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第五十話 我が全てはあなたに……

お砂糖モリモリの回です


「ユキナ君。ミカゲさんの願いを叶えてあげて」

「叶えてっておい、言ってる意味わかってんのか?」

「私の前職をなんだと思ってるの?」


 そうですね。お金を頂いて男の願いを叶えるお仕事をしてましたね。俺の我儘で辞めてもらいましたけど。本人の同意もありましたけども。


 混乱しそうになる頭を深呼吸して落ち着かせる。動揺はあるが、言葉を選べる程度に冷静になってから口を開く。


「都に来た当初ならともかく、今の俺は肉体だけの関係を結ぶ気はないぞ」


 レリクスのお供として都に来たのは、女を買うため。だが、今の俺にはキュネイがいる。いかな事情があろうとも、恋人以外の女を抱くつもりはない。一度関係を持ったなら、男として責任を果たすつもりだ。


「もちろん、ユキナ君が意外と義理堅いのは承知してる」

「意外って」


 キュネイのちょっと失礼な台詞に顔が引きつった。


「でも、それでもお願いするわ。ミカゲさんの想いを受け入れてあげて、ユキナ君」


 キュネイはミカゲを後ろから優しく抱擁した。抱きしめられたミカゲはびくりと肩を震わせたが、顔を伏せたまま黙ってキュネイの腕を受け入れた。


「ミカゲさんの中にあるユキナ君への想いに気がついた時、私は純粋に嬉しかったのよ。私が真に愛した男性の魅力を、他の人ミカゲさんもちゃんと理解してくれた事実に」


 それを聞いた俺の脳裏に、先ほどグラムと交わした会話が蘇った。


『それに……もしミカゲが恋人になったとしたら、キュネイだって良い思いはしないだろ』

『それは案外大丈夫だと俺は踏んでる』


 さっきグラムがはぐらかした話の根拠はこれか。


「だからミカゲさんに言ったの。『あなたもユキナ君の恋人になる?』って」

「いや『なる?』ってちょっと……」


 晩飯のおすそ分けじゃねぇんだぞ。ほどよく二等分なんて無理に決まってんだろ。


「もちろん、ユキナ君が私のことを愛してくれている事実を疑うつもりはないわ。でもね、たまに考えちゃうのよ」

「何をさ」

「ユキナ君みたいな素晴らしい男を、私一人の手元に縛り付けていいのかって」


 それだったらむしろ、俺みたいな一介の傭兵にキュネイみたいな極上の美人が恋人になって本当にいいのかって話になる。この辺りは、いずれは出世払いということでどうにか対等になる予定であり、自分なりに納得はしているからいい。


『はっはっは、さすがはキュネイちゃんだ。王都の男たちを手玉に取ってきただけのことはあるなぁ』


 頭の中にグラムの高笑いが響き、イラっとくるが今は無視しておく。それよりもキュネイの言葉に耳を傾ける。


「でね、実は前々からミカゲさんのことを『良いな』って思ってたのよ」

「……どんな感じの『良いな』なんですかね」

「それはもちろん、ユキナ君の新たな恋人としてよ」


 俺が大怪我した際に、見舞いに来た時のミカゲの様子。そして昇格試験の時に見せた態度で、キュネイは確信したのだ。ミカゲの胸の奥に秘められた『想い』を。


「それだけじゃない。私は医者。ユキナ君の怪我を治すことはできても、隣に立つことなんてできない。でも、ミカゲさんならいざという時にユキナ君の助けになれるわ」


 キュネイはキュネイで思うところがあったのか。

 

 それは良いとして。


「流れから当然のように話してるけど、キュネイ的には自分以外に自分の男に恋人ができるのはその……『あり』なのか?」

「さっきも言った通り、私の中にあるのは純粋な嬉しさよ。私はミカゲさんがユキナ君の恋人になってくれるのを歓迎するわ」


 そう言ってから、キュネイは苦笑した。


「自覚はあるの。この辺りの感覚は間違いなく他の人に比べればズレてるんでしょうね。でも、不思議と嫌悪感はないの」


 ──もしかして、淫魔サキュバスとしての側面が?


淫魔サキュバスは性に対しては寛大だからな。ま、帰り道に話してた俺の根拠も元をただせばこれだけどよ』


 俺はミカゲへと視線を向ける。キュネイと話している間、彼女は期待と不安が入り混じった目をしながら、時折身をよじらせてこちらを見つめていた。それだけでも俺の胸が締め付けられるような感覚に襲われる。


 外聞もなく正直に述べてしまえば。


 物凄く『キテ』いた。


 グラムと帰り道にミカゲとの関係についてあれやこれやと話し合っていたのだ。口でははぐらかしつつも、ミカゲとの関係を持ったとすれば──なんて想像を全くしなかったわけではない。キュネイへの罪悪感を抱きつつも、頭の片隅で思い浮かべたのは否定できない。


 それを振り払おうとした矢先に、暴力的で魅力的すぎる格好をしたミカゲが現れたのだ。これで男心を揺さぶられなかったら男として機能不全を起こしている。


 そして、ここに来てキュネイのお墨付き。止めるどころか背中に全力で体当たりするかのような後押し。


 補足すると……キュネイはミカゲを後ろから抱きしめたままなのだが、その手付きが色々と怪しい。ゆったりとした手付きでミカゲの躰をさすっているのだが、手の動きに合わせてミカゲが反応する。時折唇を噛み締め、なにかに耐えるような表情を見せる。


