第二百七十一話 将軍様の宣言
親子の語らいに生ぬるい視線が集まると、ロウザはムスッと臍を曲げる。そんな様子に将軍様はまたもや笑う。この人の笑みは大体が胡散臭いが、これは純粋に笑っているように見えた。
「では、ロウザが示した覚悟に、我も応えようではないか」
将軍は諸手を掲げると、威厳に満ちた声で述べる。
「第八代将軍エガワ・ソウザとしてここに宣言する!」
凛とした為政者の音が俺たちを貫く。
「我が息子にして次期将軍であるロウザが、同じく我が息子にしてエガワ家の双璧をなすランガ、シンザのどちらかを手中に納めた暁に、災厄にまつわる全てを伝承しよう!」
あまりにも予想外の宣言に、ロウザや俺だけでなく、シオンもゲツヤも唖然となった。まさしく「くちをぽかんと開ける」を体現していた。
「そ、ソウザ将軍? それは一体──」
「一字一句、述べた通りだ、異国の僧よ」
シオンが狼狽するも、将軍は真逆に冷静そのものだ。
災厄については、将軍と直接連携することは無理だろうというのが、アイナとシオンが最終的に導き出した結論であった。であれば、有事に備えて独自の路線で調査を進める方針で定まっていだが、ここでまさかの展開である。
「……良いのか親父殿。先ほどまでは『例外はない』と断じた、その舌が乾かぬうちに」
「古来よりの盟約は、確かに大事には違いない」
「しかし」と将軍は首を横に振った。
「百年より更に前と当世では、時代があまりにも異なっている。サンモトを取り巻く情勢も変化して然るべきよ。なればこそ、改めて古き盟約と向き直る事も求められるであろう」
災厄を危険視し、最低限の伝承だけで止める盟約が交わされたのは、サンモトが戦乱真っ只中であった時代。人と人の争いがなくなった今のサンモトとでは事情があまりにも異なる。
百年前までは当然だった常識が、現在では違うように。災厄を取り巻く状況がまるで変わってくるのであれば、その時に定められた盟約が今の時代に即していない事だってあり得るかもしれない。
「肝心は、盟約を守る事に非ず。盟約を交わすに至る過程を読み解く事にあり。禁忌を収める箱ばかりを見つめ、箱の中身を見誤るは愚かに他ならん」
秘密を守るための『約束』に囚われて、肝心要の秘密を蔑ろにしていては本末転倒だ。やはりロウザの父親だけあって、頭が硬いだけではなく時に柔軟な姿勢を見せてくるのは本当に流石だ。
とはいえ、しっかりと課題は残されているわけで、俺は新たに生じた疑問を将軍に問う。
「将軍様。堕とす──つーか、勝つのは、ロウザの兄ちゃんたち片方で良いってのはどういう意味で? 普通、そこは両方ってもんじゃないっすかね」
「ランガもシンザも、儂の息子に恥じぬ才覚を持つエガワ家の男。どちらが優れておるかなど親の儂でも甲乙つけ難いほどにな。なれば、片方を堕とす事ができた時点で、もう片方を諭すのも容易いであろうよ」
「???」
俺が頭に疑問符を浮かべていると、ゲツヤが発言する。
「単純な力関係の話だ。確かに、ランガ様とシンザ様がそれぞれ抱えている家臣団の勢力は伯仲している。しかし、お二人に比べて数は少ないが、私のようにロウザ様に忠を抱いている家臣も間違いなく存在しているのだ」
俺たちが初めてコウゴ城に来た際に案内してくれたコマリもそうしたロウザを慕う家臣の一人であり、他にもまだいるらしい。
「であるのならば、兄上様方のどちらか一方の勢力を取り込めてしまえば、必然的に残ったもう一方を上回れる勢力を得たことになる。将軍様もそこも含めてのご判断でしょう」
シオンの補足も加わったことで、ようやく俺も納得できた。
まさしく単純な算術だ。仮にランガとシンザの勢力が五分五分であるところに、一か二の勢力を持つロウザが片方に加担すれば相手方を上回れる。政の勢力云々がシンプルな数字で表せるかはまた分からないが、将軍様だけではなくシオンやゲツヤも「イケる」と判断しているならイケるのであろう。
「お前ら、喜ぶのはまだ早いぞ」
ちょっとだけ浮き足立つ俺たちに、ロウザ当人が釘を刺した。
「この狸親父。丸っと面倒ごとを、儂らに押し付ける算段だ」
「やはり、我の期待を裏切らんなぁお前は」
ズバリとした指摘に、先ほどまでの慈愛に満ちた表情はどこにいったのかと問いたくなるくらいに、将軍は意地の悪い笑みを浮かべていた。
「ランガとシンザが、企みを腹に抱えているのは儂も把握している。具体的なところまでは見透かせんが、どちらも、国の行く末を案じての事だとは疑いはせん。であれば、次期将軍としてはこの程度の清濁は飲み干せて然るべきよ」
「厄介を儂に押し付けて、自身は高みの見物とは本当に良いご身分だな、親父殿」
「当然だ。我は将軍ぞ」
そりゃあこの国でもっとも高い位にいらっしゃいますけどな。




