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第二百八十五話 対策は完備してるけど将来的には──


 心穏やかな話し合いというわけではないが、ロウザがいれば無理難題を強引に引き受けさせられるという展開は無いだろう。


「まず最初に確認しておきたいんだが、なんでわざわざ俺なんかに話を持ってきたんだ? この国の厄獣駆除ってのは、その領地を請け負ってる武士の役割って聞いてるんだが」

「その認識で間違いはない。だが、此度の話は俺の臣下が泣きついてきたことが発端よ」


 サンモトの仕組み(システム)に異常が起こっているとか、誰かしらが致命的に不備を起こしたというわけでも無い。


 ただ単純な人手不足らしい。


 とある領地の武士が、季節外れに厄獣の数が増加し、手が足りなくなったのだという。


「本筋であれば、隣接する領地の武士や交流のある縁者に助力を願うのだが、あいにくとどこも時期が悪くてな。人手の余剰がないらしい」


 アークスでは、傭兵が厄獣狩りの(かたわら)便利(なんでも)屋のよう雑用を請け負うのに対して、サンモトでは武士の包する人足が様々な仕事の傍らで化生狩りを行う。


 更にいえば、前者は組合に所属しているが基本的に個人営業。稼ぎは誰も保証してくれず自分で仕事を選んで命懸けで稼ぐ必要がある。一方で後者は武士の抱える人員であり、狩りの他にも紹介された仕事をこなせば一定の給金を得られる。


 どちらが優れているという事もなく、まさしく一長一短であろう。


「臣下の陳情を無碍にするほど俺も薄情であるつもりはない。しかし、奴には悪いが俺も時期が悪い。人手を出すことは簡単だが、今は少し動きにくくてな」


 ランガの重圧のこもった一瞥がロウザへ向かうが、当人は用意されたお茶を呑気に啜っている。相変わらず図太いというか呑気というか。


『どっちも相棒にだけは言われたかねぇだろうな。良い勝負だぞ』


 念話チャンネルを聞き流しながら、俺もお茶を啜る。火傷しないが温くもない絶妙な熱さに、渋さと甘みが調和した味わいが舌を流れて胃に届き、起き抜けの体に染み渡るようである。


「そこでお前らの事を思い出した。この際、ロウザの麾下であろうが構わん。俺の頼み、引き受けてはくれんだろうか」


 出会い頭から高圧的な態度であったランガだか、今ばかりはその圧を穏やかにし、俺を正面から見据えてくる。残念ながら、その目の奥にある感情のゆらめきや意図を読み取れるほど、俺もまだ経験は足りていなかった。


「黒刃よ」


 俺が思考を巡らせるも答えあぐねている中、沈黙を破ったのはロウザだ。


「ここは一つ。儂の顔を立てると思って、ランガ兄上の頼みを聞いてはくれんか?」

「お前はそれでいいのか」


 返ってきたのはゆったりながらも強い頷き。答えを決めるには十分すぎた。


 改めて俺はランガに告げる。


「報酬は弾んでもらえるんだろうな。言っておくが、腕を安売りするつもりはないぞ。何せ、傭兵界隈じゃ、頭に一流って付く傭兵が二人もいるんだからな」


 俺はまだその域に達していないが、ミカゲとリードという二級傭兵が二人もいるのである。間違いは何一つ口にしてない。


「構わん。必要であれば書面に(したた)めよう。そこの愚弟でも将軍家の末席。此奴の証明が入っていれば、契約書として十分であろう」

 


 ──そんなこんなで。


 ランガからの依頼を受けた俺はその日のうちに仲間たちに事情を説明。一方的に話を進めた事に謝るも、快く受け入れてくれた。ただ、将軍家長男の唯我独尊(マイペース)ぶりには流石に苦笑を堪えきれなかった様子だ 


「ユキナ。ちょっといいかな?」

「お、なんだ?」


 なんだかんだで一緒に話を聞いていたレリクスが、難色を示した。


「助力を願いにきた人から金を毟り取るやり方はどうかと。仮にも、ロウザさんのお兄さんであるし、彼を陣営に取り込まないと駄目なんじゃ」

「オタクら勇者一行はお国(アークス)から支援金があるからいいだろうが、傭兵には後ろ盾なんぞないんだ。相手がどうであろうともタダ働きは御免だ」

『やたらと仕事が舞い込むから儲かって仕方がねぇけどな! 貯金とかすごいことになってるし!』


 黒槍の茶々が入るも黙殺する。


 これは俺なりの傭兵の信条と言ってもいいだろう。相手がご友人だろうが王族だろうが、仕事をするのであればきっちり依頼料は頂く。むしろ、大切な繋がりであるからこそ、金銭における契約はしっかりしておきたい。


