第二百八十七話 領主が来たと思いきや王族の人が来たらそりゃ誰だってビビるし慌てるって話
俺とリードは短いながら黙祷を捧げ、気持ちに区切りをつけて名も知れぬ誰かの亡骸の調査を開始する。なんのことはない。こういう場面に遭遇する可能性も、森に入る前に話し合って織り込み済みだったからだ。
リードは死体の側に屈むと、冷静な眼差しで全体を観察する。
「格好からして失踪した村人に違いはなさそうだ」
「身元が分かるもんでも残ってりゃぁ良いんだがな」
消息を絶った村人の内、およそ半数以上は森の中に死体として発見されているが、残りはまだ行方が知れない。俺たちが厄獣狩りを行っているうちに発見することも十分に想定していた。覚悟はしていたが、実際に拝むことになると若干、身が強張る。
一方でリードは俺に比べて普段通りだ。やはり傭兵としての年季が違う。
「傷口や噛み跡の大きさからして、デケェやつじゃぁ無さそうだ。俺らにしちゃ小銭稼ぎの種だが、丸腰の素人にゃどうしようもねぇが」
「俺たちがここまで仕留めた厄獣と同種だと思うか、リード」
「おそらくは。武家さんの狩人衆が調べた限りでも、これまで出てきた死人の損傷も似たようなもんらしいしな」
サンモトの地に出没する厄獣に覚えはないから断言はできないが、死体に特筆して目を引く点はないのがリードの判断だ。残念ながら俺はまだその辺りの経験が足りないので彼女頼りである。リードとミカゲを別の組み合わせに振り分けしてあるのはこの為である。
他に不審な点がないかを調べた後、視界の悪い草むらから引き摺り出すと、最後に『お札』を貼り付ける。サンモトで使われている魔法道具の一種のようで、対象に貼り付けると魔法使いに位置が分かるようになるらしい。仕留めた厄獣にしても同様のものを貼り付けている。人足に同行している魔法使いがこれを感知して回収する手筈だ。
「俺たちの方はほどほどに順調だとして、あっちはどうなってんのかね?」
「そいつはミカゲの方か? それとも……ロウザの方か?」
「坊ちゃんの方に決まってんだろ。『任せろ』とは言ってたが、果たしてどうなってるのかねぇ」
リードが腕を組み無意識に豊かな胸を持ち上げながら、胡乱な表情を見せる。ご立派なモノをお持ちな女性って、みんな腕を組んで持ち上げるんだよな。
やっぱり重いんだろうな。
実際に重かったし。
──なんて空気の読めない感想を、頭を軽く振って思考の端に退かす。
ロウザとゲツヤは、この厄獣討伐の仕事には加わっていない。厳密には俺たちに現場近くまで同行はしつつも、今は付近の村に置かれた本陣に構えていた。そしてそこには、この狩りの統括としてランガも腰を据えている。
元より、ランガが仕事を持ちかけたのは俺に対して。ロウザがここまで足を運ぶ理由もないが、やはり俺が客分ということで同行したのだ。
それがただの『口実』であるのを理解できないほど、俺も鈍くはない。
先日に将軍家次男に呼び出された時と同じく、ロウザは今度は将軍家長男と接触する機会を計っていたのだ。当然、ランガもそれを含めて俺に仕事を依頼したとみて間違いないだろう。
ロウザの側にはゲツヤが控えているし、護衛衆も何人かついている。いきなり切った張ったの修羅場になるとは考えにくいが、何事にも万が一は付きまとう。
一抹の不安があるのは否定できない
『安心しろ。お前らはお前らの仕事をこなせば良い。儂は儂で『役』をまっとうするまでよ』
別れ際にロウザが放った言葉を、今は信じるしかないだろう。
「ここからあーだこーだ言ったところで俺たちにはどうしようもねぇんだ。仮に何かあったとすりゃぁ、グラムかスレイが騒ぐんだ。それまでは傭兵稼業に専念するしかねぇ」
「……その辺り、うちの蛇腹剣はまじで役に立たねぇからな。頼むぜ黒槍さんよ」
ここまで距離が離れると念話で意思疎通を測るのは難しく言葉も伝わらないが、合図に近しいものだけはやりとりできるらしい。トウガが異常察し、強い意思を念話に乗せれば、それをグラム(と一応はスレイも)が捉える手筈になっている。
「応、任せとけ……逆に言えば、合図が来なけりゃ暇なんだけどな」
「暇なら暇で、滞りなく事が進んでるって考えりゃいい」
「「おお……成程」」
俺がざっくりと言ってやると、納得したリードとグラムが妙にハモる。
「あっちのことはロウザに任せて、俺たちも仕事の最中だ。せいぜいしっかり働いて、長男様からしっかり報酬をせしめようぜ」
「はっ、違ぇねぇや」
森の糧を生活基盤の一部にしていた村の長は厄獣の被害にほとほと困り果てていた。付近の村も同様の被害にあっており、それらの意見をまとめて領主である武家に陳情を出した。武家も事態を重く見て狩人衆を派遣したが、予想外の厄獣の多さと時期の悪さが重なり掃討は思うように進まなかった。
今はまだ備蓄があるから良いが、問題が長期化すれば食料が不足しかねない。それだけにとどまらず、厄獣が村まで迫ってくると考えると夜も安心して眠れなくなる。
村全体が重苦しい不安に包まれていたある日に、前触れなく現れたのは馬車の一団。武家様がついに本格的な厄獣の掃討に乗り出してくれるのかと希望に村人達が沸いた。
──まさか、武家のさらにその上の将軍家が来るなどと、まさしく青天の霹靂であった。
「ここの村人には少し悪いことをしましたな。事前に知らせてはいなかったのですか?」
「あの傭兵に依頼を出したのがつい数日前で、暇があったわけなかろう。それに、もてなしをせよと命じた訳ではない」
傭兵達が森で仕事に勤しんでいる同時刻、ロウザとランガは村で一番大きい村長宅に通されており、目の前には村で用意できる最大限の料理が並べられていた。家の外ではおそらく、何か粗相をしていないかと、村の住人達が気が気でないだろう。
「……将軍家の人間が来て、何もせんわけにはいかんでしょうに」
ランガが人の上に立つには十分すぎるほどの器を持つのはロウザも認めるところではあるものの、庶民の感覚に疎いのが珠に瑕だ。




