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第二百七十二話 なんだかんだで仲良い親子


 ロウザらが退出して行った後。


「お館様、よろしかったのですか? 兄上方お二人はロウザ様を──」

「構わんさ」


 側仕えの一人が発言すると、ソウザ将軍は鷹揚に頷いた。


「あやつらがロウザを排斥しようと、後ろ暗い手を回しているのを儂が知らぬわけなかろう」

「ではなぜ?」

「もし仮にロウザが道の半ばで朽ちるのであれば、それは我の見込み違いであり、同時にランガとシンザ(あやつら)が我の想像を超えてきたということ。サンモトの行く末を託すに相応しき度量と才覚、天運を有していることに相違ない」


 どちらも別々の時代に生まれていればそれぞれがサンモトを治めるに足る器を持っている。その偶然を嘆くよりは、高め合い研鑽しあってくれる幸運を喜ぼう。


 当然それは、次期将軍として据えたロウザにも言える事だ。


 兄二人の胸中にある企みを飲み干し、さらに一回り成長を果たし、己以上に歴史に名を残す大将軍となることを、ソウザはどこかで願っている。


 そして、ロウザへの期待感は旅から帰還してからの姿でより一層に高まっていた。


「『男子、三日会わざれ場刮目してみよ』とはよく聞く言葉ではあるが、実際に目の当たりにするとはなぁ」


 加えて、ロウザがあれほど手放しで褒めちぎるユキナという男の存在。一見すればただの青年にしか見えないが、息子の言葉では掛け値なしの『益荒男』であるという。


 気迫(やるき)に満ち溢れた息子の動向やその周囲の存在へ興味は絶えないが、将軍としてはそればかりにかまけて(・・・・)もいられない。


「災厄についてはこちらも悠長に構えてもいられんな。急ぎ密書を送り、警戒をより強固にせよ。必要であれば人手を出すのも構わん」

「承知いたしました。すぐに取り掛かります」

「くれぐれも内密に進めるのだ。不届き者が誰であれ、我とロウザが接触した事実は既に伝わっているはずだ」


 将軍とロウザの具体的な話の内容は分からずとも、時期を考えれば話の内容を推測するのは難しくない。勇者一行の仲間が同行していた事も加味すれば、当然の帰結だ。


「こちらの動きで『禁足地』の場所が漏れては本末転倒だぞ」

「我らの全身全霊を持ってして、命を果たす所存でこざいます」




「────てな具合の会話を今頃、側仕えとしてるんだろうよ」


 将軍様の部屋から出て少ししてから、ロウザが推測を語った。


「まるで今も見てきたような言い回しだな」

「親父殿当人も、儂がこの位は推察してると踏んでおるさ」


 ロウザの声にはどことなく得意げな感情が乗っていた。


 なんだかんだで仲良し親子じゃん、と口にすれば不機嫌確実なのであえて口にはしない。ゲツヤとシオンの方を向けば、こちらも思うところはあるがあえて黙っている様子だ。ロウザが先頭を歩き、こちらに背を向けているのが幸いだった。


「親父殿が口にした兄上たちの『企み』。(こと)()の裏には、儂が狙われている辺りも十分に含まれているわけよ。それ込みで、二人の策謀を飲み込む度量を示せと、親父は言っていたわけだ」


 持って回った将軍の言い回しでありながら、ロウザはその全てを正しく読み取っており、将軍様も息子がしっかりと言葉の裏を受け取れると信じているわけだ。


「親馬鹿なのか超厳しい(スパルタ)なのか、いまいちわからねぇな、あの人」

「ソウザ将軍様はロウザ様の能力を幼い頃より高く評価されていた。だからこそ目に入れても痛く無いほどに可愛がり、そして誰よりも厳しくあらせられるのだ」


 獅子は我が子を谷底に突き落として育てる、なんて例え話はよく聞く。この場合は狼であろうが、ソウザ将軍は可愛がっている末息子を笑顔のまま谷底に突き落とすような御仁なのかもしれない。必ず這い上がってくるという確信があってこそなのだろう。


将軍様(あのお方)は決して、人のできない無謀は()いない。であれば、ロウザ様であれば必ず成し遂げられると信じているのだ。無論、この(ゲツヤ)も。そしてこの話を聞けば、ロウザ様に忠を置く者たちも必ず首を縦に振るだろう」

「その手の誉め殺しは本当に止めてくれんか。親父殿の前でもそうであったし、そろそろ背中が痒すぎていよいよ血が出そうだ」


 顰めっ面で背中を掻くロウザに、ゲツヤはクスリと笑った。


「よかったじゃねぇかシオン。事がうまく進めばお前らの目的も果たせそうだぞ」

「ええそれはもう。ただ、まるっきりロウザさん頼りになってしまうのが心苦しいのですが」

「構わんさ。言い方は悪いが、事のついで(・・・)だしな」


 ロウザが将軍様と話をつけたかったのは、後継者としての意思表明。ただ任命されただけではなく、己が意思で将軍になると言う決意を父親に伝えること。最低限必要だったのは、将軍様のお墨付きだ。


「とはいえ、将軍様だけにお任せするわけにもいきません。宿に戻って仲間と合流次第、できる範囲ではありますが、魔族への警戒も含めて調査を進めなければなりません」


 これまでサンモトも魔族に対して無警戒であっただけであり、将軍様も言っていた通り対岸の火事を決め込む段階は超えてしまったのだから。騒ぎ立てて余計な不安を掻き立てるのはよろしくないが、災厄にまつわる調査に比べればだいぶんやり易いはずだ。


 結果としては、将軍様の出した『課題』をクリアする必要はあれど、想定よりもかなりの成果を得られたと言えるだろう。


 と、先頭を歩いていたロウザがふと振り返ると、苦虫を擦り潰したような顔で謝まる。


「……すまなかったな。これまで肝心なことを黙っていて」


 その気があればすぐにでもロウザに座を明け渡すと、将軍様の言葉ついてだ。 


「どこか機を見て伝えておくべきであったが、ついぞ言い出せなんだよ。儂が将軍という大役を担う覚悟が足りていなかったのも事実であるがな」


 これについては一番身近であったゲツヤにも伝えていなかったらしい。


 ロウザが素直に首を縦に振っていれば、少なくとも災厄に纏わる話に限っていえば数段飛ばしで諸々が解決していたのは確かだ。


「だからと言って、はいそうですかとあっさり王座を継いでたら、それはそれでちょっとどうかと思うぞ」

「お前にそう言ってもらえると、儂の心も少しは軽くなる」


 放蕩息子で跡取りなぞ鼻から論外だと思ってたところに、次期将軍として任命され、その上で望めば玉座を明け渡すと言われたら、俺だって確実に躊躇する。


 兄二人の掲げる国の行く末──鎖国政策に思うところあって将軍の後継としてあろうと考え始めても、実際にその地位を継ぐとなればまた求められる覚悟も桁違いだろう。そうした面倒ごとは完全に避けていた俺には、ロウザの背負っていた重圧(プレッシャー)は想像もできない。であれば文句を言える立場でも無い。


 それに、将軍を前に大見栄を切ったロウザは、問答無用で信用させる威厳を確かに宿していた。あんなものを見せられた手前で、責めの言葉なんか一つだって出やしない。

 


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