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第二百五十九話 先輩と後輩の語らい──後、二つ名とかおそらく初出

 

 明日からの流れを一通り決めると、解散という流れになった。


 ロウザの計らいで、勇者一行もユキナ達と同じ高級宿に格安で泊まれる運びとなった。


 レリクスとマユリは若干の難色を示したが、それは紹介された宿が話し合いで利用した遊郭と同じ区画で、いわゆる『色街』の只中であったことだ。


 つまりは『そういう目的』で使われることも多分にあるわけだが、城の官職に就いている者も利用するだけあり、建物の構造はしっかりしている上に秘匿性も高い。ガーベルトとシオンの説得もあり、渋々ではあるがロウザの計らいに乗る形となった。


 とはいえ、全員が宿に直帰した訳でもない。


 最低限の警戒は必要であるが、明日からの行動に向けて各自が英気を養うことは誰も止めてはいなかった。


「サンモトの酒ってのは初めて飲むが、なかなかに美味いもんだ。これまで経験したどの酒ともまた違った味わいだ」


 勇者一行(パーティー)の一員である一級傭兵ガーベルトもまた、宿に赴く前に夜の街に繰り出し、ふらりと立ち寄った酒場に足を運んでいた。


「これで美人のネェちゃんがお酌をしてくれりゃぁ最高なんだがな」


 その隣では、すでに顔を赤らめたリードが、小ぶりな器──お猪口(ちょこ)に新たに注いだ酒を煽りつつも上機嫌にぼやいた。


「女になってからも相変わらずだな、お前は」

「だぁかぁらぁ、俺は元から『女』だっての。……(ユキナ)()の字にゃ違いねぇが、それはそれでこれはこれよ。ガーベルトだって、可愛子(かわいこ)ちゃんに注がれた酒の方が美味いだろ」

「一概に否定し切れねぇのが野郎の辛いところだ」


 と、そこで二人の視線が揃って対面の席に座るミカゲに注がれる。


 彼女もお猪口(ちょこ)の酒を上品な仕草で口に含んでから。


「お酌が欲しければ、良いですよ。……今際の一杯を楽しみたいのであれば、ですが」

「「あ、結構です」」 


 声色はとても穏やかながら些かもミカゲの目が笑っておらず、ガーベルトとリードは思わず畏まった口調で丁寧に答えた。そんな二人の反応に、ミカゲは小さく息を吐いてから、器の酒を再び煽る。


 彼彼女らがこうして酒場に集ったのは、(ひとえ)にガーベルトからの誘いであった。


 それぞれの仲間内では比較的傭兵としての暦も長く互いに面識はあるものの、三人集って会するということはとんと無かった。これを機に少し親睦を深めようというのがガーベルトからの誘い文句であった。


「ま、今はダーリンに一途(ぞっこん)だからな。可愛い女の子が好きなのは変わらないが、宿に連れ込んでネンゴロ(・・・・)する気にゃなれねぇよ」

「ちょっと見ない間に随分と落ち着いたもんだ」


 リードの口ぶりに、ガーベルトは大層な驚きぶりを見せる


「前に会った時は、強欲の化身が辛うじて人の皮を被って、どうにかこうにか社会に馴染もうと必死になってるって風だったのに」

「分かります。ユキナ様と初めて出会った時点ではまさしくそう(・・)でしたから。今は四つ足の獣から二足歩行ができるようになったといった具合でしょうね」

「こいつら…………」


 両名からの散々な言われっぷりにリードは憤るも、実のところ当人も多少の自覚があったので肩を震わせるに(とど)まった。そうして堪えられた点もまた、二人を感心させた。


「でも、それをいえば銀閃も同じだろ。王都にきた頃は、誰も寄せ付けない雰囲気(オーラ)を隠しようも無かったからな。それが今じゃぁ一緒に酒を嗜めるくらいになってるとくれば、こっちにも驚きだよ」


 唐突に己に矛先が向いてミカゲが「む」と顔を顰めると、ガーベルトの言にリードも頷く。


「初めて(ツラ)を合わせた時は、剥き身の剣みたいにキレッキレでギラギラしてたぜ。美人を相手にお茶に誘うのをちょっと躊躇ったくらいだ」


 最終的にはお茶に誘って、危うく刃を突きつけられそうになったのはご愛嬌。今ではリードの中で笑い話になっているが、それを聞かされているミカゲは全くもって面白くない。


 ただ、どちらの話も、ミカゲにとってはやはり心当たりが多すぎた。リードと同じく憤慨を抑え込む以外には無く、不機嫌を押し殺すように酒を煽るしか無かった。


「俺としちゃぁ、見込みは有るが危なっかしい後輩が程よい感じに落ち着くようになって嬉しい限りよ。たまーに思い出してはどっかでやらかさないかヒヤヒヤしてたもんだ」

「随分な言い草ですね」

「その言い方、ちょっとおっさんくさいぞ」

「お前らに比べりゃぁ、俺なんぞもう十分にオッサンなんだよ。ほれ、おっさんをもっと気遣え、そして敬え若人ども」


 先輩傭兵は既に酔いが回ってきているのか饒舌になるも、後輩傭兵たちは揃って憮然となる。


「……かくいうテメェは、図体のくせに相変わらず妙に気配りしやがるな」

「変わりないのは確かのようですが」

「そいつぁ褒められてると受け取っていいのかねぇ」


 今度は己に話を振られるが、ガーベルトは飄々とした態度を崩さなかった。


 ── 一級傭兵ガーベルト。


 所属人数が多く、かつ競争も激しい王都の組合においては『誰が一番に優れた傭兵か』という質問をされれば誰もが彼の名を上げるほどの実力者だ。


 背中に帯びる大剣を扱う技量もさることながら、膨大な経験に裏打ちされた困難な依頼の達成率。傭兵としてあらゆる面において優れている事から『猟兵』の二つ名を持つことで知られている。


 一級傭兵だから優れているのではなく、非常に優れた能力と実績を有しているからこそ一級たり得るのだと、まさしく体現しているのがガーベルトなのだ。


 その実力により、傭兵組合のみならず国からも大きな信頼を得ている。特に『豊富な実戦経験』という点を考慮され、勇者レリクスの仲間として選出されたのである。今はレリクスの方を並べる戦友であり、そして良き先輩として活動している。


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