第六十二話 遠方の脅威よりも身近な危機なのですが
今話はちょっと短めです
「ユキナ様、申し訳ありませんが説明をお願いします。先ほどから事情がイマイチ飲み込めません」
「ああ悪い、ちょっと焦りすぎてた」
慌てて後ろについてくるミカゲに、俺は道すがらに説明する。
「ゴブリンがそれほど恐れるべき相手なのですか?」
「傭兵にとっちゃ確かにそうだろうよ。けど、田舎人にとっちゃドラゴンや巨大蟷螂よりもゴブリンの方が遥かに厄介なんだ」
常識的に考えて、ドラゴンなどの危険な厄獣が住み着く場所に村など作らない。だから、村人に取ってそれらは遠い存在にすぎない。
「けど、ゴブリンはどこにでもいるし、どこでだって巣を作る。それこそ人が生活を営んでいる場所の近くにな。それがどうしてかわかるか?」
「いえ、分かりません」
だろうな。ゴブリンの生態を学ぼうって勤勉な人間が傭兵になっているとは思えない。
「あいつらは狩猟が生活基盤になってる。けどそれと同時に略奪者でもある。だから知ってるのさ。自分たちの生活が一番豊かになるためには、人の集落を襲うのが手っ取り早いってことを」
「──まさかっ」
ようやく、俺の危機感がミカゲにも伝わったようだ。
「村の近くにある洞穴にたまたま巣ができたんじゃない。洞穴の近くに村があるからそこに巣を作ったんだ」
「洞穴が──村を襲う為の拠点だというのですか?」
実のところ、ゴブリンが『集団』を作ることはあまりない。作っても十やそこらの少数。それは、ゴブリンが基本的に野生の動植物を狩猟して生活しているからだ。狩猟生活では大きな集団を生かす上で供給できる食料に限界があるからだ。
そんなゴブリンが『巣』を作る理由は、大集団を維持できる『当て』があるからだ。
それが『自衛手段の乏しい人間の集落』。すでにある豊富な『餌』を略奪するために、ゴブリンは巣を作るのだ。
「いえ……ですが、それでもやはりゴブリンが」
「確かに、ゴブリンは個体としちゃ腕のある素人でも倒せる。けど、集団戦となると素人よりかは遥かに手馴れてる」
「あっ」
ゴブリンは単体で動くことは決してない。自分が弱いことを知っているからだ。だから常に他の仲間と行動し、足りない頭なりに策を練る。
二体や三体の集まりならともかく、それが十体以上の集団になればどうか。しかもそれが知恵を巡らしていれば。
ゴブリンは弱い。だからこそ確実に事を成せる算段をつけてから、獲物を襲う。
「村の近くに巣ができると、その村がやばいんだよ。俺の言いたいこと伝わった?」
「ええ、どうにか。……ですが、ユキナ様。どうしてそこまでゴブリンの生態に詳しいのですか? いえ、ユキナ様が以前に農民をしていたことは存じ上げていますが」
「田舎の村にとっちゃ割と有名な話だ」
実際に、故郷の村付近にゴブリンが巣を作ったことがある。当初は軽視されていたが、農作物や家畜への被害が大きくなり始めた頃、自警団が総出でゴブリン狩りを行ったのだ。
それで運が良いのか悪いのか『巣』が見つかった。そしたらまぁゴブリンが出てくるわ出てくるわ。当初は十体くらいを想定していたのに、その倍以上は住み着いていたからな。
自警団のリーダー格として参加していたレリクスがいなければ確実に自警団の何人かが死んでいただろう。レリクスは大量のゴブリンに動揺する皆をまとめ上げ、見事に指揮したのだ。
ちなみに俺もその自警団に参加していた。多分、レリクスの次くらいにゴブリンを倒したが、レリクスの活躍が大きすぎて俺の存在が掠れていた。まぁ、槍を使ってる奴の扱いなど此の程度だ。
その後に村に来た行商人からゴブリンの集団に襲われて人の集落が消滅した話は聞いたことがある。もしかしたらありふれた話なのかもしれないが、そのありふれた話の一例になるのは御免だ。
「けど、この辺りは比較的治安も良いし、付近の村も傭兵を呼ぼうと思えば一日かそこらで来てくれる。だからこそ、此の手の話には疎いんだろうよ」
厄獣暴走の一件にしてもそうだ。『異常な事態』には目敏いが『ありふれた危機』に関しては鈍感すぎる。気がついたときには、事態はとんでもないほどの危機を孕むほどに膨れ上がるのだ。
だからこそ、急がねばならない。
最悪の場合、依頼を出した村が『ありふれた惨劇』の一幕に埋もれてしまう可能性がある。