『田舎暮らしだった相棒の、その辺りのバランス感覚は本当にどっからきたの?』


 特に深い過去なんぞない。身近に無償でほいほい他人の頼みを聞くお人好しがいたから、それを反面教師にしただけだ。


「レリクス。こいつばかりはあっちの言い分が正しい。稼げる時にきっちり稼ぐのが傭兵の作法だ。そいつを勇者の理論で語っちゃぁならねぇ。たとえ親しい間柄でもな」

「ガーベルト……わかった。ゴメン、ユキナ。今のは余計な話だった」


 一級傭兵に諭されて、レリクスは素直に非を認める。情操方面はともかく、一般常識的な教育についてはああして仲間がしてくれているのであれば安心だな。


「それと……」

「まだあんのか」

「これは前からずっと思っていた事なんだけど……」


 次はどんな小言が投げられるのか、辟易しながら言葉の先を待っていると、何故かレリクスが頬を赤らめて口籠る。


「君たちは少し爛れすぎていると思うんだ。特にここ数日の間」

「…………それについては、ちょっと反論できないなぁ」


 俺は天井を仰ぎ、アイナ、ミカゲ、リードは顔を真っ赤にしてレリクスから視線を逸らす。キュネイについては頬に手を当てて「あらまぁ」と全く困っていない声をボヤく。


 色を売る宿であるからか、部屋の壁が音を通しにくい素材でできている。船旅の最中は我慢していたが、周りに気兼ねがないとなるとついつい滾ってしまう。


「とりあえずは。仲間(パーティ)との円満で透明性のある交流(コミュニケーション)の為と思っていただきたい」

「君って、言い訳する時には妙に言葉遣いが流暢になるよね」

「くそっ、これだから幼馴染ってのは」


 ランガの突然の来訪に憤りを感じはしたものの、俺たちがイチャイチャしすぎたが故──という点は否定できない。


「それに、若い盛りに身を任せてたらその…………色々(・・)と大変だろ。意気揚々に村を飛び出してったのに、哀愁を背負って戻ってきた上の世代とか結構いたし」

「いわゆる『デキ婚』という奴ですか。産めや増やせは一介の僧侶としては祝福すべきでしょうが、計画性もない行いについては一言申し上げたくはあります」

「せっかくボカしたのに!?」


 シオンの身も蓋も無い発言に、恥ずかしくて遠回しに発言したレリクスが悲鳴をあげる。僧侶がざっくばらんすぎるのか、勇者が純情すぎるのかはさておき。


「その辺りは問題ない。うちには超一流の腕利き治療師がいるからな。対策は完璧(ばっちり)よ」


 俺の流し目に応えて、キュネイが穏やかな笑みを浮かべて手を振る。仲間女性陣にはキュネイ自身も含めて、彼女が考案し開発した『避妊魔法』を掛けてあるのだ。


 回復魔法の使い手として人体を深く理解しているキュネイだからこそ可能な魔法で、対象者一人ひとりに合わせて調整し魔法を付与する必要がある。逆に、一度施してしまえば当人の保有する魔力を元にして自動的に効力を発揮し続けるという優れもの。しかも手順さえ知っていれば対象者の意思で魔法の解除も可能である。


 元娼婦である彼女は、勤めていた娼婦宿で従業員の健康管理を行なっていた。娼婦も仕事とはいえ男と一夜を共にすれば、当然ながら意図せずに身籠る可能性は十分にありえた。その対処として、キュネイが開発した『避妊魔法』の登場。おかげで従業員に不安を抱く事なく仕事に専念できる。


 キュネイの魔法のおかげで、俺たちも気兼ねなく存分にイチャコラできるわけだ。


 もっとも、今は良いけど『将来的』にはその魔法を解除したいという真面目な気持ちもある。勇者が世界を平和にして、俺が恋人たちに相応しい男になった暁には、と心の中で呟いた。


『そのためにもしっかり稼がないとな』


 黒槍の念話チャンネルに、より一層にお仕事へのやる気(モチベーション)が湧き上がってくる次第である。 



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