第二十四話 増えすぎたようですが
──それからおよそ三十分後。
「犬頭人多過ぎぃぃ!?」
槍を振るいながら俺は絶叫した。この瞬間にも犬頭人を一体屠るが、これまで十を超える犬頭人と遭遇し撃退していた。
しかもこれで終わりではなかった。
「おいグラム! 次は!?」
「右前から一匹! その後に真横からもう一匹!!」
後から後から犬頭人が出現しては、俺に向かって襲いかかってくるのだ。いくら単体では弱い部類に入る犬頭人であろうとも、こうも波状的に来られてはたまったものでは無い。
「畜生! 一時間と言わずさっさと退散してりゃ良かった!」
「今更後悔したって遅ぇよ! 良いから手ぇ動かせ! 森の奥に持ってかれた奴らと同じ末路を辿るぞ!」
「それを言わないでくれ俺の正気度がゴリゴリ削れるから!」
俺の周囲は絶命した犬頭人から流れ出た血が溢れ、地面が赤く染まっている。だというのに、犬頭人の死体はほとんど無い。
その理由は、襲いかかってくる犬頭人の一部が俺では無く死んだ仲間を咥えて森の奥へと引き返していく。
最初は何をしているのかと思っていたのだが、ある瞬間に目撃してしまったのだ。
死んだ犬頭人の死体を、同じ種族であるはずの犬頭人が貪り食っている場面を。
そいつは森の奥へと運ぶ手間すら惜しみ、その場で仲間に牙を突き立て肉を咀嚼し骨を噛み砕いていた。
つまり、森の奥へと持って行かれた犬頭人の死体もやはり、仲間であるはずの犬頭人に喰われたのだろう。
その光景を想像してしまい、体力だけでは無く精神的にも辛い状況になってしまった。
「つか、何なのこれ何なんですかこれ、何なんでしょうかねこれ!?」
「三段活用!? ……意外と余裕あるな相棒」
「うるせぇ溶鉱炉に叩き込むぞ!!」
「たまに理不尽だなこの相棒!?」
なんてやり取りをしながら、ひたすら犬頭人を返り討ちにし犬頭人の食料を量産していくという悪夢のような戦闘がしばらく続く。
もう見渡す限りに犬頭人の血で悲惨な状況になった頃、ようやく襲撃の波が収まった。
散らばっているのは血だけでは無く犬頭人の内臓やらなんやらもうとにかく悲惨な光景。俺は血に染まっていない場所まで歩くと、ほとんど倒れ込むように地面に腰を下ろした。
「ちょ、ちょっと休憩……マジでつらい。主に精神が」
「時間が経てばまた犬頭人の大津波が来るからな。そう長々と休めはしないぞ」
「わぁってるよ」
グラムの言葉に同意はしつつも、俺は荒れた呼吸を整えようとゆっくりと息をする。嗅覚は麻痺していて良かった。そうでなかったら眼前に広がるグロテスクな光景と合わせて、胃の内容物をぶちまけてしまいそうだ。
「なんなんだよ本当に全くもう」
「こりゃ『スタンピート』が起こり始めてるな」
「すたんぴーと?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。
──厄獣暴走。
厄獣が一定地域内で通常ではあり得ないほどの数に膨れあがった場合に発生する現象を指している。
何か特定の厄獣が、というわけでは無くとにかく厄獣が多くなりすぎるとこの厄獣暴走が発生するのだという。
グラムの話に耳を傾けるが、俺はまたも首を傾げた。
「暴走って……ちょっとやんちゃしたい年頃なのか?」
不良達が徒党を組んで行き場の無い若い衝動を発散したいのか?
「なわけぇねぇだろ。原因は『食料』だよ」
厄獣の個体数が膨れあがる要因は様々だ。だが数が増えれば必ず加速度的に消費が増え結果的に不足してしまうものがある。
厄獣も生物である以上、必ず必要なもの。 それ食料だ。
「本来、個体数が増えすぎたところでそいつは一時的な現象に留まる。結局は食糧不足で食いっぱぐれる個体が増えて、そいつらの大半は餓死する。だから大概の場合は深刻な状況にはならねぇ。けど、この前までこの辺りには格好の餌が溢れてた」
「……ビックラットか」
「その通りだ」
本来なら餓死するはずの個体をも生存させるほどに、この森には大量の食料がいた。
そして、死ぬはずだった犬頭人も更に繁殖行為を行い、結果として大量の犬頭人が産まれた。
「厄獣暴走ってのはつまり、腹を空かせた厄獣の集団が餌を求めて大暴走を起こすことなのさ」
ビックラットが一切見当たらないのも、増えすぎた犬頭人に根こそぎ食い尽くされたからだ。そして、食料が激減したことによって逆に飢餓に襲われ普段よりも凶暴化した犬頭人が急増したのだ。
「もしかして、俺って──」
「犬頭人にとっちゃぁ腹が減って正気を失いかけてたところにほいほいやって来たご馳走ってところだな」
犬頭人が仲間を貪っている光景をまた思い出してしまいゾッとした。万が一があれば、あそこで喰われていたのは犬頭人では無く俺だったのかも知れない。
「犬頭人が一端引いたのはもしかして」
「相棒が殺した犬頭人が餌代わりになって、他の犬頭人に供給されたんだろう。だから相棒をわざわざ襲う必要も無くなったってわけだ」
「うげぇ……」
俺は家畜を絞める係かよ。




