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side princess4(前編)


 あの人への想いを断ち切ろうとした私は、勇者に『剣』を送ろうと考えた。そしてその剣を作れる『職人』に会うために再び城を抜け出した。


 ──けれども、私は再びあの人と出会ってしまった。


 状況は初めて出会った時と同じだ。


 私が男に絡まれて、あの人がまた助けてくれた。


 以前よりも彼は遥かに逞しくなっていた。傭兵と思わしき柄の悪そうな男二人に全くひるむことなく返り討ちにしてしまったのだ。


 頭の片隅で、願望がなかったわけではない。それが淡い幻想であるとは理解しつつも、再びあの人に出会えるのではないかと。


 それが、最初の邂逅と全く同じで叶ったのだ。私は己の気持ちが殊更に強くなるのを自覚した。

私だって途中から気がついていた。


 彼が私のことを憎からず想ってくれていることを。あの時に私の中で芽生えた気持ちと同じものを彼も抱いてくれている。


 それがたまらなく嬉しくあり、そして辛かった。お互いに

気持ちを伝えることができないと分かっていたから。


 だからこそ、私は己自身にけじめをつけるため、『剣』を勇者ではなく彼に送った。


 彼に案内されて辿り着いた武具屋の店主──聖剣の鞘を作った職人の頼んだ。あの人に『剣を送る意味』を伝えずに、剣だけを渡してほしいと。


 この身はいずれ勇者の物になってしまう。それでも、心だけはあなたのものでありたいと。彼が『剣』を持っている事実だけを胸にこの先の人生を生きて行く。


 そして、私には婚約者となる人物がいることをあの人に告げた。自身の未練を、そして残酷ではあるが彼の私への想いを絶つために。


 ──そして私たちは互いの気持ちを一切口にせずに別れた。


 彼から一歩離れる事に、ズキリズキリと胸の奥に痛みが走った。ただ私はそれを甘んじて受け入れた。


 この痛みこそが私のあの人への気持ちそのもの。痛ければ痛いほど、それほどまでに強い想いであるということ。それをどうして否定できるのか。


 そして願わくば、あの人も同じ痛みを感じていることを。私という女がいたという証が彼の中に刻まれていてほしい。


 ただ──私は少しだけ『嫉妬』してしまった。


 あの人にはすでに恋人がいるという。それも二人もだ。


 名も顔も知らぬ彼女たちが羨ましかった。


 もし叶うのならば、私も彼女たちと同じように──。




「──イナ様。アイナ様?」


 名前を呼ばれ、私の意識が現実に引き戻された。己の手はいつの間にか胸元に──服を隔てた内側にあるペンダントに添えられていた。


 どうやら状況も忘れていつかの記憶に思いを馳せていたようだ。


 私は頭を振り、気持ちを切り替えた。


「申し訳ありません。状況の報告を」

「はっ。先ほどの信号弾の発生源を特定しようと出撃した部隊が、王都内に出現した厄獣と交戦。またそれに伴い、厄獣を召喚する魔法陣を複数発見したとのことです」


 伝令役の兵士から報告を受けた私は顎に手を当てた。


「……やはり、王都の外に出現した厄獣は陽動でしたか」

「お前の読みが当たったな」

「ええ。……なるべくなら当たってほしくない読みでしたが」


 私は父上──国王からの言葉に頷いた。


 今私は、普段なら王への謁見に使用される玉座の間にいる。


 これほどまで王都の近辺で厄獣が溢れかえる事態はなかった。その事態を重く見た王は、司令塔としてこの玉座の間に国の重鎮たちを集めていた。


 私は王の補佐としてこの場にいた。


 他の兄弟たちは外交のために他国に赴いていたり、国内にいても遠く離れた場所を訪れていたりと王城の中にはいなかった。これが運が良かったか悪かったかは、現時点では不明だ。


 今回のように前触れもなく、しかも統一性もなく厄獣が大量の出現するなど自然現象ではありえない。


 何者かによる仕業だと私は判断し王に進言した。


 そこで王は王都の内部にある程度の兵力を残し、それ以外を王都外部に出現した厄獣への迎撃に向かわせた。おそらく、王も私が言うまでもなく似たような考えを持っていたのだろう。


 もっとも、あくまでもこれは推測の範疇を超えない。必要以上に王都外部に向かわせる部隊を減らせば逆に被害が増えることになる。王都の中に残せる部隊は最小限に留まった。


「出現した厄獣と交戦した部隊の被害状況は?」

「幸いにも一度に遭遇する厄獣の数も少なく、ほぼ無傷で駆逐できたようです。すでに幾つかの魔法陣も破壊されたとの報告も寄せられています」


 召喚魔法陣の早期発見が功を成した形になる。その切っ掛けは、厄獣の大群を知らせる鐘が鳴らされてからしばらく経った後。突如として王都の中に響き渡った大きな音と、空高くに上がった光を放つ信号弾。


 状況が状況だけに捨て置くこともできず、部隊を捜索に向かわせたところで、王都の中での事態が発覚したのだ。


「魔法師団は気がつかなかったのか?」

「おそらく、王都内に設置された魔法陣は事前から用意されたものではなく、誰かしらが今まさに構築したものと考えます」


 この場に呼び出された重鎮の一人の言葉に、同じく招集された魔法師団の長である老齢の魔法使いが見解を述べた。


「対応策はありますか?」

「本格的に魔法陣が大量に起動すれば、この場にいる私にも魔力を感知できましょう。逆を考えれば、現在に起動している魔法陣の数はごく少数。今のうちに起動する前の魔法陣を破壊できれば、被害が広まる前に食い止めることも可能かと」

「では、城の内部に残った魔法師団は、王都に設置された魔法陣の発見をお願いします。必要であれば、現在動いている部隊の援護も」

「承知しました。すぐに手配いたします」


 そう言って、魔法師団の長が王座の間から退出していった。


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