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第二百六十四話 真面目な奴ほど拗らせると面倒


「あれは不可抗力というか巻き込まれたというか……」

「でも、結局は君が自分から首を突っ込んだんだろ?」

「見方を変えれば、そう見えなくないかもしれなくはない」


 事件(トラブル)に出くわすのは罷り間違っても俺の意思ではないのだけは確か。それだけは断言できる。もっとも、ユーバレストの件があったからこそリードと出会い仲間になったのだから悪いことばかりではなかったかもしれない。


 己の中で言い訳を考えていたところで、はたと気がついた。


「なんでユーバレストの事件に俺が巻き込まれたってのを、お前が知ってんだ?」


 ユーバレスト騒ぎについては、よほどの事情通でなければまだ知り得ていない話のはず。いずれ情報公開はなされるだろうが、まだ先になると組合の重鎮であるカランから聞いている。魔族が絡んでいただけあり、勇者の耳に届くのは不思議ではないが、俺たちが関わっている事まで伝わるだろうか。


 怪訝な表情を浮かべていると、レリクスは困ったふうに頬を掻いた。


「その……ルナティスを訪れる前に、とある貴族の跡取り問題に出くわしたんだけど」

「あー、それ聞いたなぁ。悪辣な兄の魔の手から、当主になったお姫様を救ったっていう」


 勇者の活躍というのは、世の出来事を面白おかしく伝える吟遊詩人にとって格好の種だ。王都の路上で調子よく唄っていた。ついでに、アイナからも勇者の動向についてはそれとなく話を聞いていたりするので、知っていたりはする。


 どうやらお姫様の兄は魔族まで囲っていたようだが。


「実はその兄の後援にはとある商人(・・・・・)がいたんだ。でも、途中でその商人からの援助が途絶えたみたいで──」


 兄が妹を害する為に雇った人員は物資や全てがその商人とやらが手配していたのだが、不意にそれが途切れてしまった為に、兄の手元には戦力がなくなったのだと、レリクスが語る。


 吟遊詩人の話では立ち塞がる軍勢やら、暗躍していた魔族やらをバッサバッサと薙ぎ倒して貴族のお姫様を守り切ったと唄っていたが、実はそうなる前に事は収束してしまったようだ。


 で、なんでその話がレリクスから語られたのかと考えると、内容にあった『とある商人』の下りに引っ掛かりを覚えた。


「……もしかして、その後援してた商人の名前って──『ナリンキ』ってんじゃ……」


 おずおずと知っている名を呟くと、レリクスから返ってきたのは首肯だった。


「マジか……そこに繋がってくのかよ」


 ナリンキが色々と手掛けていた知っていたつもりだが、まさか身近な所(ユーバレスト)から遠く離れた地でも魔族を雇っていたのは予想外だ。


『補足しておくと、アイナは知ってるっぽいぜ。相棒に余計な気を使わせないようにって、あえて黙ってるらしいがよ』


 思い返すと、この話をする時のアイナの態度がいつもよりよそよそしかったのを覚えているが、これが原因だったのか。後ついでに、ルデルのやつもおそらくこれについては知っていたはずだ。アイナに関してはグラムのいう通り俺への気遣いだろうが、ルデルについては『後で知った時の反応が面白そう』とか言ってのけそうである。


 別に知ったところでとは思わなくもないが、やはり王城での会話があっただけに、しばらくは微妙に落ち着かなくなりそうであるのは確か。アイナの配慮は正しかったと言える。


「ユキナは相変わらずだね。気がつけば、君は大事(だいじ)の渦中にいる。僕はいつだって、その大事に触れてから君の存在を知るんだ」


 レリクスがわざわざ俺を訪ねてきた理由が分かってきた。


 ──続きがしたいのだ。俺とレリクスが最後に会話した、あの先を。


「勿論、ユキナに意図や算段があったなんて思わないよ」

「当たり前だ。勇者様を先回りして悦に至ろうって下衆な考えを持つほど、俺は人でなしのつもりはねぇ」

「うん……でもね。旅に出る前から、旅に出てからもずっと、君は僕の先を行っているのも確かなんだよ」


 単なる世間話をしにきたわけじゃないってのは最初から分かり切ってたが、わざわざどうして、と問いかけるのは気が引けた。


 俺が思っていたよりもずっと、あの語り合いはレリクスの中で燻り続けていたと、面を拝めば嫌でも伝わってきたからだ。


「君は言ったよね。誰かの望みで動いている僕は、自分の望みで動いている君に追いつけないって」


 以前に俺が投げ掛けた台詞が、今度はレリクスの口から投げられる。 


「そこまで断定的じゃなかった気がするがな」

「でも意味は変わらないだろ」


 勇者が見せるにしてはあまりにも険しく暗い眼差しだ。


「あれは……言い過ぎだったかもしれねぇ」

「でも、紛れもなく君の中から出てきた本心には違いなかったはずだ。違うかい?」

「…………」


 誰かの願いの為に全身全霊で戦うレリクスの姿は、まさしく勇者として絶対的に正しい。けれどもそれは、言い換えれば『誰かの願い』がなければレリクスは動かないとも取れるのだ。 俺はどこまで行っても自分の為だ。最近ではその括り(・・)が広がっているが、根っこは変わらない。俺は俺が抱いた願いの為に全力を尽くしている。


 レリクスと俺の行動原理の明確な差はまさしくそこなのだと、あの晩に言ったのは確かだ。


 ただ、俺も人様にご立派な高説を述べられるほど達者な人生を送っているわけではない。レリクスの激情に当てられたとはいえ、売り言葉に買い言葉であったのは否めない。診療所の部屋に戻ってから反省したくらいだからな。 


「……サンモトに来たのはお前の方が早いじゃねぇか」

「どうだろう。僕らがこの地に足を踏んだ時点で、君は既にサンモトの重要人物と縁を結んでいた。果たして本当に早かった(・・・・)のはどちらだろうね」


「屁理屈を捏ねくり回す子供と話している気分だ」と今の心境をレリクスに言って聞かせたら、果たしてどんな反応が返ってくるだろうか。絶対に状況が悪化すると俺でも分かったので、喉の奥底にグッと堪えた。


 


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