第二百六十七話 やたらと能力のあるお坊ちゃん
将軍座の継承話が進めば、ロウザの兄たち──ランガとシンザがそれぞれ保有する手勢と衝突する可能性は大いにあり得る。もしくは手を組んで潰しにかかってくることも考えられる。その過程で、レリクス達がサンモトにやってきた『秘宝』や災厄、暗躍する魔族が現れることも想定できる。
俺たちの中で各人は勇者一行のそれぞれと交流はあるが、全員を知っているわけではない。アイナの言う『交流を深める』のも大事だとは、頭では理解できる。
とは言っても、昨晩の喧嘩──にも満たない言い合い──を丸っと飲み込めるほど、俺も人間は出来ていない。相手もこっちも気まずくて仕方がないだろうに。
「ねぇミカゲ。まず最初に巡るならどこが良いかしら。近辺に美味しいご飯があると良いんだけど」
「そうですね……以前よりロウザ様に連れられてエガワの都について詳しいつもりですが、いざ人に勧めるとなると迷ってしまいますね」
キュネイが俺の微妙な心境を察してくれたようで、話を振られたミカゲは今後の予定について考え出す。心遣いに感謝はしつつ、どうしたものかと思いつつ料理を咀嚼する。言葉にせずともアイナにも伝わってしまったようで、深く掘り下げてこなかった心遣いに感謝した。
「賑やかな朝食時に失礼するぞ」
扉を叩く音と共にやってきたのは、別室で寝泊まりしていたロウザであった。
「あれ? 今日は昼飯時までは起きないだろうってミカゲさんが仰ってましたが」
「儂もそのつもりで、さっき迄はぐっすり寝ておったのだがなぁ……ふぁぁぁ……」
昨晩の話し合いが終わった後に、ロウザはゲツヤを伴って夜の街に繰り出したのだ。一番に狙われている自覚があるか疑問が出てくるが、この辺りは勝手知ったるロウザの庭のようで顔見知りも多く、城の中にいるよりかは遥かに安全だとロウザが自信満々に言って除けた。それはともかく、ゲツヤが一緒であるならと送り出したのだ。
しばらくぶりに帰郷したということで羽目を外して派手に遊び回っていたらしく、夜遅くどころか後少しで朝日が上る頃合いに帰ってきたらしいと、料理を運んできた宿の従業員から聞いていた。この宿はそもそも、ロウザが夜遊びの後によく利用したことで御用達になったとか。
眠気眼を擦り、欠伸を噛み殺す様を見て、これが次期将軍とは思わないだろうと言えるくらいに今のロウザはだらしなさの極みであった。対して、後ろに控えるゲツヤはいつも通りの身なりで姿勢良く立っている。主に付き合わされてあいつも眠いだろうに、あの真面目具合には少しだけ頭が下がる。
「少し前に城から使いの者が来てな。こいつを渡して早々に帰っていきおった」
部屋の床に腰を下ろし、ロウザが懐から取り出したのは一枚の手紙だ。
外部からの人間が来たと、本来なら警戒すべきであるが、グラムやトウガが何ら反応を示さなかったことから敵意の類はなかったのだろう。
「対応したのは私だが、使いの者は覚えのある顔だ。将軍様の御付きで、武人としても相当な手練れだ。身元については問題ないだろう」
「手紙を持ってお前らのところに一人で行けば良いものを、ゲツヤがわざわざ儂を叩き起こしよってからに」
不平不満を瞼の開き切っていない目に込めて従者を睨みつけるも、当人は澄まし顔だ。
「夜遊びを止めることは諦めましたが、だからと言って我儘を全て受け入れるかは別問題。寝不足なのはロウザ様の責任でありますし、そもそも『その手紙』を私の一存で開封するわけにもいきませんでしたから」
「……ということは、その手紙は将軍様から?」
「ああ。さしもの儂も、こうすぐに返事が来るとは思わなんだよ。しかも内容がな」
呆れた風に言いながら、手紙を渡すロウザ。受け取ったミカゲが一旦ゲツヤに目配せするが、返ってきたのは頷きだ。既に二人は中身に目を通しているようだ。
