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第二百六十話 男の子の意地とか誇りとか──そして山脈と平原の語りだし


「手の付けように困ってたお前らをそうまで変えたって、ユキナって小僧がどんな野郎なのか、ちょっと興味が出てきた。うちの大将(レリクス)から同郷ってのは聞いたが、それ以上はあまり語ってくれねぇからさ」


 ガーベルトはワハハと陽気に笑うと、ミカゲが少しだけ意外そうな顔になる。 


「そうなのですか? ユキナ様は勇者のことを話してくれますが。『良い人』すぎてちょっと不安になる──とよく言っておりましたよ」

「あれだ、人の事ばかりかまかけて自分が疎かになるやつ。勇者ってのは大概そういうのが選ばれるらしいから、当たり前かもしれねぇけど」


 リードが指摘すると、合点がいったミカゲがポンと手を叩いた。


「勇者とはある意味正反対のあり方なんでしょうね、ユキナ様は」

「ダーリンは自分本位だからなぁ、基本的に。そんなあいつに、わざわざ遠いサンモトまで来てくれるほど想われてるミカゲがほとほと羨ましいねぇ……ったく」

「り、リード。ガーベルトの前であまり言わないでください。というか、今はあなただって同じ立場でしょうに」


 からかい混じりのニヤけ(ヅラ)を見せるリードに、ミカゲは狐耳を伏せながら顔を赤る。頬に手が混じっているのが酒精だけが理由でないと誰でもわかった。


 話を聞いていたガーベルトは、上機嫌に酒を口に運ぶ素振りのままに思考する。


(自分本位か……。経緯を聞いた限りじゃぁ、坊ちゃん(ロウザ)への義理もあるが、それ以上に銀閃(ミカゲ)との関係ゆえのサンモト来訪だからな)


 ロウザとミカゲの繋がりも聞いている。幼少期には主従関係があり、それが解消された今でも気の置けぬ友人。遠く離れたサンモトの地でロウザが危うい立場にあれば、ミカゲも気が気でない。そんな彼女の為にサンモトへと赴く決意をしたとか。


 あれほど人を寄せ付け難かった二人がここまで気さくになったのは、間違いなくユキナという男の影響だ。心底気を許した相手に対しては己と他人の境界が薄くなるタイプなのだろう。そういう点に限れば、あるいはユキナとレリクスは似た者どうしなのかもしれない。


 もしレリクスが、今回のユキナと同じような状況になれば、やはり同じ選択をしただろう。


 けれども、おそらくそこに至るまでの『決意』には大きな違いがあるはずだ。


 きっとそれが、レリクスが時折に見せる激しい感情の原因なのだ。


(つっても、これは気軽に他人が触れていい話題じゃねぇしなぁ)


 レリクスの反応からおおよその想像はついていたが、これはいわば男としての意地とか誇り(プライド)の領域だ。たとえ同性であり仲間であろうとも容易く踏み込んでいい話ではなかった。シオンも同じ結論に至り、触れる機を伺っているだろう。


 結局は何かが起こるまで黙って見守るしかないなと、歯痒さを抱きつつもガーベルトは酒を呷ったのだった。



 傭兵組が酒場で話に花を咲かせていた頃。


 ロウザの紹介した宿の一室で二人の少女が顔を合わせていた。


 アイナとマユリである。


 双方共に、それぞれの仲間(パーティー)では魔法使いであり、そして頭脳とも言える立場にある。他の仲間には語れない灰色(グレー)な考えも当然備えているわけで、そうした情報交換をするのも当然であろう。


 ただその前に。


「ご挨拶が遅れて大変申し訳ありませんでした。お久しぶりでございます、アイナ様」


 アイナの前でマユリは膝をつき、平たい胸元に手を当てながら深々と首を垂れた。高貴な者に対し、臣下としての礼を捧げる様式である。


 魔法使いマユリはまだ若い身でありながらも宮廷魔法使いとして抜きん出た才能を発揮しており、その実力と豊富な知識量を見込まれて勇者一行に組み込まれた。


 だが、実は彼女よりも先に勇者一行への参加を宣告されていた者がいた。


 それが王女アイナ。


 紛う事なき天才と称されていたマユリと、同等かそれ以上と称される魔法使いが彼女であった。また、魔法使いというだけではなく、王族として勇者との個人的な繋がりを得る為という意味もあったが、数奇な出来事を経てユキナの仲間であり恋仲となった。


「臣下の礼は不要ですよ、マユリさん。今の私は王位継承権から外れた一介の平民にすぎません。頭をあげてください」


 真面目なマユリの態度に、アイナは豊かな胸の下で手を組みながら困り気味に語りかける。


 アイナが降格するまでは、宮仕のマユリにとって彼女は主君の一族であった。そして二人が王城にいた頃も当然面識があったのだ。


「……では、失礼しまして」


 顔を上げたマユリは、肩肘張ったものではなく人当たりの良い笑みを浮かべていた。


 アイナとマユリは、王城の中でも比較的歳が近かったこともあり、特別に仲が良かったわけではないが交友関係にはあった。当然、主と配下の関係には違いなかったが、年相応の悩みを相談する程度の繋がりは以前からあったのだ。


 畏まった挨拶をしたのは、通過儀礼のようなもの。アイナが様式を重要視しないのは知っていたし、王族から降格したのも知っている。ただ一旦は、筋を通しておく方がやりやすいと判断したのである。


「改めて、久しぶりですアイナ様。お元気そうで何よりです」

「ええ、そちらも。各地でのご活躍は聞いています」

「ははは……それはそれは。自分が足を引っ張っていないか、いつも心配ですけど」

「それは私も同じです。先を進むみなさんの背中を追うのに手一杯ですよ」


 気軽な挨拶から改めて始まると、双方に似たような事を口にしてクスクスと笑みが漏れた。お互いに立場が似ているだけあって、悩みについてもなんとなく理解が及んでいるのだろう。実際のところは、アイナもマユリもそれぞれの仲間においてはなくてはならない存在だ。


「これもお互いなんでしょうけども、サンモトでお会いになるとは思いませんでしたよ」

「全くの同意です。さ、立ち話も疲れますし座りましょう」


 二人は不思議な感触の材質が敷き詰められた床に腰を下ろした。


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― 新着の感想 ―
降格っていうかな? しいて言うなら降嫁だけど…
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