side braver6 (後編)
話の流れで矛盾が発覚したために、前話を一部修正しました。
「お見苦しいところをお見せしました……」
マユリは顔を真っ赤にして申し訳なさそうに縮こまる。当の診療所の主人──キュネイ先生は気にした素振りもなく、僕らにお茶を煎れてくれた。
「まさか、勇者様がこんな辺鄙な町医者の診療所に、もう一度いらっしゃるなんて思ってもみませんでした」
「僕も、こんな形で再びお会いするとは──」
キュネイ先生の言葉に僕も同意する。
僕たちはこれが初対面では無い。以前に面識があった。
厄獣暴走の際に、ユキナが大怪我を負い運び込まれたのが、この診療所。そして彼を治療したのが僕の目の前にいるキュネイ先生だ。
城の人からキュネイ先生の名を聞かされた時は本当に驚いた。最初は『まさか』と思ったが、診療所の前までくれば確信するしかなかった。
診療所前のあれこれからどうにか立ち直ったマユリは、恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをしてからキュネイ先生に顔を向ける。
「この度は急な訪問、大変申し訳ありません」
「問題ありませんよ。この時間帯なら急患で無い限りは割と暇なので」
マユリの下調べの通りのようだ。これなら少しは落ち着いて話ができそうだ。
「それで、本日はどのようなご用件で? 診察が目的──というわけではなさそうですが」
「それはまたの機会に。勇者様との面識がおありでしたら、長い前置きはしなくて良いでしょう」
マユリはキュネイ先生に僕らの仲間集めの現状を伝えた。
旅の仲間として回復要員が必要であること。教会の者では色々と問題が出てくること。そして、白羽の矢がキュネイ先生に立ったことを。全てを包み隠さずに説明した。
「突然の申し出で大変驚かれるかもしれません。ですが、私たちの仲間になっていただけないでしょうか。もちろん、無理にとは申しませんが」
「……確かに、町には私以外の医者もいますし、私一人が抜けたところでさほど問題は無いでしょう」
キュネイ先生は最初こそ驚いたものの、それ以降は冷静にマユリの言葉に耳を傾け、最後に合点がいったように頷いた。
「ですが、どこまでいっても私は町の医者。とてもではありませんが勇者様の旅のお仲間に相応しい程の技量があるとは思えませんが」
謙遜するようなキュネイ先生の言葉だったが、僕の考えは違った。
「……ユキナをこの診療所に運び込んだ後、当時に彼の容体を診察していた兵に話を聞きました」
専門家では無いとはいえ、それでも戦時においては回復要員としての仕事を任されているのだ。ユキナがどれほど悲惨な状態であったのか、その兵は実際に目の当たりにしていた。
あの時の兵はユキナの症状を見て断言していた。
──ユキナはほぼ確実に助からないと。
たとえ宮廷魔法使いであろうとも、せいぜい一夜で死ぬ身を二夜に引伸ばすことができるかどうかだと。
「けれども、キュネイ先生は成功した」
その結果、ユキナは今も傭兵として活動している。以前と全く変わり無い状態にまで回復しているのだ。医者として、キュネイ先生の技量を疑う余地はない。
「あれは……様々な偶然が重なったための結果に過ぎません」
「だとしても、あなたが優秀な医者であるのは疑いようがありません」
少なくとも、あの時の彼女には自暴自棄からくる悲壮感では無く何が何でもユキナの命を繋ぎ止める決意があったのは、素人である僕にも感じられた。そして実際にそれをやってのけた。キュネイ先生は偶然と口にするが、その偶然を引き寄せたのは間違いなく彼女自身の技量に他ならない。
「お願いです。僕たちには今、一人でも多くの仲間が必要なんです」
「魔王討伐の為に、力を貸していただけないでしょうか」
僕とマユリは、揃ってキュネイ先生に頭を下げた。
無理強いはできない。けれども、キュネイ先生が回復要員として僕たちの仲間に加わってくれたなら、これほど心強い話は無いだろう。
「………………」
キュネイ先生はしばらく考え込むように黙り込む。
そして。
「申し訳ありませんが──辞退いたします」
彼女の口から告げられたのは、拒絶の言葉だった。
その声を聞いて、僕は失望を抱く。けれども、それと同時に妙な既視感を覚えた。
今のキュネイ先生の言葉には、確固たる意志が含まれていた。その言葉の強さを、僕は聞いたことがある。それもごく最近に。
思わず僕は口に手を添える。頭の中に生まれた引っ掛かりを、どうにか掘り起こそうと必死になっていた。何が僕をそこまで掻き立てるのか、分からないほどに。
「この任は大変名誉あるものです。それこそ、後世に名をつらねるほどの大業となりましょう。引き受けていただいた時点で、国から最大限の配慮もいただけるはずです。それこそ、この診療所をもっと大きくすることだって」
マユリは冷静に、勇者の仲間になることへの利点を述べる。実際に、仲間になってくれたベテラン傭兵もこれに近い話をされて仲間になることを引き受けてくれたのだ。
『残念ながら、人間は名誉だけでは動きません。仮に最初は快く引き受けたところで長続きはしませんよ。マユリの話は俗ではありますが、判断としては正しいですね……マスター、どうしたのですか?』
レイヴァの肯定が耳に入るも、半ば右から左へと通り抜けている。それよりも己の記憶を探るのに手一杯だった。
「おっしゃることはわかります。大変魅力的な提案であるとも。ですが、やはりお断りさせていただきます」
「……理由を、伺ってもよろしいでしょうか?」
現時点でこれ以上の説得は無理と判断したのか、マユリは諦めを混ぜた声を口にする。
キュネイ先生は己の胸に手を当て、そっと微笑んだ。
「私には、私の全てを受け入れてくれた愛する人がいます。彼の元を離れるなんて、とてもできません」
その笑みを見た瞬間、僕は思い出した。
──ミカゲさんの時と同じ顔だ。
その時、診療所の扉が開かれた。僕らは一斉に、開かれた戸へと視線を向けた。
「ただいま戻ったよっと──お?」
「ただいま帰りました……?」
入ってきたのは二人。どちらも、僕が知った顔だった。
片方は、銀の髪を揺らす狐獣人。二級傭兵であるミカゲさん。
そしてもう一方の『彼』は、僕の顔を見ると首を傾げた。
「なんでここにいるんだよ、レリクス」
「……ユキナ」
互いに意図せずの再会だった。
心底不思議そうな顔をするユキナとは対照的に、僕の胸の奥が小さく疼いた。




