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第五十四話 既視感のようですが


 俺がミカゲとの鍛錬や傭兵としての実績を重ねていく中でレリクスはといえばだ。


 こちらはこちらで順調のようらしい。城の中では彼に勝てるものは数えるほどまでになったとか。それこそ、将軍や一部の練達でなければ相手にならないほど。


 傭兵基準で言えば、レリクスはすでに二級傭兵にも近い実力を秘めていることになる。さすがは勇者様。俺と同時期に戦闘の訓練を始めたはずなのに、もはや数段上の実力者へと成長してしまった。


 相手が顔見知りであるだけに、少しだけ悔しいという気持ちが湧いてくる。だが逆に、そのくらいでなければ魔王討伐の旅はこなせ無いと考えれば納得もできた。


 最近は王都の周辺だけに限らず、王都から歩いて数日程度の街にまで『遠征』を行っているらしい。その現地の傭兵組合で長い間放置されている──いわゆる『塩漬け』になっている依頼を引き受けているようだ。


 本来ならば傭兵以外には仕事を斡旋しないのが傭兵組合の原則だが、相手が『勇者』だけあり対応を変えた。ただ、何もレリクスやその背後にいる王家の威光にひれ伏したわけでは無かった。


 この手の塩漬け依頼は、討伐対象である厄獣が困難な上に、討伐に掛かるであろう必要経費がかさみ通常では傭兵に全く『旨味』が無い場合がほとんだ。


 逆を言えば『厄介な相手』というのは通常の厄獣では得られないような貴重な経験をできる好機会チャンスでもある。


 後援者スポンサーが王家ならば、困窮することもなければ、塩漬け依頼であるために既存の傭兵とも競合しないで済む。


 さらに、最低限の報酬で誰も引き受けたがらない依頼を消化できるので、傭兵組合としても悪くは無い話なのだ。

 


 ──そんな話を他の傭兵から聞いた数日後の事だ。


「ユキナ様、私がいない間に無茶をなさらないように」

「いや、『無茶するな』はこっちのセリフだから。見送る側の俺が何で言われてんのさ」

「それはほら、ユキナくんだから」

「答えになってねぇよ!?」


 なんて賑やかな会話を王都の門付近で交わす俺たち。


 ミカゲはここ最近、俺に付きっ切りだった。ずっと四級の依頼に同行しており、俺としては非常に助かったが傭兵組合から少しばかり注意が届いたのだ。


 二級傭兵であるミカゲは、王都の傭兵組合では『腕ききエース』と呼ぶに相応しい実力者。そんな彼女をいつまでも『四級』の仕事で遊ばせているのは明らかな損失。


 そんなわけで、このまま四級の仕事ばかりを受けていたら何かしらの処分が下されるとの通達がきたのだ。罰金なら軽い方で、最悪の場合は『等級の降格』ときた。


『降格』を言い渡されてはさすがのミカゲも無視を決めるわけにもいかなかった。仕方がなしに、一つの二級依頼と複数の三級依頼を受注し、しばらくの間はその消化に専念することとなったのだ。


 しばらくの間、ミカゲは『依頼』で王都を離れる。ミカゲの受注した依頼の中には王都外から寄せられたものもあったからだ。


 残念ながら、四級傭兵である俺は彼女の依頼に同行することはできない。だから今日はキュネイと一緒にミカゲの見送りだ。


「──とはいえ、今のユキナ様なら三級の依頼であろうとも十分にこなせるでしょう」

「そこまで行くか?」


 ミカゲとの鍛錬のおかげか、四級の依頼なら大した苦も無く達成できるようになっていた。当初は頻繁に使っていた治療ヒーリングも、出番がなくなっていた。

 ミカゲが一緒にいてくれたかこそだと思っていたが。


「迷わずにそう聞き返してくださる時点で、私は自分の判断が正しいと確信できました」


 ミカゲは力強い笑みを見せた。


「では、ユキナ様、行ってまいります」

「気をつけてね、ミカゲ」

「ありがごうざいます、キュネイ」


 この二人はいつの間にか互いの名を呼び捨てにする間柄になっていた。同じ屋根の下で、同じ男を共有しているのだからな。


 と、ミカゲは何故か惑うような素振りを見せる。


 何か忘れ物かと思った矢先、彼女は前触れ無く俺を抱き寄せるとこちらの頬に口づけをする。


「で、では……今度こそ失礼します」


 顔を真っ赤にしながら一礼をして、ミカゲは出発した。


 俺は彼女の後ろ姿をしばしの間、呆然と見送る。朝方とはいえ、王都の門はすでに人の往来が多くなっている。そんな中でまさかミカゲがあんな大胆な行為に出るとは思っていなかった。


