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わたしを救った百合迫る後輩との同居生活は想像よりもずっと甘い。  作者: 藤白ぺるか@4/1美容スキル第1巻発売


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第29話 実家

 落合さんとお母さん――なぜか二人は互いのことを知っていた。名前まで、当然のように呼び合っていた。

 私はただ、混乱の中で立ち尽くすしかなかった。


「すぐ近くに車を停めてあるから行くわよ」

「う、うん……」


 結局、その場では詳しい話を聞くことはできなかった。私たちはお母さんの案内で車に乗り込み、後部座席に落合さんと一緒に座った。

 感動の再会ではあったけど、そのあとの私の頭の中はぐるぐると混乱しっぱなしで、目の前の状況についていけていなかった。


 荷物はトランクに入れてもらい、車が走り出す。

 車窓から見える函館の景色は、思っていたよりも変わっていなかった。


 高層ビルといえば、ビジネスホテルばかり。

 北海道の中では函館は有名な観光地だが、実際の街並みはどこかのんびりとした田舎の空気が漂っていた。


 駅から少し離れると、山の全体像が見えてきた。

 函館山――百万ドルの夜景として有名なその場所。私も子供の頃、何度も頂上まで登った思い出がある。

 昼間はロープウェイで、夜になると車道が開放されて車でも登れる。友達の車で夜景を見に行ったこともあった。


 でも、もうその友人たちとは連絡も取っていない。

 地元の人間は結婚が早い。二十代前半で結婚するのも珍しくない。

 久しく見ていないSNSには、子供と一緒の写真がアップされている。

 その子供たちも、今ではもう小学生になっているのかもしれない。


「……先輩? どうかしました?」

「ううん。戻ってきたら、なんか色々と思い出しちゃってさ」


 本当は落合さんとお母さんの接点について聞きたかった。でも、それは今じゃない気がして、言葉には出さなかった。

 なんとなく、お母さんがいない場所でこっそり聞きたい、そんな気がしていた。


 落合さんは、相変わらず何も語らない。

 東京にいた時から、私のことを知っているような仕草や言葉が度々あった。

 でも彼女は、一度もその理由を教えてくれず、私自身で思い出すようにと言った。


 なら、この帰省の間に――全部を知るチャンスがあるかもしれない。


「ですよね。久しぶりって言ってましたもんね」

「…………バカ」

「ええぇっ!? いきなりの罵倒!? 先輩のいじわる〜っ」

「うるさい」


 何も教えてくれない彼女に、少しイラついた私はぶっきらぼうな態度で返した。


「ふふ。あなたたち、本当に仲がいいのねぇ」


 そりゃそうだ。今は同じ家に暮らしているし、落合さんは私のことを恋愛対象として見ている。否が応でも、近い距離にはなる。

 ただ――その事実を、私はまだお母さんに話していない。しばらく話すつもりもない。



「――そういえば、こんなお家だったね」


 車が止まったのは、二階建ての懐かしい一軒家だった。

 庭には小石が敷かれ、車を入れるスペースになっている。


 東京の家とはまるで違う、北海道らしい造り。寒冷地特有の二重玄関――玄関フードが目に入る。

 冬の風や雪の吹き込みを防ぐために、北海道では多くの家に採用されている構造だ。

 雪の日には、このスペースで足や衣服についた雪を落とし、玄関の中を汚さずに済む。昔からの工夫が詰まった、懐かしい構造だった。


 家の中に入ると、古い木の香りが鼻をくすぐった。

 長い時間を経た家特有の匂い。玄関は二重構造とはいえ、冷気は完全には防ぎきれず、結構寒い。


 荷物を一旦玄関に置いて、私たちはリビングへ。

 お母さんが温かいお茶を淹れてくれた。


「温まる〜〜っ」

「だね」


 部屋の中央では石油ストーブが稼働していて、徐々に空気を暖かくしてくれていた。

 小さい頃は、ストーブの前でずっとぬくぬくしていて、「背中が焼けるよ」と何度も注意された記憶がある。


 実家は煙突付きの構造で、ストーブから伸びた配管が屋根の上の煙突へと続いている。最近では見かけなくなったが、北海道の古い家では今でも見られる光景だ。


「二人はこれから、どこか行く予定でもあるの?」


 時刻は午後三時を少し過ぎたころ。

 この季節の函館は日が落ちるのが早く、四時を過ぎればもう薄暗くなる。


「ちょっと出かけて、すぐ戻ってくる予定。だからご飯、お願いしてもいい?」

「もちろん。六時半には帰ってくるのよ」

「はーい」


 お母さんとのやり取りは、本当に久しぶりだった。

 でも、顔を合わせると、意外にも自然に言葉が出てきて、やっぱり親子なんだと実感する。

