第二百六十九話 国の舵取りと大博打
当然、話し合いにはロウザも交えており、こうなる事は分かっていたのだが。
「ああしかし、儂がそなたらに封印の所在地を伝える方法がないこともないぞ？」
忸怩たる気持ちを抱えていたところで、不意に将軍の発した言葉に俺だけではなくロウザや他の面々も驚く。表情ひとつ変えないのは将軍のお付きたちだけだ。
「親父殿、よもや──」
「さすがは儂が見込んだ息子よ。察しが良い相手だと話の進みが実に楽よの」
いち早くにロウザは気が付いたようだが、この短いやり取りだけでは俺もシオンも皆目見当も付かない。ただ、主君から少し遅れてではあるがゲツヤも思い至ったのか、ハッとなる。その眉間に皺のよる表情を見る限りは、楽天的に考えるのは難しそうではあるが。
「その様子を見るに、異国からの仲間には明かしておらんか。海を隔てた遠い異国まで呼び寄せたというのに、これでは徒労にも程があるからなぁ」
どこまでも愉快げな将軍様は、豊かな腹を震わせて笑っている。当人は実に楽しそうではあるが、それを拝んでいる俺はといえばどうにも背筋が薄寒い。
「お前が望むのであれば、我は今すぐにでもこの座を明け渡しても構わんぞ？」
「────ッ！？」
将軍様の発したまさかの返しに、俺たちは驚いた。
逆に、ロウザは不貞腐れた顔だ。
「そなたらには申し訳ないが、この話自体はこやつがサンモトから飛び出す前の時点で既にしていたのよ。もっとも、これを知るのは儂とこやつ。それと一部の側仕えに限られるがな」
ということは、将軍家の長男と次男はまだ知らないのだろう。
なんかちょっと聞いてた話と違うぞ、ロウザさんよ。もしかして、俺たちが抱えている大半の問題はすぐにでも解決するのではと、一瞬だけ考えなくもなかったが。
「そんな目で見るな。儂にも儂なりに沽券というものは持ち合わせているし、ただそれに収まるもんでもなかろう」
かなり重要な事実を伏せていただけあってロウザも気まずげだ。
俺だって馬鹿ではない。傭兵活動や巻き込まれた事件でそれなりの経験を積んでいる。ソウザ将軍の言う通り、今すぐにロウザが将軍になったところで丸く収まるはずがない。
「仮にロウザさんが将軍の座を継いだところで、エガワ家は大いに荒れるでしょうね。それこそ、話に聞く兄お二人に実権を奪われ、将軍とは名ばかりの傀儡政治になりかねませんね。もしかすれば近しい誰かしらが人質とされる可能性もあります」
「お前、さらっと怖いこと言うな」
「っと、失礼。空気を読まずに、率直な感想を述べてしまうのがどうにも私の悪い癖でして」
こちらはこちらで、悪びれもなくしれっと言ってのけるシオン。勇者教の僧侶であり、非常に優れた人物に違いは無いが、あまりにも忌憚のない立ち回りで、僻地に左遷されていたとも当人が述べていたが、おそらくこう言うところが原因なのだろう。
軍事面では長男、内政面では次男がそれぞれ政を取り仕切っている。この二人──最低でも片方を説き伏せて陣営に引き込まない限りは、ロウザが将軍の座を継いだところでシオンの言う通りまともにサンモトの統治などできるわけもない。
──そこで俺は「ん？」と首を傾げる。
繰り返しになるが、今すぐにロウザが将軍の後を継いだところで、待っているのはお兄様方二人による傀儡政治。何をするにも長男と次男のお伺いを立てる必要があるし、逆に兄たちは己の出す話にロウザを頷かせるだけ。将軍も何もあったものではない。
大して賢しくない俺の思考が強引に回転し熱を帯びていくが、構わずに考える。
よくよく考えたら妙な話だ。
ほぼ傀儡政治一直線であるはずなのに、今すぐにでも将軍の座を明け渡すと言うロウザの親父さん。二人の兄がその事実を快く思っていないのだって、当然の如く把握しているだろう。
将軍がロウザを可愛がっているのは、言動と雰囲気からしても確か。初代の将軍が扱っていた蒼錫杖の伝承者であるのもある。
ロウザも認めるこの将軍様が、ただのそれだけで次期将軍に任命するだろうか。
傀儡政治になることを想定していないなんて、あり得るのだろうか。
「儂は遊び呆けている放蕩息子には違いないが、さりとて無知の子供でもないぞ、親父殿」
後少しで答えが出そうな時に、ロウザが将軍をまっすぐに見据える。
「サンモトの将軍──一国一城を預かる王の責任を安く見積ってはおらん。そして今の儂が親父殿に及んでおるとは到底思ってもおらん」
「博打好きを唄っておるのに、ここぞというときは慎重だな、お前は」
「阿呆。ただの無鉄砲が、博打で勝てるわけ無かろうて」
相手の気勢や場の流れを独自の感覚で読み取り、勝つ時は最大限の利を、負ける時は負債を最小限に抑えるのがロウザの博打だ。普段の言動や態度からするとわかりにくいが、あれで結構、堅実なところがある。
「しかし」と、ロウザは告げる。
「己がこれまで嗜んでおった博打がただの『お遊び』であったのだと、此度の旅で心底思い知らされた。これで一端の博徒を名乗っていたのが実に恥ずかしい。いや、博徒には違いないが、それを超える『大博徒』には及ばんと痛感させられた」
恥ずかしげな素振りのロウザが俺に目を向ける。視線を投げかけられて、どう反応すれば迷っているうちに、ロウザは笑いながら将軍へと向き直る。
「国の舵取りも博打も勝つべき時に勝ち、引き際を誤らないのが肝心。けれども、時にはそれに過去が通じん『大博打』をせにゃならん時が必ず来る。あるいはそれは一人の代では訪れんかもしれんがな」
為政者には必ず、国の存亡を賭けた決断を迫られる瞬間がある。ある程度の先行きを見通せるかもしれないが、誰だって未来を完全に予測するのは不可能だ。明示されている要素──手札と周囲の状況から推測することしかできない。
なるほど、規模は違えどこれも博打とも呼べるかもしれない。
「為政者の大博打は、そのまま国の存亡が懸かっておる。必要なのは、己の出した手札を最後まで信じ、結果がどうあろうとそいつを生かし切る心意気。儂はそれを異国の地にて学んだ」
「では、その賭けに負けたらどうするつもりだ？」
「簡単な事よ。その負けすら、『先の勝ち』に繋がる布石にするまでだ」
投げかけられた問いに、ロウザは不敵な笑みで堂々と答えてのけた。