「では、失礼します」と、誰かに断るよう律儀に一礼をしてからミカゲは折り畳まれた手紙を開き中身に目を通す。書面を目で追っていくと、驚きに息を呑んだ。
何事かと面々が息を呑む中。
「明日──」
顔を上げたミカゲの目元は、少しだけ引き攣っていた。
「明日、城に参上せよとの、将軍様からのお達しです」
しばし、ミカゲの言葉を頭の中で反芻し、張り詰めた沈黙の後に、俺は素っ頓狂な声をあげてしまう。
「早っ!?」
「ダーリン、でけぇ声は止めてくれ……頭に響くぅぅ」とリードが頭を抱えながら下細い声で悲鳴を上げるも、気にしている場合ではない。
「俺たちは今し方まで、将軍様から返事が来るまではコウゴ観光を堪能する気満々だったんだけど?」
「……ユキナ君。もしかしなくてもサンモトに来た理由が違ってきてないかしら」
「大いに遊んで大いに働くのが俺の主義だ」
「初めて聞いたわよ、そんなのは」
額に手を当てて呆れるキュネイとは別に、アイナがロウザに問いかける。
「将軍様には、私的な会合であるとお伝えしたのですよね?」
「応ともさ、アイナ嬢。昨日の顔合わせで『親子水入らずで話がしたい』とな。親父殿にはあれで十分に伝わっただろうよ」
そんな簡単な伝達で済むのかと疑わしかったが、こうして即座に返事が来たのだから確かなのだろう。
「こちらにも都合というものがあるというのに、親父殿もようやってくれわ」
ロウザの苦虫を擦り潰したような面持ちを浮かべる。あちらもあちらなりに、将軍と会うまでに色々とした準備をするつもりだったようだが、当の将軍によって御破算だ。こんな手紙をもらってしまえば、さすがのロウザも昼まで寝て過ごすわけにはいかなかっただろう。
『あるいは、余計な小細工を抜きにしてって、将軍の考えかもな』
グラムが俺とロウザにだけ聞こえるように語りかけると、同じ考えに行き着いていたのか、一瞬だけロウザの目が鋭くなる。と、すぐに気を取り直し表情を改めると、申し訳なさそうにこちらを向く。
「悪いが名所巡りについては後日に回してもらおう。断ろうものなら次に会えるのはいつになるか分からんしな」
「……将軍様直々の召喚に『断る』という選択肢を持ち得るのは、この国でもロウザ様だけでしょうね」
ミカゲのジト目の眼差しを受けて、ロウザは腰に手を当て「カッカッカ」と軽快に笑った。将軍家の血縁者でなかったら、召喚を無視したら普通に不敬罪で処罰されても不思議ではない。というか、あの様子だと過去に幾度も無視したこともありそうだ。
「もしかしなくても、将軍様ってロウザくんに結構甘い?」
「ええまぁ……末の息子でもありますが。ロウザ様も、騒動は色々と起こされますが、将軍家に害が及ばぬような致命的な問題は、これまでほとんどと言ってくらいにはありませんでしたから」
「あるにはあったんだ……」
キュネイがボソッと小声で尋ねると、キュネイは渋々ながらに肯定した。
自他共に認める博徒であるロウザ最大の強みは、勝負の勘所を見定める察知能力だ。相手の気勢や場の流れを五感で感じ取り。攻め時と引き際を判断する力に非常に長けている。これのおかげで、夜遊びでも致命的に足を踏み外すようなことはなかったようだ。
「これだから性能の高いお坊ちゃんは始末に負えないな」
「そこは儂を褒めるところだろう」
「お前の後ろにいる従者の物凄い渋い顔がなけりゃぁ、ベタ褒めしてかもしれねぇな」
「ゲツヤァァ…………」
肩をがっくし落としたロウザが、切なさを醸し出しながら背後を振り返る。何を口にしても主君の擁護が出てこないと理解しているのか、ミカゲの兄は眉間に深々と皺を掘り込みながら口を一直線に硬く結んでいた。




