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第二百六十八話 共通の敵がいないと、割と人は争いがち


「ソウザ将軍様も、災厄についてはご存知で?」


「我も災厄については先代──我が父より聞かされている。エガワ家の当主──サンモトの将軍ただ一人にのみ継承される伝承だ」


 シオンの問いかけに肯定をしつつも、将軍は険しい表情で首を横に振った。


「そして、残念だが口伝の中に、災厄が具体的にどのようなものであるかは含まれておらん」

「親父殿。どうやら、ルナティスでも災厄の正体については伏せられているようだ。不届きものが良からぬ企みを抱かぬよう、あえてその辺りを破棄したのだと考えられるとか」

「賢明な判断だ。戦乱時なら当然であろうし、泰平の世であろうとも良からずの悪巧みは潰えぬからな。これもまた人の『業』であろうよ」


 ロウザも将軍も、揃って息を吐いた。為政者には為政者なりの苦労があり、また平和であろうとなかろうと、人の抱える欲望──将軍の言葉を借りればまさしく『業』とはなかなかに厄介なのであろう。


 欲望あっての人間と言われると、否定できない側の人間である自覚は俺にもあったりするが。むしろ、強欲の塊(リード)みたいなのも仲間にいるしな。


「しかし、ついにこのサンモトにも魔族の手が伸びるか。もはや、対岸の火事を決め込むわけにもいくまい。これも時代の移ろいよな」


 周囲を海に囲まれて他国と隣接していないサンモトは、これまでほぼ独立独歩であった。

ほとんど外敵が存在していなかった弊害か、巨大な一つの島の中でいくつもの『国』が乱立し、長きに渡って群雄割拠で覇権を争っていたのが百年前まで。


 見方を変えれば、これまでサンモトは数百年ごとに復活する魔王とその軍勢の襲来から無関係でいられたのだ。人類共通の敵が侵略してこなかったこそ、島国の内側でいつまでも覇権争いを続けられたのである。


 言ってしまえば、それは本当に『偶然(たまたま)』に過ぎなかったのだ。


 ソウザ将軍のぼやきは、まさしくその偶然が終わったと感じさせるものであった。


「災厄を狙う魔族の捜索については我の方でも調査を進めよう。ただ、すぐにどうこうなる問題ではないのは先に承知しておけ。災厄は我が将軍家でも濫りに口に出せぬ禁忌とされている。よって、秘密裏にことを進めねばばならんからな」

「将軍様のお力添えを頂けるだけで、心強くあります」


 シオンが礼と共に深く頭を下げると、将軍は力強く頷いた。


 とりあえず将軍様のお力添えが頂ける確約はもらえた訳だが、ここで俺は率直な疑問を投げかける。


「災厄そのものについては分からないって話だけど、災厄の場所についてはどうなんですかね、将軍様」

「災厄が封印されている場所が分かれば、そこで魔族を待ち構えれば良い。合理的な考えだと思うが、どうなのだ親父殿よ。封印場所は知っているのか?」


 ロウザが俺の言葉を引き継いで将軍に投げかけるが、


「いくら可愛い息子たっての願いであろうとも、こればかりは無理だ。そなたらに教える事はできん」


 ここにきて、急に雲行きが怪しくなってきた。


「おい、この後に及んでそんな阿保な話があるか。すでにこのサンモトに魔族が潜んでいるかもしれない。いや、間違いなく息を潜めているはずなのに、何を悠長な」


 ロウザが険しい顔で言い募るが、将軍はまるで揺るがない。


「魔族への備えについては、我の裁量をもって進めると約束しよう。調査の方も任されよう。そなたらも自由に動いて構わん。だが、災厄の封印場所については、将軍にのみ伝えられる最重要機密事項だ。教えるわけにはいかん」


 詳細が伝わることすら危険とし、要所を失伝しながらも代々継承してきたのだ。慎重に慎重を重ねて然るべきなのかもしれない。


「次期将軍たる儂にもか?」

「例外は断じてない」


 取り付く島もないとはこのことを指すのだろう。


(やはり、こうなってしまいましたか)

(だな。さすがはアイナ……と、勇者一行の交渉担当。オタクらの考えた通りになったな)

(そう言ってい頂けると嬉しいですが、さりとて素直に喜べませんよ)


 俺とシオンが囁き合う。


 この展開になるのを、想定していなかった訳ではない。


 将軍様からの手紙を受け、勇者一行も交えて相談した時には既に予想はされていたのだ。特にアイナは王族の出。国は違えど為政者を身近で見てきただけあり、将軍がどのような判断を下すのか想像ができた。そしてシオンも同じ推測に至っていた。


 どれほど息子が可愛かろうと、ソウザ将軍は一国の主。国の安然を守る義務がある。ましてや内容が、詳細が伝わるのを危惧するほどの厄ネタだ。ロウザ当人は信用できたところで、その周りを完全に信じ切る事は難しいだろう。将軍様としては常に『万が一』を想定せざるを得ないのだから。


 ただ、ここまできて全てを将軍任せにするも憚れるのが正直な気持ちだ。


 特に勇者一行(レリクスたち)にとっては、ルナティスで魔族を取り逃したからこそサンモトにまでやってきた経緯がある。己達の失態を、サンモトの将軍に丸投げする形になるのだけは避けたいところ。


 しかしながら、ではどうするべきかという点については最後まで明確な手段を見出すには至らなかった。いくらアイナとシオンでも手段(それ)を導き出すには時間が少な過ぎた。せめて一週間かそこらあれば最善とはいかずとも次善策あたりまでは浮かんでいたかもしれないが、なんにせよたらればの話に過ぎない。


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