第二百八十三話 身近な人間にほど晒すのが恥ずかしい部分てきっとある
「……つか、誰かと一緒にいる様になったのって、割と最近かもしれねぇ」
今ではいつも誰かが側にいるのが当たり前になって来ているが、それも王都に来てからの話だ。それ以前、田舎暮らしの時は、むしろ一人でいる時間の方が遥かに多かった。
「お前の事だ。好き勝手してどうせ故郷の村やらでは爪弾きにされていたんだろう」
「あながち否定はできないなぁ」
「……いや、そこは冗談で言ったんだが」
ゲツヤがドン引きするが、当たらずとも遠からずだ。
特別に人見知りであったとか、他者に乱暴をしていたつもりはない。村の住人としての必要十分な仕事はしていた、ご近所ともそれなりの付き合いもあった。ただ、少しばかり独立独歩なきらいがあったのは否定できなかった。
「既に知ってるだろうが、同郷にはそれはまた顔もよけりゃぁ素行もよろしい、品行方正を絵に描いたような優秀な若者が居たわけよ」
「ああ、彼の勇者と同郷だったな、お前は」
俺がサンモトに来るまでに至った遠縁は、レリクスと同郷であった事だ。
「別に当人が名乗ったわけじゃぁねぇが、同世代のリーダー的な存在だったわけで。みんなレリクスを頼りにするし、当人も率先して協力するし実際に活躍するのよ。ただ俺は、そんな空気に流されるのがなんか肌に合わなくてなぁ」
村の住人にいつも囲まれているレリクスを、離れた位置で眺めているのが俺の日常だった気がする。
人の輪から外れている俺を、村の住人たちは偏屈ものを見る目で見ていただろう。ギリギリ、村八分までは届いていなかった。
「根の方で、人と足並みを揃えるのが苦手ってのもあっただろうけど」
「勇者殿の存在が気に食わなかったと」
「あいつを嫌う理由なんてあるはずがないけど。……あるいは劣等感というかなんというか。まぁ多分その辺りなんだろう。自分でも明確に言葉にできないな、これは」
レリクスを友人と思う気持ちは紛れもない事実。その一方で、昔から何をするにも優れていたあの男に対して、どこかしらの嫉妬心があったのも確かなのだ。
もしくは『憧憬』とも呼べる感情だったのかもしれない。
俺の中で、レリクスは今も昔も『格好良い』やつ。
勇者になる前もそれからも、人々に勇気と希望を与える格好いい男。
──そんなのが同世代に生まれたら、嫉妬もするし憧れもするだろう。
他の誰もがレリクスという存在の凄さを目の当たりにして早々に諦め、諦観する側になり。
俺はまだそこに至らず、一歩手前で醜く足掻いているようなもんだ。
「剣を是とするあのお国柄で、あえて槍を使っている理由はそれから来るのか」
「理由の一部には違いない。拘りがないってのもそうだけど」
レリクスが剣を使って格好良く活躍したからといって。それに倣って周囲の皆が剣を扱うからといって、俺が剣を使う理由にはならない。
それに、剣よりも槍の方が性に合っているのは、黒槍を使っていてより実感した。時々、馬鹿でかい魔刃になったりするけど。
「レリクスがやることは正しいし、村の連中もレリクスが正しいことをするのを求めてる。他の奴らと一緒に、頭空っぽにしてそうなるのが嫌だった。これは本当だ」
全てをレリクスに任せるということは、全てをレリクスに押し付けるのと同じだと。あいつは良いやつで頭も良いし優秀ではあるが、全部が全部完璧に出来るわけじゃない。人より優れていたって、一人で出来ることには限度がある。
「だから、レリクスはあいつがやれる範囲をやれば良いし、俺は俺の出来る限りをするだけだ」
勇者レリクスは魔王を倒す宿命を担っている。であれば、奴はそれだけをすればいいし、それ以上を背負う必要はない。他の雑事は、俺みたいな一般人が必死こいてやってりゃいい。
──それだけに、不安がないわけじゃない。
「勇者だからって、人の望みを全部叶えなきゃならん道理もないだろうに。なんでああも良い子ちゃんでいられるかね。もっとも悪賢くなりゃぁ、バランス良くなりそうなのに」
『災厄』についてだって、本来ならあいつが背負う必要がなかった案件だ。ルナティスが『鍵』の防備を変わらず万全にしていれば魔族が付け入る隙もなかっただろう。
『その論で行くと、邪竜使いやユーバレストの魔族どもをきっちり仕留めきれんかった相棒にも微妙に責任が及ぶんだな。相棒のそりゃわかってるだろうけど』
普段はおちゃらけているグラムも、肝心のところは的確で逃さない。実に痛いところをついてきたが、今はあえて黙殺しよう。
「その辺りは、あの生臭坊主が上手くやっているのだろう。あの一行は上手い具合に互いを補い合っているのだろう。お前たちの様にな」
「褒めてる?」
「かなりな」
改めてお猪口に注がれ、僅かばかり口に含む。まだ半分も残っている酒の水面に浮かび上がる己を省みる。そこにあるのは、酔いが回り始めている俺しか見えない。
俺は俺のやりたい様にやっている。でも、全く考えなしで動いているつもりもない。俺なりに精一杯考えて、その時の最善を選んでいるつもりだ。足りない部分は黒槍やアイナたちから躊躇いなく力を借りて、どうにかこうにかやりくりしている。
レリクスはそんな俺に妙な対抗意識を抱いているらしい。
俺から言わせれば、レリクスがその気になれば、文字通りなんだって出来るだろう。なのにあいつはそれを文字通り、誰かの願いを叶えるために使っている。災厄についてだって、結局は人から頼まれた結果だ。
「もうちょいと、我儘に生きりゃぁ良いのに……」
「まるで、勇者──レリクス殿に愛憎交々を抱いているふうにも聞こえるな」
「俺に断固としてそっちの気は無い」
酔いも吹き飛ぶほど背筋がゾッとするゲツヤのセリフに、俺はキッパリと答えた。
こうした話は、実はキュネイたちには話したことがない。自分自身でも割と漠然と感じていたことであり、身近な人間にほどできない話でもある。その点、ゲツヤはミカゲの兄ではあるが、それと同時にロウザの従者であり程よい距離感だったのかもしれない。酒精に酔って軽くなった口で言葉を投げかけるにはちょうど良い相手だった。
レリクスがユキナに強火感情抱いているのと同じ様に、ユキナもまぁまぁレリクスに思うところはあります。
ただ、ユキナの方はそれを自覚して己なりにちゃんと飲み込んでるあたりがレリクスとの違いかなと。




