第二百六十二話 『デカい』と和服の帯に『乗る』らしい──後、馬に蹴られるかもしれない
この話にはほんのり甘くておセンシティブで含まれておりますので、その辺りを留意しつつお読みください。
各々が互いの仲間と交流を深めている中で、俺は自室にて人を待っていた。実は、先ほどの集まりが解散したところで、キュネイに囁かれたのだ。
この後、部屋で待っていて欲しいと。
その声色と雰囲気から色々と察した俺は、ドキをムネムネしつつ部屋で待機しているのである。
「もう数えるのも億劫なくらい致してるだろお前ら。なんでそんなに落ち着きがないかね」
「うるっせぇな。時と場合によるだろ、そんなの」
王都に居住している間は、もはや日常の一部となっているのはグラムの言うとおりだが、海を渡る船旅の間では流石に狭苦しい船内でよろしくやるわけにもいかなかった。
しかも完全に異国の地である。これまでとはまるで状況が異なっている。
だが、この宿はロウザが紹介した高級宿だ。政府の高官がお忍びで利用する為か、各部屋を仕切る壁はしっかりとしており、防音性も非常に高い。ここでは表沙汰にできない裏の会合やら、あるいは人様には知られたくない男女の『あれこれ』も繰り広げられるわけで。
そんな場所で、しばらく我慢していたところにキュネイからあんなふうに誘われたら、胸が高鳴るのもやむなしだ。
──コンコン。
扉のノック音に、肩が小さく震えた。まるで暗がりの洞窟内に初めて足を踏み入れた子供が、水滴の音に驚くみたいだ。けれども、この震えは恐怖ではなく期待感からくるモノだ。
一目散に駆け出したくなる足をどうにか諫めつつ、部屋の入り口に近づき、サンモト家屋の横にスライドする形式の扉をゆっくりと開いた。
「──ッッッ」
「どうかしら、これ」
キュネイはいつもの白衣ではなく、サンモトの土地で女性の衣服を纏っている。
いわゆる『着物』というものらしく、一枚の長着で肩や腕、膝下まで覆い、それを腰に帯を巻いてまとめるというものだ。
「──陳腐な言い回ししか出来ねぇけど、すごく似合ってるし綺麗だ」
「あら、それだけかしら」
「…………お前、分かってて言ってるだろ」
俺はクスクスと笑うキュネイの手を引き、部屋の中へと導いた。扉は閉めて施錠する。
「サンモトの女の人が着てる服を見て直感したわ。絶対にユキナくんも気にいるって。宿の人にお願いして、貸してもらったの。目論見は大成功ってところかしらね」
笑いながらキュネイは俺に全体をよく見せるためにくるりと回る。露出は少ないのだが布一枚で覆っているからか体の線がよく浮き彫りになっている。肌色が多ければ妖艶さが増すというのはあながち間違いだなと認識させられた。
しかも、彼女が今纏っているのは、外の道で行き交う女性たちの着物とは一線を介している。艶やかな色合いの布地を晴れやかな腰帯で巻いており、一種のドレスのような美しさがあった。
何より、腰回りを帯びで引き締めているからか、その上にある豊満な胸元がとてつもない存在感を主張している。忌憚なく率直な表現をすると、腰帯に二つの山がズシリと『乗っている』。ただでさえ男の視線を釘付けにする大きさであるのに、これまでにない強烈な自己主張をしているのだ。ただでさえ落ち着きのなかった俺の胸の鼓動が、より強く早鐘を打つのも当然である。
普通であれば胸元までしっかり着こなすのであろうが、キュネイはあえて胸元を緩めており、魅惑的な谷間をこれでもかと見せつけてくる。すでに生で何度も拝んでいるはずなのに、着ているモノが変わるだけでここまで違って見えてくるのか。
また新しい視点が生まれた瞬間である。
『それっぽく言ってるが、ただスケベを開拓してるだけだからな』
やかましいわ。お前はそろそろ黙っててくれ。
『へいへい。邪魔者は引っ込んでますよって』
壁に立てかけてある黒槍から念話の気配が途絶える。これで心置きなく目の前の恋人に集中できる。
「安心して。他のみんなにはちゃんと伝えてあるから。折を見て、あの子たちの相手もしてあげなきゃダメよ?」
「抜け目ないなぁ……今更だけど、こんな時にいいのかと、思わなくもない」
「こういう時だからこそよ」
キュネイは俺の背中に手を回し、体を引き寄せながら口を重ね合わせる。まだまだ本格的ではない、啄むような柔い口付けだ。瑞々しく甘い唇を何度も堪能する。
「男を奮い立たせるのは、いつだって女の役目なんだから。ユキナくんだって、言葉で示すよりもこっちの方がやる気が出るでしょ?」
「今は別のところがすごくやる気になってるよ」
「ええ、分かってる。私もドキドキしてるわ」
今度は俺の方から。キュネイの後頭部に手を添えて引き寄せると、彼女からしてきた時よりも深く濃密にキスをする。これからの一晩を想像して期待感が膨れ上がり、キュネイもまた高揚しているのが口端から漏れ出る熱い吐息から感じ取れた。
と、不意にキュネイは柔く俺の体を押し出す。嫌がっているそぶりもなく振り解こうとする意図ではない。ただ彼女の要望に従い俺は抱きしめる腕の力を緩めてやる。
するとキュネイは俺の腕の中でくるりと反転し、今度は背中側から抱き締める形となった。
