様はふわりと笑顔を浮かべた。

 普段真顔の人間が浮かべる笑顔の破壊力はすさまじい。

 以前の推しキャラにもいたなあ、と真面目キャラが満面の笑みになったスチルにときめいたことを思い出した。

 二次元の想い人の一人だったキャラクターを思い浮かべつつ、昔ハマったゲームの一つについて考える。

 ……こうやって頭の中で二次元の事を考えつつ、一切顔には出さずにしっかりと現実での会話を進められるのも、ある種の特技かもしれない。


「初めてこのお店を訪れたあの日まで、私は自分の体調の悪さに一切気が付かず、周りの心配を跳ねのけてまで動き回っていたのです。あなたが診療所行きを強制して下さっていなければ、命を落としていてもおかしくなかったほどに疲弊していたらしく、友人たちからも相当怒られてしまいました」

「ええっ、そこまで深刻だったんですか?」


 空笑いする柊一郎様だが、色々考えつつも診療所へ行かせた自分を褒めてあげたい。

 倒れたらそのまま動かなくなりそう、と思ったのはまったく間違っていなかったようだ。


「店を訪れるよりも前からずっと診療所に行け、休め、とは言われていたのですが、自分では問題無いと思っておりましたので大丈夫だと言い返していました。本当に大丈夫だと思っていましたし、多少疲れているだけだろう、と。まさかそこまで酷いとは思わず……おかげさまで今は体調も回復して生きていられます。その恩返しとして個人的に協力する分には何も問題ありませんし、反対する者もおりません」


 穏やかに話す彼は、あの日店に訪れた人物とはまったく違って見える。

 理知的で、冷静で、隠し切れない優しさが見える人。

 こちらが本当の彼なのだろう、疲労の恐ろしさを思い知った気がする。

 この優しい世界で過労死なんて……私も気を付けなければ。

 それと毎日の様に戦いに行く蓮にも、たまには休めと伝える必要がありそうだ。


「ありがとうございます、何かあった時にはよろしくお願いします」

「ええ、しばらく私の仕事は減らされてしまいましたし、残った仕事も体力を戻すために外回りのものが多くなっているんです。この辺りも見回りに来ますので、お気軽に声を掛けていただければ」

「減らされた、って……」

「もう医者からは以前のように動いても良いと太鼓判を押されているのですが、心配性の人間が多いもので強制的に仕事を減らされてしまったのです。とはいえそろそろ戦闘を始めないと勘を取り戻せませんし、しばらく近場で弱い影が出現する場所を周る予定です」

「気を付けて下さいね?」

「ええ、ありがとうございます」


 彼が初めて店を訪れた日が嘘のように、会話は穏やかに進む。

 もしも来訪者たちが問題を起こしていなかったら、初日もこういう風に落ち着いて会話が出来ていたのだろうか。

 ぽつりぽつりと会話は進み、店内にはゆっくりとした時間が流れ出す。

 あと一時間もすればお客様が来始めるだろう、柊一郎様と話しながらも頭の隅でそんなことを考えた時だった。

 店内に光が差し込み、入り口の暖簾が捲られたことに気が付いてそちらへ視線を向ける。

 暖簾をくぐってきた赤と黒の派手な羽織りを見て、誰が入ってきたかを一瞬で把握した。


「おい紫苑、朝早く悪いがいつものとは別の効果の組紐を追加、で……柊?」

「蓮……?」


 ひょいっと暖簾を捲って入ってきた蓮と柊一郎様の視線が合って、二人とも凍ってしまったかのようにぴたりと動きを止める。

 二人の顔に視線を走らせてみるが、揃って目を見開いたままで固まっていた。


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