「ふふふ、なんて可愛い子なのかしらミカゲは」


 と、頬に手を当てて笑みを浮かべたキュネイ。まるで我が子の成長を喜ぶ母親だ。


 俺とキュネイはその場に留まってから、王都の中へと戻った。


「私は診療所に戻るけど、ユキナくんは?」

「俺は適当に市場を冷やかしに行ってくる」


 ミカゲの見送り以外に特に今日は予定を入れていなかった。これから新たに依頼を引き受ける気も無い。


 俺はキュネイに一旦の別れを告げると、朝の街に繰り出した。




 早朝は市場が賑わう時間帯の一つだ。仕入れたばかりの品を宣伝する商人たちの声が響き渡り、活気付いている。


「そういやぁ、こうして一人になるのって最近無かった気がする」

「おいおい、俺を忘れてもらっちゃぁ困るぜ」


 背中のグラムが存在感を表現アピールしてきた。


「……ちっ、お前がいたか」

「割と本気で傷つくから舌打ちとかやめてくれません!?」

「冗談だ」


 ミカゲとともにキュネイの診療所に住むようになってから、常にミカゲかキュネイのどちらかと常に一緒にいたからな。


「お前と二人ってのも久々だな。……槍を相手に『二人』って正しいのかこれ」

「『一人と一本きり』って語呂悪いから良いんじゃね?」

「別に良いかぁ」

「別に良いさぁ」


 知能指数が壊滅的に低い会話になった。


 悪友と馬鹿話をしているような空気だ。それはそれで楽しいので良しとしておこう。


「俺としても、こうして相棒と話ができるのは嬉しいぜ。最近は影でヒソヒソ話してるようなもんだったからな」

「あー、それは確かにある」


 グラムが意志を持った武器であるのを、キュネイとミカゲには教えていない。ミカゲの方は『特殊な力を持った武器』という認識はしているだろうが、それまでだ。


 これには特に深い理由は無い。ただなんと無く黙っているだけだ。強いて理由を挙げるとするなら、二人に内緒でグラムと相談話をするためだろうか。


「ところで相棒、これからどうするんだい?」

「だから何も決めてないっての……あ、おばさん。そこの果物一つおくれ」


 適当に目をつけた店で金を払い、果物を購入。歯を立てて噛み付くと中から果汁がじわりと溢れ出してくる。


「王都で暮らしてると舌が肥えて仕方がねぇな」

「国中からあらゆるものが一挙に集まる場所だからな」


『金を払わなければ得られない』という欠点さえ目を瞑れば、王都に豊富な種類の食材が存在している。故郷の村では自給自足であり金は無くとも食には困らなかったが、手に入る食材もそこから作れる料理にも限りがあった。


「村にいた時はそれほど不満は無かったけど、一度王都の生活に慣れてくるともう戻れねぇな。村を出たがる奴らの気持ちがちょっとわかってきたわ。お、おっちゃん。そこの菓子をおくれ」

「まだ食べるんかい!」


 予定も無く始まった散策は、露天の食べ歩きツアーになりつつあった。


(そういやぁ、王都に初めて来た日もこんなだったか)


 あの時にはまだ、俺の背中にグラムはらず、その代わりに──『彼女』がいた。


「ああくそ、思い出しちまった」


 決して嫌な思い出では無い。むしろ、俺の人生の中では最も尊い記憶の一つだ。だからこそ、あの時に抱いた望みが叶わないと再度気づいてしまう辛さが嫌なのだ。


「急にどうしたよ、相棒」

「青春の甘酸っぱい一ページを噛み締めてるところ」

「いや相棒まだまだ若いよ? 老成するの早いから」


真面目マジなのか冗談ボケなのか判断し辛い返しだな」


 などとグラムと会話をしていると、前方に不穏な光景を発見してしまう。


 がたいの良い男三人と、女性が一人の組み合わせ。無論、一緒に連れ立って歩いているわけでは無く、女性一人に三人が詰め寄っているような形。とはいえ、この位置からでは男三人の背中ばかりが目に映り、女性が影に隠れてしまってよく見えない。


 と、ここで男の一人がおもむろに女性の腕を掴む。それが女性の意にそぐわない行為であるのは誰の目にも見て明らかだ。後ろからチラリとのぞく男の下品な笑みがその証拠だ。


 まだ見えないが、女性はさぞや美人なのだろう。


 ……なんだこの既視感デジャビュ


「いやいやまさか」


 俺は頭の中に浮かんだ『可能性』を頭を振ってかき消した。


 つい先ほど思い出したような場面にまたもや遭遇してしまい、懐かしさがこみ上げてきているだけだ。



 ──とりあえず、グラムの石突を男の脳天に振り下ろしておいた。


 

野郎は死んでませんので次回を待て。

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