 実家での食事はいつも早い。田舎なんてこんなものだろう。

 うちでは七時前に夕食を取るのが普通だった。


「落合さん、じゃあ二階の部屋行こっか」

「はいっ!」


 お茶を飲み終えた私たちは、荷物を抱えて階段を上った。


 久しぶりに見る、私の部屋。

 お母さんが掃除してくれたのだろう。綺麗に整っていた。

 だけど、やはり古い家の匂いが残っている。ちょっとした埃や木材の匂いだ。


「わぁ…………」


 落合さんの反応が、どこか感慨深そうで引っかかる。

 まさか……以前ここに来たことがある? でも私は覚えていない。


「落合さんは敷布団になるけど、大丈夫?」

「もっちろんです!」

「カビ臭いかもしれないけど」

「使う前からそういうこと言わないでくださいよ〜」

「昔からうちって、古臭い匂いのする布団使ってるからさ。でも、それも悪くないよ」


 東京の家では絶対に感じない、どこか懐かしく、少しだけ安心する匂い。

 和室ではないが、年季の入ったフローリングと部屋全体がそう感じさせるのだ。


 部屋の隅に荷物を置いて、少しだけ横になることにした。

 新幹線で四時間――ずっと座っていたせいで体も少し疲れている。

 落合さんと一緒に、敷かれたカーペットの上でほんの三十分ほど、仮眠を取った。


 ◇ ◇ ◇


 ザクッ、ザクッ――。

 雪を踏む音が、静かな町に響いていた。


 函館は北海道の中でも雪が少ない方だ。それでも積もる時は積もる。

 盆地のような地域と比べたらまだマシだし、気温もマイナス十度程度で収まる。これも北海道民ならではの感覚かもしれない。


 ただ、東京と違うのは景色に雪があるかどうか。

 それだけで、どこか心が温かくなる気がする。これは、私だけの感覚かもしれないけれど。


 私と落合さんは、腕を組んで並びながら、目的地に向かって歩いていた。

 雪で足元が滑りやすい上に、落合さんがずっと絡みついてくるから、歩くペースは遅い。でも、二十分ほどで到着した。


 町を走る路面電車。その通り沿いに目指していた場所はあった。


「中には……入れないみたいですね」

「うん。やっぱり、年末だから閉まってるか」


 そこは、私が通っていた中高一貫校。

 今は校門が固く閉ざされ、校舎の中を見ることはできなかった。


「校舎、ちょっと見てみたかったんだけどな」

「時期的に仕方ないです。また来ましょう」


 今日は諦めることにして、また年が明けたら改めて来ようと思い背を向けた。



 さらに二十分ほど歩いて、次の目的地へ。


 五稜郭公園――他よりも少し遅いゴールデンウィークの時期に桜が咲き誇る名所で、今は雪化粧に包まれていた。

 そして公園を見下ろすように五稜郭タワーも近くにそびえ立っている。

 観光客の姿もちらほら見え、静かな中にも賑わいが感じられる。


 中に入ることもできるけど、目的はそれではない。

 外から眺めて懐かしい空気を感じたかっただけ。


「ラッキーピエロだ」


 落合さんがぽつりとつぶやいた。

 帰り道、家に向かって歩く途中、ご当地グルメで有名なそのお店が二軒も見えた。


 函館を代表するローカルチェーンで、ハンバーガー、カレー、オムライスなど、その他様々なメニューも人気。

 どの味も唯一無二で、昔から地元民に愛されている店だ。


「明日以降、行ってみよう。今日はまだ一時間くらいあるし……おすすめのお店、寄ってみようか……あ、でも営業してるかな」

「先輩のおすすめ……!? やってるといいですね!」


 今日は十二月二十九日。お店が年末休業に入る直前のタイミングだ。


 期待と不安を胸に歩いていると、細い階段が見えてきた。

 その二階にある、目当てのお店は……まだ営業していた。


 ドアを開けると、カランカランとベルが鳴る。

 紅茶と茶葉の優しい香りが、すっと鼻を抜けた。


「あぁ……いい匂い」

「んん〜っ。癒されますねっ」


 そこは紅茶専門店。

 高校の頃、友達に誘われて行って以来、常連になった場所だ。

 大学時代の帰省中にも、何度か訪れていた。


「あれ、橘さんですか? お久しぶりですね〜」

「えっ……岡島さん……覚えてくれてたんですね」

「もちろんですよ〜。さ、どうぞお好き席へ座ってください」


 短い白髪に髭の背の高い優しそうなマスター――岡島さん。

 紅茶教室も開いていて、地元の主婦たちからも親しまれている。


 そんな彼が、私のことをちゃんと覚えてくれていた。

 数年ぶりなのに。思わず胸の奥が温かくなった。


 私と落合さんは、十席ほどの小さな店内で、窓際の席に腰を下ろした。




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