「ほら、こっちの方がよく見えるでしょ?」
直前までは俺の胸元で押しつぶされていた豊かな二つの柔肉が、今は視線を下ろすと改めて存在感を大きくしている。持ち主の昂りを示しているかの如くに主張を始めている。
「あはっ」
嬉しそうに笑うキュネイの思惑に乗せられていることを強く実感しながら、俺は我慢できずに鷲掴みにしていた。これまで幾度も堪能し味わってきた筈の感触のはずなのに、どうしてこうも男を惑わし溺れさせるのだろうか。
しかもお誂えているかのように、着物は長布を体の前側で重ねる構造をしている。後ろから抱きしめると、手を差し込むのにちょうど良いのだ。布越しでは到底満足できるはずもなく、俺は隙間に手を滑り込ませ柔肌を直接握り込んだ。
「良いわぁユキナくん。もっと抱きしめて。壊れちゃうくらいに強くっ」
キュネイの切なげな声が俺の鼓膜を甘く揺さぶる。普段は落ち着いて仲間の補佐に回る事の多いキュネイだが、こういう時は他の誰よりも積極的だ。淫魔としての側面もあるのだろう。
拍子に服が乱れたのか、肩口がはだけて露出した肌にはじんわりと汗が滲んでいる。情熱的になった女性の香りが鼻腔に染み渡り、劣情が加速していく。
身じろぎするキュネイの臀部に強く接触し、襲いくる刺激で痛いほどだ。彼女も俺の興奮を煽るようにわざと押し付けてきている。
互いにいよいよ我慢の限界に達し、本格的に燃えあがろうとしていた──。
──コンコン。
「「………………」」
熱に浮かされた俺たち二人であったが、扉のノック音によって動きがぴたりと止まる。
まさかのタイミングで来客だった。
しばし無言であった俺たちであったが
「このままイクか」
「このままイキましょう」
俺とキュネイの意見は見事に合致した。
一度ついた情愛の炎は簡単のは消せない。繰り返しになるが、王都を出てからこれまでずっとご無沙汰だったのだ。この程度の問題で簡単に止められるはずもない。
どうせ居留守を決め込めばやがては退散するだろう。
──ドンドン。
最初よりも強めに扉が叩かれた。
なんかもう色々と面倒になってきた。
構わずにこのままおっ始めようかと、キュネイの双丘を握る手を再開しようとしたところで。
『あっ、やべぇ相棒! 奴さん、扉をぶち破る勢いだぜ!』
「はぁぁっ!?」
情事の時には、頑なに口を閉じ空気を読んでくれるグラムだ。それが今は切羽詰まった声を念話で伝えてきた。それだけで事の深刻具合が分かる。
「悪いキュネイ。続きは今度だ」
「もうっ……仕方がないわねっ」
申し訳なく告げると、キュネイは憤慨しながら頬をぷくっと膨らませながら、はだけた襟首を元に戻す。謝罪の意を込め、彼女の頬に口付けをしてから、俺は大急ぎで三度目のノック音を鳴らしている扉に急いだ。
「はいはい今出るからちょっと待ってろ!」
このままだと本当に壊される勢いで震える扉の鍵を開けて横に開く。ズバンと開く音が大きくなったのは、俺とキュネイの諸々の怒りが込められていると思って欲しい。
「こんな遅くに誰だぁっ!? ことと次第によっちゃ出るとこ出て──」
せっかく盛り上がった所に水をぶっかけてくれたやつは誰だと、思いっきり文句を叩きつけてやろうかと思っていたが、当の来訪者は驚いたようにたじろぐ。
「──って、レリクス?」
「あ、ああ。よかった、何もなかったんだ。いや、人の気配はあるのに返事がなかったから何事かと思って」
「とりあえず、物騒なもんはちゃんとしまえ」
「そうだね。ごめん」
ほっと胸を撫で下ろしたのは勇者レリクスだ。安堵の息を吐いてから、彼は半ばまで抜き放っていた聖剣を鞘に納め直した。
危なかった……。あともう少し出るのが遅れていたら、聖剣で扉が叩き切られていたかもしれない。グラムの焦り具合にも今更だが十分に理解が及んだ。
ついでに言えば、扉の前にいたのは勇者だけではない。その隣には僧侶のシオンの姿があった。俺の肩越しに部屋の中を見ると、キュネイの姿を目にして「あちゃぁぁぁ」と額に手を当てて呻いた。
「だから今日は出直しましょうと言ったのに……」
「え? どういう事ですか?」
俺の不機嫌やシオンの察しをまだ読み取れていないのか、レリクスは頭に疑問符を浮かべる。
「レリクスさん、我々は今、馬に蹴られても仕方がありませんよ」
「それってどういう…………あっ」
そこでようやく、部屋の中にいるキュネイの存在に気がつくレリクス。
着物の居住まいは正されているが、彼女の潤んだ瞳や赤らんだ頬は隠しようがない。更にはあからさまに不機嫌な表情で睨まれては、そういうのに疎い勇者様であろうとも嫌でも思い至ったようだ。
「き、ききき君たちはこんな時に何を……」
ボンっと、音が出るほどに顔を瞬時に赤らめたレリクスに「ナニしようとしてたんだよ」とは下品すぎてさすがに口に出すのを留まった。
お子様のような反応に、あった筈の憤りが急速に萎んでいく。追い返そうかという気持ちも同じく失せてしまった。
おセンシティブシーン描くのは冬コミ原稿以来だけどめっちゃ楽しかった。
今年の冬コミも書くって決めてます。




