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第四十六話 重量マシマシなのですが



 ──ついに我慢が限界に達したのか。


 捩角牛ホーンブルが地鳴りを響かせながらこちらに向けて突進してきた。


 この進路コースのままであれば、俺が避けたところで背後の傭兵が巻き込まれて死ぬ。


 ならば、この場に踏みとどまって迎撃するしか無い。


「頭下げてろ!」


 背後の傭兵に振り向かずに言葉をぶつけた。傭兵が実際に頭を下げたかどうかを確認する暇はなく、俺は大ぶりに槍を振りかぶる。


「『重量増加エンチャント』!」


 気迫を込めた言葉とともに、猛然と突撃してくる捩角牛ホーンブルへと一歩を踏み込んだ。


 ──バゴンッ!


 俺の踏み出した一歩が、足の甲あたりまで地面に埋没・・。両腕から始まり、全身に凄まじい『重量』が伸し掛かった。


 ──重量増加エンチャント


 俺と契約を果たしたグラムが、召喚コールと共に得た力。コボルトキングを討伐するに至った最大の要因。


 端的に言えば、グラム自身の重量を普段の倍以上に引き上げる能力。


 つまり、今この瞬間に俺が振るうグラムは、数倍以上の大きさを持つ質量の鉄塊にも等しい。


『よっしゃぁ!! やったれ相棒っ!!』

「──ぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


 グラムの声に後押しを受け俺は腹の底から絶叫を絞り出しながら、目前にまで迫っていた捩角牛ホーンブルへと槍を大きく薙ぎ払う。



 槍の穂先は捩角牛ホーンブルの頭蓋をご自慢の角を粉砕し、その躯を派手に吹き飛ばした。



 捩角牛ホーンブルからしてみれば、突然現れた巨人の拳に、横合いから殴りつけられたような感覚だったかもしれない。


 地面に叩きつけられ厄獣はそのままそのままビクビクと痙攣し、動きを止めた。



 俺は槍を振りかぶったままの格好でしばし硬直し、やがて大きく息を吐き出しながら槍で躰を支え脱力した。


「ああぁぁぁ……思ってた通りにきっついわぁこれ」


 捩角牛ホーンブルの突進を迎え撃つには、グラムの重量を最大級にまで引き上げる必要があったのだが、覚悟をしていたとはいえたったの一振りで全身の骨や筋肉が疲弊しきっていた。


『けど、最初の頃よりは随分とマシになっただろ』


 俺は顔をしかめたまま答える気も失せていたが、グラムの言葉を内心では肯定していた。


 以前よりも、確実に筋力が増加している自覚がある。劇的と言えるほどではないにしろ、槍を振るうことに疲れを感じなくなっていた。


 重量増加エンチャント状態のグラムであっても、一度に限れば問題なく振るう事ができる。極端に体力を消費するも、初めての時のように全身に激痛が襲ってくる事はなくなった。


 これもグラムと『契約』した影響なのか。


『そりゃ、俺の存在が相棒の成長をちょびっとは後押ししてるのは間違いない。けど、俺が思うに相棒にはそちら方向・・・・・の才能があったんだろうさ』


 どんな方向の才能だよ。


『そりゃおいおいわかってくるだろうさ。今はとにかく、よく動いてよく食べてよく寝るこった』


 腕白わんぱく盛りの子供か!


『俺ぁ相棒よりも遥かに年上だからな。それよりも、どうやら来たようだぜ』


 グラムの言葉から少し遅れて、茂みの中からミカゲと二級傭兵が現れた。


「──っ、ユキナ様!?」

「よぅミカゲ。お疲れ」


 俺の姿を確認するなり驚くミカゲに、俺は槍を持った方とは反対側の手を上げた。


「まさか、先ほどの救援要請は」

「いんや。確かに俺の魔法具は使ったが、救援が必要なのはこっち」


 俺は自身の後ろで未だにへこたれている傭兵を親指で示した。ミカゲは彼の怪我に気がつくと、すぐさま駆け寄った。


「軽く止血した後は、キュネイ先生の元に連れて行ったほうが良さそうですね。それと、現時点を持ってあなたは失格扱いとなります」


 ミカゲは持参していた止血帯を傭兵の足に巻きつけながら言った。彼は悔しげに呻いたが、すぐに諦めたようにがっくりと肩を落とした。


 一方で、ミカゲと一緒にこの場にやってきた二級傭兵は、厄獣の亡骸を厳しい視線で見据えている。特に捩角牛ホーンブルの死体を見る目は鋭かった。


「先に断っとくけど、捩角牛ホーンブルと遭遇したのは俺たちのせいじゃねぇぞ。どっか場の馬鹿が下手に手を出したせいで興奮してたのが、俺たちに襲いかかってきただけだからな」

「──捩角牛こいつは君が倒したのか?」

「でなかったら、あんたらが到着する前に俺たちは仲良く揃ってひき肉ミンチになってらぁ」


 二級傭兵の言葉に俺は正直に答えた。グラムの特殊な力の事は伏せているが、それを除けば全て真実だ。咎められるいわれはない。


「……事の経緯を詳しく聞きたい。一度、入り口まで同行してもらえるか?」

「もちろん。それと、そこらに転がってる犬頭人コボルトは俺が討伐したやつらだ。手持ちの討伐部位と合わせりゃ、試験の合格水準は達成してるはずだぜ」


 俺は犬頭人コボルトの牙が入った狩猟袋を掲げ、二級傭兵に笑いかけたのだった。



 

 結果的に、この試験に失格したのは二人。


 一人は、犬頭人コボルトに囲まれて足を負傷したやつ。そして、捩角牛ホーンブルにちょっかいを出した奴だ。


 受験者全員が必要な数の犬頭人コボルトを討伐し森の入り口に戻った際、一人だけ様子がおかしい傭兵がいた。二級傭兵がそいつを締め上げたら案の定、捩角牛ホーンブルにちょっかいを出した張本人だったのだ。


 事の経緯はとグラムの予想どおり。


 討伐による報酬に目がくらんだ傭兵バカが、偶然遭遇した捩角牛ホーンブルに手を出した。結局、討伐しきれずに捩角牛ホーンブルは暴れ出し、傭兵は命からがら逃亡。その後、捩角牛ホーンブルがどうなったかはもう語るまでもない。


 俺が助けた傭兵は厳重注意と一定期間の昇格試験の受験禁止。こちらは妥当なところだが、捩角牛ホーンブルにちょっかいを出した傭兵は他の傭兵を無為に危険にさらしたことでの厳罰処分。『一定期間の傭兵活動禁止』となった。


 もしあの興奮した捩角牛ホーンブルに俺ではなく他の五級傭兵が遭遇していたらほぼ確実に殺されていただろうからな。当然の罰だろう。


 で、この失格になってしまった二人を除けば、要求昇格試験は全員合格。もちろんそこには俺も含まれている。


 とりあえず、一歩前進だ。

 


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