第二百八十四話 もしかしたらこっちの方がお坊ちゃんではと思わなくもない
出来事大盛りの日から数えて四日ほど。
その間、ロウザは色々と影でやっているようだが、俺たちには詳細は伝えられず。曰く、漏洩の防止という事らしいが、つまりは俺たちが動くのはまだ先の話。今は自由行動を与えられたということで、羽目を外しすぎない範囲でコウゴの都を観光させてもらった。
一方で、あの日の酒宴にも参加しなかったレリクス一行は、日に日に神経をすり減らしているようであった。己たちの目的は明確であるのに、そこに辿り着く道程はロウザの動き次第とくる。
落ち着いている俺らと違って、レリクス達はまだロウザのことを深くは知らない。将軍家の末息子であり只者ではないというのだけは感じているだろうが、そこまでだ。俺たちだってまだまだ長い付き合いではないが、それでも腹の底は見せ合い本気で刃を交えている。だからこそ、ロウザが待てというのであれば、今はいつでも動けるように楽にして待つのが最善であるとわかるのだ。
『だとしても、相棒達はちょっとリラックスしすぎでは?』
なんて、女性四人とイチャコラしている側でグラムからツッコミを受けたのはご愛嬌。
──しかし、そいつは本当に前触れなくやってきた。
「お前らに仕事を頼みたい」
「…………この状況を見ていうことか」
朝日が昇って少しが経過した頃合い。一部屋にキュネイら四人と俺を含む『五人』で一夜を過ごし、力尽きるように眠っていたわけなのだが。急に外から聞こえてくる大きな足音に目が覚めた。
何事かと思い、急ぎで宿に備え付けてある上着に腕を通し、ギリギリ人と接しても許される程度に身繕いしたところで、ノックもなく戸が開け放たれた。
将軍家長男にしてロウザの兄である、エガワ・ランガの御成である。側仕えなのか護衛かは不明だが背後にも二人ほど引き連れている。
もちろん、事前の会う約束なぞあるはずもなかった。
「とりあえず一旦、出直してくれ。あるいは客間で待っててほし──」
「聞くところによれば、異国の地にて化生──お前らの言葉で言う厄獣の駆除を請け負っていたらしいな。それを頼みたい」
「相変わらず、こっちの話はガン無視かよ」
俺の背後には、見目麗しい素肌を、掛け布団一枚だけで隠した美女達が寝ているのである。落ち着いて話せるはずがない。
「…………? 俺は一向に構わんが?」
「俺が構うんだよっ!」
彼女達の安眠を妨げないよう声量は落としたものの、語尾が荒ぶってしまうのは仕方がない。相手は将軍家の次男であるのは百も承知だが、この男を前にするとどうにも敬語の前に雑な言葉が前に出てくる。明らかに初めて面を合わせた時のアレが起因である。
どうにかこうにか説き伏せてランガを部屋の前から追い返し、最低限の身なりを整えてから客間に赴く。その最中で、騒ぎを聞きつけて起き出したようで、欠伸を噛み殺しながらもロウザとゲツヤが合流した。
「朝から災難だったな、黒刃」
「そう思うならどうにかしてくれよ。お前の兄ちゃんだろ」
「残念ながら、親父殿から『災厄』の場所を聞き出すよりも難題だな、それは」
もしかしたらエガワ三兄弟で一番やばいのは長男なのでは、と疑いを持ちたくなる。
「幼少のみぎりより、将軍家の者として厳しくも崇められて育ってきたからな。庶民の感覚からするとズレているのは確かよ。まったくの世間知らずとまではいかんがな」
「女があられもない姿で寝てる部屋の前で、普通に仕事の話を始めるのは世間知らずじゃねぇのか」
「むしろ、女四人相手をした翌日に普通に起きていられるお前も大概だがな。どんな体力をしてるんだ?」
軍隊においては、火急の用があればたとえ上官が就寝中でも叩き起こして報告しろ、と指導を受けるらしい。ランガの場合は部下を容赦無く叩き起こす側の人間だなと、まだ寝起きでぬるい回転をしている思考がアホなことを頭の中でボヤく。
さらに大急ぎで従業員が駆け寄ってくると、慌てながらも事情を説明してくれた。
とはいうが、特に奇を衒った話ではない。
勤め人の一人が宿前で掃除していたら、非常に身なりの良いお偉方が配下を連れて唐突にやってきたのだ。直接拝んだことはなくとも、それがロウザの兄であるランガであるとすぐにわかったようで、彼は俺の寝泊まりしている部屋を聞くと、そのまま断りも入れずに宿の中へと入っていってしまったのだと言う。
予想に違わぬ動きに、俺とロウザは顔を見合わせて「はぁ……」と情けない声を漏らしてしまった。
客間の襖前にはランガが連れてきた配下が一人、まるで門番のように待ち構えていた。ロウザは「お前はここで」とゲツヤに告げると頷きが返ってくる。
襖を開けると、ランガは宿の従業員が淹れたであろうお茶を啜っていた。配下のもう一人その側でピンと背筋を伸ばして黙している。
部屋の端に控えている女中は、俺たちが客間に入ってくるなり助けを求めるような視線を向けてくる。ロウザと同じ将軍家の人間ではあるが、ランガとその配下が纏う雰囲気は常に重苦しい。下手な対応をして無礼打ちにされるかもと考えたら気が気でないだろう。
「ここは儂らに任せて下がっててくれ。他の者も近づけさせないよう頼む」
柔らかくロウザが指示すると、女中はペコリと頭を下げて足早に客間から出ていった。
ランガは三男を一瞥すると。
「別にお前まで呼んではいないが?」
「黒刃は儂の客分。兄に呼ばれただ一人で任せたとあらば、儂の沽券にも関わりましょう」
「……好きにしろ」
そのやりとりは、兄弟と呼ぶにはあまりにも緊張感がありすぎた。




