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第二百六十三話 同郷の語らい


 俺に用意された部屋は二階に位置しており、各部屋の中では最も眺めが良く、専用の椅子とテーブルも用意されている。落ち着いて腰を下ろして窓辺から一望できる街並みは煌びやかで、空を見なければ今の時間が夜だと忘れそうになる。あるいは、本来なら暗闇に包まれる時間であるからこそ、人の営みゆえの明るさが尊く感じるのかもしれない。


「アークスの街並みとはまた違った趣があるね」

「あっちは石造りなのが大半だけど、サンモト(こっち)は木造が大半だからな。中には、釘の一本も使わずに、ほとんど木で作る建物もあるらしいぜ」

「それは凄い。折角海を超えてきたんだし、一度観光してみたいかな」


 部屋に入る際のアレやナニやらの一悶着はとりあえず落ち着き、俺とレリクスはテーブルを挟んだ対面に腰を下ろしていた。テーブルには、同伴の僧侶(シオン)が持参した酒と器が二つ。聖職者が酒を──というのもあれだが、話を聞く限り生臭坊主であるらしい。


「──と、この場合は縫合から」

「その場合、患者への負担は──」


 窓辺を部屋を隔てる襖の先から、キュネイとシオンが熱心に言葉を交えている声が聞こえてくる。内容は、キュネイの医療とシオンの学んだ教会での医術についての差異や検証だ。


 一口に『医術』や『回復魔法』と括っても、学び方によっては患者への向き合い方(アプローチ)には多いな差異が生じてくる。結果は同じでもそこに至るまでの過程がまるで異なることは多々ある。


「いや、実に参考になります。教会の治療院だとどうにも形式が邪魔して、手が出しにくい治療もあるので、現場の生の声を聞かせていただけるのはありがたい」

「こちらこそ。結局私の医術は独学でしたので。長い月日を掛けて精錬されて手順(マニュアル)というのには興味がありました」


 聖職者と元娼婦という組み合わせではあるものの、どちらも仲間(パーティー)では治療師(ヒーラー)だ。あれで案外と組み合わせは良いのだろう。そもそもシオンが真っ当な聖職者とは言い難いし、娼婦への偏見もないからだろうが。


沈黙(サイレント)


 レリクスが短く魔法を唱えると、襖越しに聞こえてきた二人の声が途絶えた。


「器用なもんだな」

「君だって回復魔法を使えると聞いてるよ。僕はその辺りはどうも苦手で」

「俺は生傷が絶えないから必要に駆られてってやつだ」


 襖を隔てて彼我では互いの声は届かない。俺とレリクス、二人っきりの会話が勇者様のご所望のようだ。でなければ、わざわざこうやって訪ねてこないだろうしな。


 ただ、具体的な要件についてはまだ語られていない。部屋に来た当初から『話がしたい』だけしか聞いていないからだ。人様の熱い夜に冷や水をぶっ掛けるが如くの訪れであり、ただの世間話であればどうしてやろうか──と思わなくもなかった。とはいえ、レリクスとこうして顔を合わせること自体が久しぶりであり、別に世間話(それ)でも構わないかという気持ちも普通にあった。


 さて、どんな話が飛び出すのやら。


「……………………………………………………」

「……………………………………………………」


 ……………………………………………………………………………………。


「って、なんか話せよ!」


 わざわざ魔法まで使ったというのに、レリクスが窓の外を眺めたままずっと黙ったままなので、さすがに絶えきれず叫んでしまった。俺の大声にレリクスがビクリと肩を震わせる。


「えっ!? あ、ああごめん。ここまで色々あったから、何から話そうかなって迷っちゃって。本当は部屋に来る前から考えてたはずなのに、その──」


 最後まで言い切れず、語尾を濁しながらレリクスは頬を赤らめた。品行方正な勇者様におかれましては、予想に違わず純情(ピュア)であらせられるようだ。俺たちがナニしかけていた事実に、用意していた話題が頭から吹っ飛んでしまったわけだ。


「……こうして君と腰を落ち着いて話すのが随分と久しぶりに思えるよ」

「言われてみりゃそうかもな」


 しばしの沈黙の後、レリクスの口から出た言葉に俺は同意した。


 勇者一行(レリクスら)が旅に出てからは言わずもがな、それまでも時折に顔を合わせたところで数分程度の短い会話しか成立していなかった。遡って、面と向かって真面目に話したのは──王城が魔族に攻められた時以来か。


 あれからどうにも、どことなくギクシャクしたものが俺とレリクスの間に挟まっているような感覚が拭いきれない。それは今も変わらず、レリクスも似たようなものを抱いているのは声の端から伝わってくる。


「不思議な巡り合わせだよ。まさかサンモトで君とこうして顔を合わせるなんてさ」

「それはまさしく俺の台詞でもある」


 仮に、故郷の田舎村から勇者の付き添いとして出てきた頃の俺に伝えたとて絶対に信じられなかっただろう。似たような事をちょくちょく考えはするものの、今回のは極めつけだ。まさか海を隔てた先の土地で出くわすなんて、誰が予想できただろうか。


「旅に出てからのご活躍は予々(かねがね)聞いてるよ。随分と頑張ってるらしいじゃないか。ちょっと頑張りすぎじゃねぇかと思うけどな」

「これでも『勇者』だからね。皆の為に泣き言なんて言ってられないさ。でも、心配してくれてありがとう」

「同郷で友達だからな。当然だ」

「友達か……」


 レリクスはどことなく遠慮気味に笑う。


 少なくとも俺にとって、レリクスは故郷を同じくする友人に他ならない。友人が勇者として邁進しているなら、心配の一つだって抱くものだ。


「故郷にいた頃からそうだったけど、お前は人の頼みをホイホイ聞き過ぎだからな。出来るからって引き受けなきゃならん道理なんぞないだろうに」

「そういう君だって。ユーバレストで大暴れしたそうじゃないか」


 ズバリ指摘されて、反射的にレリクスから視線を逸らしてしまう俺である。



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