第二百七十五話 一方その頃のお話──後方腕組みキュネイ
ユキナがロウザらとコウゴ城に赴いている一方で、街に残った面々が何をしているかというと──。
「やっぱりサンモトの服は綺麗ねぇ。アークスにはない趣があって素敵だわ」
キュネイは白衣ではなくサンモトの煌びやかな衣装に身を包むと、楽しげにくるりとその場で回る。少し前の夜にユキナの部屋へ赴いた時のものとはまた別物であるが、相変わらず全身から扇情的な気配をこれでもかと撒き散らしている。
「ちょ、ちょっと胸元の露出が広すぎませんかね」
「普段はお上品なアイナちゃんが艶を全面に押し出すギャップ。これに落ちない男はいないわよ。自信を持って」
アイナはデザインはキュネイのものより少しだけ落ち着いているが、肩から胸元にかけて大きく開いている。全体的に穏やかで奥ゆかしいデザインであるだけに、はだけた部分がアクセントとなっている。少しでも動けば何かの拍子でずり下がってしまいそうな危うさがまた、『見えそうで見えない』という悩ましさを演出している。
「丈が短すぎます。なんなんですか、これは。あまりにも破廉恥すぎる……」
「破廉恥でなんぼよ! 鍛え上げられた肉体美をあえて利用しない手はないわ!」
顔を真っ赤にしながら声を振るわせ、自身の纏う服の裾を引っ張っているミカゲだ。彼女も普段の武人姿ではなく、サンモト美人の代名詞たる『大和撫子』に相応しい着物姿。ただそれは腰から上だけの話。本来であれば膝下まで布が覆うはずのそれは、ミカゲは膝上の太もも半ばまでしかない。少しでも風が吹いて翻れば──という非常に妖しさが際立っている。
もちろん、これらの『着せ替え遊び』の言い出しっぺはキュネイである。
元は娼婦として王都で名を馳せた彼女は、宿に勤める花魁達と早々に打ち解けていた。その過程で保有している衣装を見せてもらった時から、仲間達に着せたくて仕方がなくなってしまったのだ。
「私の見立てに狂いはないわ。これならユキナくんのハートを鷲掴みよ。……鷲掴みにされるのは私たちかもしれないけどね」
グッと拳を握ってから、豊かな想像力で浮かび上がった情景に頬を赤らめて腰をくねらせるキュネイである。
基本的にユキナへの一途は揺るぎないが、それとはまた別に可愛かったり素質を秘めながらも無頓着な女の子を見ると、どうしても着飾りたくなるのがキュネイである。こうなったら止まらないと理解しているので、アイナもミカゲも黙って受け入れるしかなかった。
おかげでキュネイは存分に二人をコーディネートすることができてご満悦だ。普段は仲間内で調整や緩衝の立ち位置である彼女であるが、今は目にハートマークを浮かべて荒ぶっている。
とはいえ、キュネイの『女性の魅力を引き出す』という審美眼については疑う余地もなく、二人とも恥ずかしがりつつも内心では満更でもなかった。なんなら、『今の姿で恋人と』なんて妄想をするくらいには、両者共にこれまでの経験を経て随分と逞しくなっていたりもする。
ちなみにリードもキュネイの口八丁と勢いに負けてやはり巻き込まれているが、キュネイの指示により宿の花魁たちに連れられて、今は席を外している。
そして、これにはマユリも参加していた。目が少しキマっているキュネイに迫られ仲間に助けを求めたが、レリクスもガーベルトも触らぬ神に祟りなし、あるいは『健闘を祈る』と目で伝えてから二人して街に出ていってしまった。一応、面目としては現地調査であるが、半ば見捨てたも同然である。
「マユリちゃんも可愛いじゃない。よく似合ってるわよ。お人形さんみたい」
「………………どうも」
キュネイは他意が挟む余地がない純粋な善意で感想を述べるが、マユリの声はどこまでも沈み込んでいた。今の彼女はアークスからの旅で愛用している魔法使いではなく、仕立ての良い女性の着物姿。キュネイの言葉通りに非常によく似合っており、可愛らしさを十二分以上に引き出している。
ただし──子供用である。
同世代の女性よりも小柄であり発育も控えめな彼女では、キュネイやミカゲ達が着ている様な服だとあまりにも丈があまりすぎてどうにもならない。マユリの体躯に適して、一番似合うものを選んだ結果であった。武家のお屋敷に住むお嬢様といった具合である。
マユリ自身、姿見に映る自分の姿は可愛いと思うし、普段と大きく違った雰囲気をよくも思っている。勇者に見てもらって感想を言ってもらいたいという欲求だって出てくる。
だが、己の周りにいる女性達のあまりの恵体に呪詛を抱かずにはいられない。
この世に勇者を遣わしたであろう神に、内心で恨み辛みを吐かずにはいられない。同じ女性であるはずなのに、どうしてここまで差が生じるのか三日三晩ほど掛けて論争がしたい。必要であれば拳を振るうことすら厭わない覚悟である。
そして──。
「お待たせしました。リード様をお連れしましたよ」
「待ってました!」
部屋の外からの声に、ノリノリで反応を示すキュネイ。何やら花魁達に色々と話していたらしいが、実際の内容は聞き取れずにいた他三人。流れからして、おそらくは己達と同じくサンモト衣装を着せられているのであろうが。
『……なぁ、本当に行かなきゃだか?』
『躊躇う必要など微塵もございませんよ。自信をお持ちになってください』
『……これで笑われたら、ちょっと文句言うからな』
『覚悟しておきましょう。もっとも、あり得ない話でございましょうが』
扉越しにしばし会話が流れると、ゆっくりと襖が開かれる。
──現れたのは清楚でたおやかの具現化とも呼べる美女であった。
髪の色と付けている眼帯で美女がリードであるのは疑う余地はない。けれども、リードであると改めて認識するにはあまりに印象が異なりすぎていた。
「な、なんだよ。似合ってないならないで、はっきり言えよ……」
「……………………………………」
部屋に入ってから無言である仲間を前に、いつもの強
気からは考えられない控えめな態度のリード。良い意味であまりの代わり様で言葉を失っているが、リード的には逆の意味で言葉が出ないと誤認していた。
「これは当然の帰結にして約束された結実。逃れられない宿命なのよ、リードくん」
狼狽するリードの後方で、妙にキリッとした顔で腕を組んでしきりに頷くキュネイである。
元々は女性としての素材は非常に良いものの、強欲で粗野な態度が目立っていたリード。ユキナに負けて仲間の一人になってから、男装をやめ一目で女と分かる姿を見せる様になったが、それでも素の荒さは据え置きであった。
だが、今の彼女は、口元には淡い紅が塗られて、ボサボサだった髪が丁寧に髪は穏やかに梳かされて艶を放ち、編み込まれている。無骨な鎧は全て脱がされ、代わりにサンモトの着物を纏い、一見すると貞淑な美女にしか見えない。
ただそれでいて、女性としての豊かさは隠しようもなく、傭兵としての生活で培われた臀部のラインは布に覆われていようとも隠しきれず。鍛え上げられ贅肉が一切ない腰回りの帯から、キュネイにも勝るとも劣らない豊満な胸が窮屈そうに布地を押し上げている様は圧巻の一言。
「ロウザくん御用達の宿なだけあるわね。実にいい仕事をしてくれたわ」
「グッ」と密かに着付けと化粧の指示を出していたキュネイは親指を立てると、請け負った花魁達も爽やかなやり切った感のある顔で「グッ」と親指で応じた。