 ぶっちゃけ、エロい。


『おおぉ、ドキドキする胸がない俺でも、ちょっとドキがムネムネしてくる』


 真面目なお話してる時に雰囲気ぶち壊すようなネタを放り込んでくるのはやめてほしい。


「……ユキナ様」


 俺とキュネイの会話を黙って聞いていたミカゲが、か細い声を発した。それが耳に滑り込んだ途端に、背筋がぞくりと震える。


「たとえあなた様が誰かを愛そうと、我が忠義に揺るぎはありません。ですが、私はキュネイさんに嫉妬を抱いていました。ユキナ様の寵愛を受けるこの人が羨ましかった。そんな私を、キュネイさんは快く受け入れてくれました。嫉妬に駆られていた私の想いを肯定してくれたのです」


 ミカゲはそっと、己の躰を抱くキュネイの手を握った。キュネイは小さく驚いた顔をしたが、慈愛に満ちた笑みを浮かべるとさらに深くミカゲを抱きしめた。


 目を瞑り、やがて意を決したように口を開いた。


「今夜だけでも良いのです。一度、あなたの腕に抱かれたのならば、これ以降あなた様を求めようとはいたしません。たとえどのようなことになろうとも私は一振りの『カタナ』となり、あなた様が修羅の道を歩もうともこの身が朽ち果てるまでお供する覚悟です」


 ほろりと、薄暗闇の中でありながらミカゲの目元が煌めいた。覚悟を決めた意志を感じられる瞳から溢れる涙が、頬を伝い落ちていく。


 おそらく、ここで受け入れなくとも、ミカゲは口にした通りこれからも俺の『配下』として付き従うつもりだろう。


 ──しかし、だ。


『相棒、わかってるよな』


 当然だろうが。


 俺はキュネイに目を向ける。


 キュネイは初めから全てを理解していたかのように微笑むと、ミカゲへの抱擁を解いてゆっくりとその背を押した。


 まるで迷子の子供のような足取りで俺のそばまで来たミカゲの両肩を掴む。彼女に苦痛を与えず、だが決して離さないように強く。


「俺はお前の望む『英雄』なんて大層な器じゃねぇかもしれない。お前に比べれば、今の俺なんか足元にも及ばないだろうさ」

「それは──」

「けどな」


 否定をしようとしたミカゲの遮るように、言葉に力を込める。


「女にここまで言わせて、黙って引き下がれるほど男を止めたつもりは……ない」


 ミカゲは俺に英雄としての未来を想像した。今の俺は、到底彼女の理想に叶ってるとは言い難い。


 それでも、ミカゲが『惚れた』はずのオレがここで及び腰になるなんて許されない。


 ──ここでヘタレてたら、漢が廃る。


 心の中に熱が灯るのを感じた。


 俺の言葉の意味を理解し始めたミカゲは、今度は不安げに表情を曇らせた。


「本当によろしいの……ですか? こんな……武芸以外に何も知らない……女っ気のないような私を」

「元はと言えばお前が言い出したんだろ」


 その前にキュネイがそそのか──とは言い方は悪すぎるか。あくまでもキュネイは後押ししただけだしな。


「それを言ったら俺はどうするんだよ。地位も金もない、駆け出しの傭兵なんだぜ?」

「それは──」


 俺は彼女の頬に手を添えて、口にしようとした言葉ごと唇を奪う。驚きに目を見開く彼女だったが、構わずに唇を塞いだ。


 やがて、互いに体を離すと、俺の行動が唐突すぎたためかミカゲは呆然としていた。己の唇を指先で触れ、直前の感触を思い出し、ミカゲは徐々に何が起こったかを理解していく。


「お前は俺にはもったいないくらいに魅力的な女だよ。そんなお前が単なる『カタナ』になるなんて勿体なさすぎだ」

「ユキナ……さま……」

「どうせ捧げるなら、配下としての忠義だけじゃなく、お前の全てを捧げろ」


 今度こそ、ミカゲの目からとめどもなく涙が溢れ出した。けれどもそれが決して悲しみからくるものでないのを、彼女の笑みが証明していた。


「はい……はい……っ」


 ミカゲは身を投げ出すように俺の躰に飛び込んでくると、どちらもとなく抱擁を交わす。


 俺はもう一度、キュネイへと見る。


 キュネイはやはり優しげな笑みをミカゲへと向けており、俺の視線に気がつくとゆっくりと頷いた。


 本当に、俺には勿体ないくらいの女だ。


 俺はキュネイにうなずき返すと、ミカゲと少しだけ躰を離すともう一度、彼女の唇を塞いだ。


「ユキナ様……我が忠義と共に私の全てを……お受け取りください」


 ──そして、ミカゲの願い通り、俺は彼女の捧げた全てを受け入れたのであった。

真面目なシーンって、書いてると脳内の栄養が加速度的に消費されていくような感覚に襲われます。


この後に勇者回を書いたら、一旦の区切りに向けて話を傾けていく予定です。


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[一言] ここまで言われたら男ならやるしかない!
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