side princess2
お姫様視点です
生まれて初めて、たった一人で城を抜け出した。その背徳感がスパイスとなったのか、思っていたよりもはるかに清々しい気持ちになった。
ただ、そんな開放感を味わえたのも少しの間。
ありがちな話だ。
城を抜け出すことばかりを考えてばかりいて、城を出てから以降のことが頭の中からすっぽり抜け落ちていたのだ。
自由を得るということは、目指す先も自由だということ。それはつまり、己の意思で行き先を定めなければならないのと同じ意味だ。
これまで定められた『道筋』を歩き続けてきた私にとってはまさに未知なる体験。城からの脱出経路を模索する以上に困難であった。
途方に暮れ、あてもなく彷徨っているうちに、気がつけば表通りから外れた路地裏へと足を踏み入れてしまった。
人通りの多い未知なら馬車に乗りながらではあったが通った経験はある。けれども、馬車の入り込めない細い路地は本当の意味で入るのは初めてだった。
内心に抱いたのは期待感よりも不安。
王都ブレスティアの治安は良好だ。少なくとも、そうなるように我が父である国王が執政を行っている。
だが、どうしても王の──政治の手が届きにくい場所というのは出てきてしまう。
人通りの少ない路地裏はその最たる立地だ。
一つ通りを外れただけのはずなのに、活気の溢れた表通りとは打って変わり、陰鬱な空気が流れている。
長居するのは危険だと判断し、早々に立ち去ろうとしたが、表通りへの出入り口付近に知った姿を見つけてしまった。慌てて物陰に隠れて再度確認するとやはり、王城の衛兵たちだった。どうやら、私が城を抜け出したのがバレてしまったようだ。
私は慌てて踵を返し、路地裏の奥へと向かった。危険なのは承知していたが、それ以上にこの『自由』を味わっていたかったのだ。
──そして、私はこの日一番の不運と幸運を味わった。
不運は、素行が悪そうな男性に絡まれてしまったこと。
一目見た瞬間から、あからさまに怪しい視線を向けてくる男性たちだった。関わり合いになるのを避け離れた位置を通り過ぎようとしたら、強引に私の目の前を塞いだのだ。
そして卑しい笑みを浮かべて迫ってくるその男に、私はやめるよう強い言葉をぶつけた。だが男はこちらの都合など関せずにさらに詰め寄ってきた。
その気になれば、この男を追い払うのは簡単だ。私は幼い頃より文武ともに厳しい教育をされてきた。見れば、男は大した訓練も受けていない素人。魔法の一つでも放てばそれで終わりだろう。
しかし、人気の少ない路地裏とはいえ多少なりとも人の目はある。ここで魔法を使えば騒ぎになる可能性が大きい。そうなれば私を探しに来た衛兵の耳に届く。なるべくならそれは避けたかった。
だからと言って、このままでは男に何をされるか分からない。
男の手が目前に迫る中、私は最後の最後まで行動に出ることができなかった。決められた事しかしてこなかった私は、こんな時まで己から行動を起こすことができなかった。
──それが、最大の幸運を引き寄せる結果となった。
私に手を伸ばしてきた男の肩を、男の仲間ではない誰かの手が叩いた。
何事かと男が振り返ると──次の瞬間には殴り飛ばされていた。前触れも予兆もない、理不尽すぎる暴力。
誰もが唖然とする中、男を殴り飛ばしたのは一人の青年だった。
彼は最初の一人を殴り倒してから、残りの男たちも同じく打倒していった。しかも、彼は全員を昏倒させると手際よく道の端に『片付け』、鮮やかな手際で身包みを剥いでいく。最後は躊躇なく財布の中身を己の懐に収めていった。
もはや『作業』と呼べるほどの一連の流れに、私はただただ黙って見守る事しかできなかった。
やがて『作業』が終わると、青年はこちらを振り向いた。彼はこちらを気遣うような顔で聞いてきたのだ。
「お嬢さん、大丈夫か?」
「──ッ!? だ、大丈夫です? ありがとうございます!?」
「……なぜに疑問系」
失礼だとは思いつつも、仕方がないだろうとういう気持ちがあった。あまりにも慣れた手付きで男たちを『処理』していくのを見せられ、自分が『助けられた』という実感がまるでなかったのだ。
それでも彼に助けられた事実には代わりない。
礼を述べ言葉を交わしていくと、彼が悪人ではないとわかった。少なくとも、先ほどの男性たちに比べればずっと善意のある人だ。
ただ、こちらを真剣に見つめてくる視線はどうにも気恥ずかしかった。
私の容姿や顔たちを褒めてくる人は多い。でもそれは、私がこの国の『王女』であるからこそ。敬いの気持ちも多分に含まれているを理解していた。
だからこそ、端的に私の顔を見て『美人』と呼ぶ彼の言葉が素直に受け入れ難く──それでいて少し嬉しかった。そんな顔を彼に見せるのが恥ずかしくて私は顔を伏せてしまう。
そうこうしているうちに、付近が騒がしくなってきた。私を探す声が届き、ハッとなる。どうやら衛兵たちがこの近くにまで来ているようだった。
この場に留まっているのはまずい。すぐに衛兵たちが来て城に連れ戻されてしまう。でも、どこに行けばいいのか分からない。思考が同じところでグルグルと回り続ける。
そんな時だった。
青年が、私の手を取った。
「え?」
「ほら、いくぞ。こんな場所にあまり長居するもんじゃねぇからな」
「あ、ちょっと──」
私が言葉を返す間もなく、彼は私の手を引いて走り出す。どうしてか、私は何ら抵抗することもなく、彼が導くままに路地裏を掛けていた。
不思議な気持ちだった。
あの悪漢たちに手を伸ばされた時は嫌悪感しかなかった。なのに、この瞬間に私の手を握っている彼の手には欠片ほども嫌な気持ちを抱かなかった。
むしろ、優しくもしっかりと私の手を掴むその力強さに、心地よささえ感じていた。
誰かに手を握られた経験は初めてではない。王族として催しに参加すれば、ダンスを踊ることだってある。老若男女、様々な人たちと手を重ね、ステップを踏んできた。
なのに、今の私はまるで異性と初めて手を繋いだかのような気分だった。
──私が抱いたこの気持ちが何なのか、知るのは少しだけ先の話だ。
ここから先、多分アイナ視点の回がちょくちょく出てきます(あくまで予定ですけど)。
なるべく自然な形で書いていきたいとお思いますので、宜しくお願いします。




