第二百七十話 エガワ・ロウザの覚悟
息子の導き出した答えに、ソウザ将軍はいよいよ痛快な大笑いを発した。
「お前らしい結論だなぁロウザよ。だがしかし、実に見事。真に天晴れだ」
その笑い方がまさしくそっくりであり、この二人が親子であると良くわかる光景であった。
「かつてのエガワ家当主たちも、戦乱の中で幾多の敗北を重ねてきた。それでもなおエガワ家が存え、サンモト平定の大願を果たしたのは、ひとえに敗北から活路を見出してきたからに他ならん」
勝機とは常に、諦めなかった者にこそ訪れる。
ロウザは口を開く。
「この身が親父殿に到底及んでいないのは重々承知の上。なれど、サンモトの行く末を案じる気持ちは些かも劣っておらん。それこそ、ランガ兄上とシンザ兄上にもな」
「以前のお前から考えられない言葉だな」
「儂なりに国の先行きを考えてはいたさ。ただ、此度の旅で腹を括れただけの事よ」
足りなかったのは『覚悟だと』ロウザは言う。
己の出した手札を信じ切る覚悟。
どれほどに無様な負けを晒そうとも、次に勝つことを諦めない覚悟。
ロウザの示した為政者の心構えに、将軍は実に満足げであった。
手の平を将軍に向けて、ロウザは告げる。
「五年だ。儂は五年内には家臣団を掌握し、相応しい力を示す所存だ。そうなった時こそ、儂は親父殿より将軍の座を賜るとこの場で宣言しよう」
「今すぐに、とは言わなんだな」
「確かに、親父殿に今すぐ将軍の座を明け渡してもらうのは容易い。けれども、目的の最短距離を走ればかならずどこかに歪みが生じる。その歪みはやがては小さな綻びを生じさせ、いつかは取り返しのつかない亀裂となりうる。それだけは絶対に避けねばならん」
今この時に俺らの側にいるのは博徒のロウザではない。
やがてはサンモトという国を統べる将軍──その片鱗を垣間見せるエガワ・ロウザであった。
将軍はほくそ笑む。
「お前であれば、その亀裂を修復するのも容易いと思うぞ?」
この将軍の言葉で、俺が抱いた先ほどの疑問に答えが出た。
何も難しい話ではない。
ロウザであれば、確定した傀儡政治ルートであろうとも、いずれはそれを従えて将軍として見事に責任を果たせると見込んでいるのだ。それだけの能力が末の息子にあると、将軍は信じているのだ。
これを親馬鹿と受け取るか、能力への信頼と受け取るかは人それぞれだろう。
「その亀裂で泣くのが儂らや豪族であれば構わん。しかし、いつも割を食うのは無辜の民草だ。あやつらに要らぬ苦痛を与えるのは儂の望むところではない」
「お前らしい言い様よ」
長男ランガが軍事面を。次男シンザが内政面を主に担っているのであれば。三男のロウザは、民草の心を掴んでいるのだ。サンモトに来てまだ短い期間であるが、すれ違う国民らが向けるロウザへの反応を見れば良く分かった。
将軍様が言う。
「旅に出る前のお前には、サンモトの未来を思う気持ちはあれど、どこか浮ついたところがあった。だが、帰ってきた今のお前には、揺るぎない芯があるように見える。遠い地での経験がよほどに貴重だったのだろうな」
「ええ、それはもう」
急に態度を変じたロウザが、大仰な素振りで俺を示す。
「昨日に少し紹介させていただきました、ここにおわしますユキナという男。不祥このロウザ、一対一の立ち合いにて、こやつを相手に派手に負けを晒した次第でありまして」
「真剣勝負の立ち合いであれば、あのランガにも引けを取らんであろうお前でもか」
芝居が掛かった言い回しに、将軍の興味が俺に注がれる。
「蒼錫杖の本領を発揮したにも関わらず、あれほどに清々しい敗北というのは未だかつて経験したことがありません。この者の大博打に比べれば、私めがこれまで嗜んできた博打など、お遊びの域を出ないと痛感いたしました」
ものすごく持ち上げてくるが、命懸けの立ち会いとは言い難かったというのが俺の正直な感想だ。ミカゲの処遇を賭けた一戦であり、なりふり構わずロウザの『弱み』に付け込んだ形での勝利だしな。
なんてことを考えていると、将軍は穏やかな表情で俺に言う。
「我が末の息子は、異国にて得難き友と出会えたようだ」
「えっとその……ぶっちゃけ勝負っつっても、公平であったかどうかは微妙っすよ?」
「存じておるだろうが、ロウザはこう見えて律儀で公平だ。敗北を認めているのであれば、それは真のこと。そなたが気に病む必要は毛頭ない」
しどろもどろになっている俺に言ってから、将軍様は嘆くように一息を漏らす。
「こやつは能力は十二分以上もあるのに、政に関しては本当に興味がなくてなぁ。その気があれば、家臣団などものの数年で取り込めるというのに、構わず遊び呆けて」
「その手の愚痴は愚痴は、当人のいないところでやってくれないか、親父殿」
「当人がいるからこその口であろう、息子よ」
可愛い末息には違いないが、それはそれとして思うところは大いにあったご様子。自身への不満を述べられて、ロウザも居心地が非常に悪そうである。
「焚き付けるつもりで次期将軍に命じたのだが、ちっとも効果がなくてほとほと困っておったところよ。灯火程度には意味もあったらしいがな」
親馬鹿なところは多少なりともあるだろうが、やはりそれ以上にソウザ将軍はロウザの後継者としての能力に信頼を置いていたのだ。
「サンモトを出ると聞いた時はほんの僅かばかりの期待程度であったが、まさかこうも予想を大きく裏切ってくるとは思うてもおらんかった。親馬鹿と称されるかもしれんが、礼を言わせてもらおう」
「それ以上は止めてくれ! 背中が痒くなって堪らん!」
悲鳴をあげる息子に、父親は快活な笑い声を上げた。身内から不満やら褒め言葉を他人に伝えられるのを目の当たりにすれば誰だってこうなるのか。




