第五十六話 上擦っているようですが──
正当な理由があるとはいえ──。
『いやいや、どこをどうみれば正当性があったよ今のに』
正当な! 理由が! あるとはいえ!
通りの真ん中で騒ぎを起こしたとあっては注目を集めてしまう。
「とりあえず、ここ離れるぞ」
「は、はいっ」
いつかと同じように、俺はお嬢さんの手を掴むと足早にその場を立ち去った。お嬢さんも特に抵抗することなく、俺についてきてくれた。
以前とは違い、王都に来てからそれなりに時間が経過している。近隣の地理は頭の中にあり、一旦人目を避けるルートを取ってから改めて表の通りに出ることができた。
そこから、人の通りから少し外れた道の脇に身を寄せてから、俺たちは足を止めた。
「ここまでくれば問題ないだろう」
「そう……ですね」
息を切らせているお嬢さんを振り向くと、彼女は恥ずかしげに俯いている。知らぬうちにやらかしたのかと危惧するが、お嬢さんはチラチラと掴まれている己の手を見ていた。
「おっと、悪い」
「い、いえっ。そんなことは……」
俺は慌てて手を離す。お嬢さんは解放された手を抱きしめるように胸元に寄せる。ちょうど、豊かな胸の間に腕が埋まった。ついでに肩で息をしているので微妙に弾む。
『おい相棒。キュネイやミカゲに続いてこんなおっぱいちゃんと知り合いとか、お前さんの女運ちょっと狂ってねぇか?』
俺も最近そう思い始めたところだよ。
お嬢さんの息が整った頃を見計らい、俺は語りかけた。
「えっと──いつぞやぶりだな、お嬢さん」
「はい。そして、今回もまた助けて頂きましたね」
「その……無事で何よりだ」
もう二度と会うこと叶わないと思っていた相手。決して交わらない道筋がたった一度だけ交錯しただけの邂逅。それが再び目の前に現れるとは。
もし万が一に、奇跡的に再会できたならば、話したい事が沢山あった──ような気がする。なのに、お嬢さんと改めて顔を合わせたらそれらが頭の中から全て吹き飛んでしまった。
俺の胸中にあるのは、強い戸惑いと確かな喜びだった。
会話の切り出しに迷っていると、お嬢さんの視線が俺の背中──そこに携えられている黒槍に注がれていた。
「……もしかして、傭兵になられたのですか?」
「この王都じゃ、何をするにも金が必要だからな。学も地位も無い俺でも稼げる仕事といえばこれくらいだ」
まさかお嬢さん相手に、傭兵なった理由を馬鹿正直に答えられるはずも無い。『女を買うために』とか、ドン引き間違いなしだ。
「槍とは、随分と珍しい武器を使いますね。この国ではあまり普及しているとは言い難いのですが」
「生憎と、剣よりも槍の方がよっぽど使い慣れてるからな」
「す、すいません! 別にあなたを侮辱するつもりはなかったんです」
「いいよ、その手合いの話は慣れてるから」
申し訳なさそうにぺこりと頭をさげるお嬢さんを、俺は手で制した。
今の会話で、予想外の再会に上擦っていた心が落ち着きを取り戻す。
俺は早速、一番気になっていたことを聞く。
「それよりも。またなんで朝っぱらからあんな野郎達に絡まれてたんだ?」
「あ、いや……その」
お嬢さんは顔を引きつらせると気まずそうに視線を逸らす。その仕草はやはり、いつぞやと同じであった。
「もしかして、また当てもなく屋敷を抜け出してきたのか?」
「あ、当ては一応あるのですが……」
「つまり、屋敷を抜け出してきたのは間違いないのな」
「…………………………」
俺は思わず額に手を当て天を仰いだ。
既視感ここに極まれり。以前と全く同じだよこれ。
「ち、違うんですよ! 今回は目的があるんですよ! それに、なるべく路地裏には近づかないよに気をつけてもいたんですよ……ただ、その」
捲し立てるように言い繕うお嬢さんの口ぶりが、徐々に弱くなっていく。
「道順がわからなくて……」
当ても無く彷徨うよりかはまだいいが、それでも五十歩百歩ってところだな。
「それで、仕方がなく人に聞こうとしたら」
「聞いた相手があの野郎達だったと」
「正確には、露店の方にお尋ねしようとしたのですが、あの人たちが割り込んできてしまって……あとはご存知の通りです」
で、その場面に俺が遭遇したというわけね。
『おそらく、露天商に聞く前から目ぇ付けられてたんだろ。フードを被ってるとはいえ、一目で分かるほどの美人だし体つきも暴力的だからな』
声をかけるタイミングを見計らっていたってわけか。
「その目的の店ってのは、ここから近いのか?」
「は、はい。そのはずなのですが」
「だったら知ってる店かもしれない。案内できるかもよ」
「そんな、手間を取らせるわけには……」
「乗りかかった船ってやつだよ」
このままお嬢さんをほっぽり出す方が後味悪すぎだ。
『しかも、このカワイ子ちゃん。フード被ってるけどいかにも『お嬢様』ってぇ雰囲気醸し出してるしな。放っておくと、不届きな野郎が光に誘われる虫のように寄ってきそうだ』
内心を言ってしまえば、せっかく再会できたお嬢さんと少しでも長く一緒にいたいという下心もあった。
お嬢さんはしばし迷うように視線を彷徨わせるが、やがてポツリと店の名前を言った。意外なことに、彼女の口から出てきた店名は俺がよく知るものだった。
「ご存知なのですか?」
「ご存知も何も、俺が王都に来てからずっと世話になってる店だ」
「えぇぇっ!?」
俺の答えに、お嬢さんが素っ頓狂な声を上げた。あまりの驚きぶりに、逆に俺が驚くほどだ。
「……あの店の主人さまは気難しお方のはずなのですが」
そういやぁあの爺さん。初めて会った時は客を店から力づくで叩き出してたからな。俺もその余波で危うく顔面にハンマーをぶち当てられそうになったし。
「一応、今の俺が着てる装備一式を揃えてくれる程度には馴染みだぞ」
「……信じられません。あの方は、相手が貴族であろうとも気に入らなければ腕を振るわないことで有名なのです」
どんだけ偏屈で有名なのよあの爺さん。
ああでも、そんな偏屈具合だからグラムみたいな曰く付きの武器を仕入れるつてもあったんだろう。
『曰く付きとはなんでい。俺は由緒正しき英雄の武具だぜ』
人様の腕に勝手に紋様刻みつけてる時点で十分すぎるくらいに曰く付きだろうが。
「まぁいいさ。俺が間に入れば、出会い頭にハンマーを投げつけられることも無いだろ」
「……前にあったのですか、そんなことが」
「あったんだよ、そんなことが」
今でもたまにそれに近しい場面に遭遇したりもする。よくもまぁアレで生活が成り立ってるよな。
「じゃ、行こうか」
「はい。また、宜しくお願いしますね」
お嬢さんがそう言って笑みを浮かべた。
──ああ、やっぱり綺麗だ。
単なる道案内のはずなのに、俺の胸は高鳴るのであった。




