第六十九話 引っ掛るようですが
急ぎの馬車で帰ってきた王都は緊迫した空気に包まれていた。まだ日も高いというのに人通りはほとんどなく、逆に普段は見かけない兵士が忙しそうに動き回っていた。
「私は一旦診療所に戻るわ。これから忙しくなるだろうし、薬の補充をしておかないと」
門の付近でキュネイと別れた俺たちは、急ぎで組合に向かった。途中で何度か兵士たちとすれ違うと、ミカゲの美貌と巨乳に目を奪われつつ俺を見るなり妙な顔をされる。
『安定の反応だな』
グラムのぼやきを聞き流しながら、俺たちは組合に到着。建物の中に入ると、今まで見たこともないほどの人数で溢れかえっていた。
ミカゲが現れるなり、多くの目が彼女に集まる。そしてやはり、俺に向けられるのは不審者を見るような敵愾心の含んだ視線。
「あー、俺は外で待ってた方がいいか?」
「……その方がいいでしょう。申し訳ありません」
「お前が悪いわけじゃぁないから気にすんな」
小さく頭をさげるミカゲに笑いかけてから、俺は組合の外に出た。あのまま組合の中で彼女と一緒に行動を共にしても、面倒事が起こる予感しかしなかった。
とはいえ、ただぼーっと突っ立ってるわけでもなかった。
「グラム、中の会話を拾えるか?」
『おう、任せな。適当なのを見繕って相棒に伝えらぁ』
建物越しではくぐもって聞き取れない音も、グラムなら感知できる。おかげである程度の状況を把握することができた。
切っ掛けは、昨日の昼過ぎ。丁度、俺たちがゴブリンの群れと戦い始めた頃だ。
何ら前触れもなく突如として、王都の近辺に大量の厄獣が出現したのだという。
最近の厄獣増加に際し、王都の警備が強化されていたことが幸いだった。原因不明の突発的な事態ではあったが、厄獣の早期発見につながり第一陣は王都の駐在兵で問題なく撃破された。
ところが、これで終わりではなかった。
またどこからか新たなる厄獣が出現したのだ。それも一度や二度ではない。時が経つにつれて厄獣の数がどんどん増えていったのだ。
当初は厄獣暴走を疑われたが、それはすぐさまに否定された。集団を構成する厄獣の種類がとにかくバラバラだったからだ。
事態を重く見た軍は傭兵組合への協力を要請。これにより、傭兵たちも厄獣の迎撃に参戦することとなった。
組合は、早急に呼びだせる範囲の二級以上の傭兵の招集を決定。これにより、王都からそう離れていない場所で仕事に当たっていたミカゲに招集命令が届いた。
中での会話をグラムが要約するとこんな形になった。
「それにしては、王都にくる最中で厄獣の死体とか見かけなかったな」
言うほどの数を打ち倒しているのなら、その亡骸が散乱していたはず。なのに、俺たちが馬車で通ってきた道は綺麗なものだ。厄獣の死体など全く落ちていなかった。
『そりゃあれだ。厄獣の大群が現れたのは、俺たちが戻ってきた道から王都を挟んで丁度反対側だ。だから逆側には死体が山盛りだろうよ』
今は厄獣の出現もひと段落し小休止状態。だが厄獣がもう現れないという保証もなく、未だに警戒態勢は続いている。「けど、何もない場所に大量の厄獣が現れるなんてあり得るのか? いや、実際に起こってるんだろうけども」
『おそらくは『召喚魔法』だろうよ』
遠くの物体や生物を手元に呼び寄せる魔法だったか。話にだけは聞いたことある。
『魔法としての難易度はべらぼうに高い上に、才能も必要になってくる。ついでに言えば、十単位の召喚ならともかく百以上の数を何度も召喚するってなると相当に手を込んでやがるな』
「……いやちょっと待てよ」
話を聞いていた俺は、もっと根本的な問題に気がついた。
「お前の言う『召喚魔法』ってのがもし使われてたとしたら、それってつまりこの騒動は『人為的』なものだってことか?」
『おうよ。もっとも『人』かどうかはちょいと疑問だがね』
グラムの懸念が全て事実であるとすれば、この大規模な厄獣の襲来は、何かしらの意図があるということになる。
「おっと。相棒、どうやら噂の勇者様は今急いで王都に向かってるらしいぜ」
組合の内部の会話を引き続き捉え続けていたグラムが、有力な情報を聞き取っていた。
レリクスとその仲間は、すでに国内でも実力者として有名だ。レリクス個人の実力はすでに二級傭兵。他にも優秀な仲間がいるおかげで、チームとしては一級傭兵とも引けを取らないとされている。
実際に一度、ミカゲも勇者と仮のチームを組んだようだが、噂に違わぬ実力を秘めていたと言っていたな。
『あと数時間内には届く場所にまで来てるってさ。やっこさんらがくりゃぁ、あまり心配はいらんだろうよ」
「……だといいんだがな」
『およ? 妙に含みがあるな相棒』
別にレリクスの実力を疑っているわけではない。あいつの優秀さは同郷である俺がよく知っている。ここ最近は顔を合わせる回数も減ったが、だからこそ会うたびにレリクスから発せられる『凄み』が増していくのを感じられた。
ただ、レリクスの勇者としての実力とは全く別のところで、少しだけ引っ掛かるものがあった。
漠然とした予感ながらも、心の中がすっきりとしない。
『そんで、相棒はどうすんだよ』
「そうだなぁ」
王都に知り合いは少ないものの、世話になった人間もいる。そいつらを見捨てるのは後味が悪すぎる。
そして何よりも『お嬢さん』のことがある。
まだたった二度とはいえ、あのお嬢さんとの大切な時間を過ごしたこの王都を黙って破壊されるわけにもいかない。
かといって、単純に厄獣の迎撃作戦に参加するというのもどうだろう。
どうにも、シックリこない。
思い悩んでいると、けたたましい鐘の音が王都に響き渡った。
『悩む時間は無くなったな。おいでなすったようだぜ』
建物の外からでも組合内が騒がしくなるのがわかった。
おそらく、今の鐘は厄獣の出現を告げるもの。つまり、今まさに大量の厄獣が王都に向かっているということなのだろう。
グラムの言うとおり、悩む時間は無くなった。
組合の扉が勢いよく開かれると、中から傭兵たちが一気に駆け出していった。今から迫り来る厄獣を迎え撃つために門の外へと向かうのだろう。
「ユキナ様!」
傭兵たちの波の間からミカゲがこちらに駆け寄る。
「大体の事情は把握してる。……行くのか、ミカゲ」
「はい。二級としての義務もありますが、一人の武芸者としてこのような事態を見過ごすことはできません」
ミカゲの意思は強いようだ。
そしておそらく、彼女の中では俺がそれに対してなんと答えるのか決まっているのだろう。
だから、今から『それ』を口にするのはちょっとだけ申し訳ない気もする。けれども、俺はもう腹を括った。
「それで、ユキナ様は──」
「悪いが、俺は残る」
「………………え?」
惚けた声を発するミカゲに対して、俺はもう一度告げた。
「俺は、王都に残る。迎撃作戦には参加しない」




