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第二百七十七話 突撃! 隣のシラハの道場!(隣ではない)


 歩いているうちに、不意にミカゲが「ハッ」と何かに気がつく。それを皮切りに、彼女はどこか落ち着きがなくなり始めていた。


「どうした銀閃。お前もやっぱり恥ずかしくなってきたのか?」

「あなたと一緒にしないでください。いえ、この姿に馴れぬのは確かですが」


 多少は慣れてきたのか、弱々しさが薄れたリードが、己とは逆にソワソワし出したミカゲを不審に思い声をかける。


 少し街の喧騒が遠のいているのが、店が立ち並ぶ大通りを抜けたから。今は居住区にあたる区画で、サンモト式の民家が立ち並んでいる。


「……申し訳ありませんが、こちらの道は辞めましょう」

「何か問題が?」

「い、いえ……そういわけではないのですが」


 もしかしたら異常が発生したのかと僅かに気構えるアイナに、ミカゲは首を左右に振る。口籠もり躊躇いが伺えるが、他の面々の視線が集まると、やがて観念した様に口を開いた。


「……実はこちらの方面には、シラハの道場がありまして」


 つまりはミカゲの実家である。


 一行は彼女がアークスで傭兵をしていた経緯を改めて思い出す。


 当人達を介さずに、親御同士での一方的な婚約の話に激怒し、武者修行と称して身一つでサンモトを飛び出したのだ。


「でも、ご両親にご挨拶はしなくて良いのですか?」

「母上はともかく、父上と半ば喧嘩別れしておりまして」

「それはちょっと……顔を合わせづらいわよねぇ」


 災厄やら暗殺やら重大事案が発生しすぎて、今の今までかなり忘れられていたのはここだけの話。当事者達の間ではすでに決着が付いているし、婚約の取り決めに直接関わったソウザ将軍もおそらくは蒸し返すつもりはないであろう。先日にミカゲに声をかけた際に婚約周りについて言及しなかったのが証拠だ。


「でも、せっかくの帰郷ですし、お会いになった方が良いと思いますよ」 

「頭では分かっているのですが……」


 ミカゲにしても、別に両親に対して悪い感情を抱いているわけではない。ただ、己の意思を無視して勝手にロウザとの婚約を勧めたことや、そのことを発端にした喧嘩で気まずさがどうしようもなく先行しているのだ。


「少なくとも、ユキナ君がいない時に進める話じゃないわね」

「『娘さんを下さい!』っていうアレをやらにゃならんからなぁ、ダーリンも」


 折を見て、ユキナとミカゲが揃ってシラハの道場に赴くのが筋というものだろう。


 そうして引き返そうとした一行であるが。


「ここまで来て顔を出さないつもりか。薄情な娘だな」

「いえ、いずれは顔をだす所存ではあるのですが、まだ心の準備が──」


 不意に背後から投げかけられた、重圧を多分に含んだ男性の声。ミカゲは応対してから首を傾げ、徐な動きで後ろを振り返る。そして凍りついた。


 他の面々も揃って後ろを向くと、そこに立っていたのは非常に覚えのある毛色と耳の獣人。今まさに凍りついているミカゲのそれと非常に酷似している。顔立ちは彼女の兄であるゲツヤを彷彿とさせるものの、老いに差し掛かりつつあると分かった。


「……おいマジかよ。いつ現れたんだよ、このおっさん」


 意思ある武器はいつでも呼び出せる為、今はスレイは手元にない。ただそれでも、傭兵としての染みついた習慣から、弱気をさらしながらも辺りへの警戒は怠っていなかった。だと言うのに、視界に収めるその瞬間まで、男の存在をまるで認知できていなかった。


 殺気の類は感じられないが、静かな圧が女性達に這い寄る。


 整えられた顎鬚を撫でながら目を細める老齢に、ミカゲは蒼白となる。


「花嫁修行をあれほど嫌がっていたお前にしては、随分とめかしこんだな」

「どうしてここに……」

「街中であれほどの注目を浴びていたのだ。門下の一人が私の耳に騒ぎの一報を届けるとは考え付かなかったのか? 修行不足だな、ミカゲよ」

 


 ──数時間後。


 諸々を終えた俺たちが宿に戻ると、キュネイ達の姿は無く、代わりに出迎えたのは道着姿の青年。彼から受け取った言伝に従い、そろそろ夕暮れごろに差し掛かる頃合いに、俺たちはシラハの剣術道場を前にしていた。


 なお、言伝を賜っていたのは剣術道場の門下生らしく、俺たちが帰ってくるまで花魁達にチヤホヤされて顔を赤くしていた。厳しい修行生活で色気のない生活を送っていたのだろう。俺たちに言伝を終えると、逃げる様に帰ってしまった。


 そんなわけで、帰ってきて早々ではあるがまたも踵を返した俺たちである。 


「これまた次男(シンザ)の屋敷に負けず劣らずの、ご立派なデカさだな」

「格式と年季に限れば、あちらよりも遥かに上等だぞ。何しろ、エガワ家がサンモトを平定し、都をこのコウゴに定めた頃からある由緒正しき建造物だからな。都の中では間違いなく一番に規模は大きいだろうな。門下生の数も随一とくる」


 シラハ家はサンモトが戦国時代であった頃からエガワ家に仕え、その剣術を戦場にて奮ってきた。その関係は、戦乱が過ぎ去って久しくなっても変わりはないという。


「どうだ、緊張してきたか?」

「なんでそんなに楽しげなんだよ、お前は。……ちょっとはしてるけど」


 これから間違いなくミカゲの両親と対面するわけで、サンモトにきたのであればいずれかのタイミングで来なければならないとは思っていたのだ。ただ、その機がこうも早々に訪れるとは。王都が魔族に襲撃された事件で、その後に王様と謁見した時と同じくらいは背筋がガチガチに固まっていた。


「まぁ、儂も久方ぶりでちょいと背筋が伸びちまうがな」

「お前もここの門下生なんだったな」

「剣術の修行だけは真面目にやっとったが、他の格式ばった礼儀作法というのはどうにも肌に合わなくてな。よく師範にしばかれておったよ」


 将軍家に生まれた男子は、そのほとんどがシラハ剣術を学ばされており、ロウザも例外ではなかった。彼の兄であるランガに至っては、流派をマスターした証である免許皆伝を賜っているらしい。もう片方の兄シンザは、適性なしということで剣術からは離れているとか。


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