第二百五十七話 和気藹々からシリアスに(一部故障中)
親指の爪をガシガシ噛みながらブツブツと意味不明な言語を呟く魔法使い。意味が明瞭となったところで聞くのが怖いが、そんな彼女を一瞥してから、僧侶がごほんとわざとらしく咳払いをする。
「ある程度の進行も深まったことでしょうし、この辺りで本題に入らせていただきましょう」
和気藹々であった空気が、彼の言葉で徐に引き締まった。(マユリを除く)全員の意識が向いたのを見計らい、改めて僧侶が口をひらく。
「本来であればマユリさんの役割なのですが、見ての通り只今故障中ですので、私が代わりをさせていただきます。では──」
シオンが語り出したのは、旅の最中で訪れた『ルナティア』で起こった事件。暗躍する魔族の存在と、それらが盗み出した秘宝。ルナティア王家とサンモトの古き因縁と、この地のどこかに封じられた『災厄』。
「で、その災厄だが最悪だかがどこにあるかを確かめるために、ショーグン様にお目通願おうってつもりだったのか」
リードが変わらず俺の頭に重しを二つ乗せたままシオンに投げかけるが、返ってきたのは肩を竦める仕草だ。
「最善であれば直にお会いして事情を説明したかったのですが、あえなく門前払いを食らってしまいましてね。仕方がないといえばそれまでではありますが」
ルナティアとサンモトの間にある因縁は、それが風化してしまうほどの時間が経過している。災厄について、サンモトではどういった扱いになっているのか、交流が断絶して久しいルナティア王家も計りかねていた。
「そこんところどうなんだよ、エガワさん家の三男としては」
俺が問いかけるも、腕組みをして呻くロウザ。
「残念ながら儂も初耳よ。黒刃の友とその仲間である者たちの話を疑うつもりはないが、少なくとも将軍家の末席に連なる儂は、『災厄』なる話を親父殿から聞かされたことはない」
まさしく寝耳に水といったところか。ロウザがその『災厄』について知っていれば都合が良かったが、流石にそうは問屋が下さなかったか。
「どう思う、アイナちゃん」
一通りを黙って聞いていたキュネイも、アイナに語りかける。話の最中でもすでに思考が始まっていたのか、伏せ目がちになりながら顎に指を当てていた。
「……事情を説明しなかったのは、正しい判断であったと思います」
少しの間をおいてから、アイナが顔を上げる。
「サンモト側で事情を把握しているのは将軍家のほんの一握り。あるいは代々の将軍にのみ受け継がれる伝承だとして、加えて禁忌として扱われていれば、下手に口を出すだけで拘束される恐れもあります」
ルナティアでは、内容を知るだけでも危険視されたことで詳細が失伝し『災厄』の存在だけが後世に伝わっていたほど。サンモトでも同じ扱いをされていてもおかしくはない。
「ええ、それについては我らも同じ考えでした。もし仮に拘束されたとして、果たして事情を説明する猶予があるかどうか……」
「下手に藪を突いて蛇が飛び出たところで、それをぶった斬っちまったら大問題だ。危ない橋を渡るにしても担保がねぇことにはな。一応、国の名代を背負ってるしな」
シオンの話を継ぐ形で、一級傭兵も嘆息した。
サンモトで『勇者』という大義名分が通用しない以上、レリクス達としては最悪を想定して動かざるを得ない。もしいう通りに将軍家に捕まろうものなら今度は勇者として立場が危うくなる。『勇者が異国で、当地の王家に刃を向けた』なんて話が流布したら、それこそ各国を団結を促す勇者のお題目が揺らぎかねない。
「とはいえ、今話した内容については、サンモト側に伝承が残っており、さらにそれがエガワ将軍家に受け継がれていると仮定した場合に限られますが」
リードと俺は揃って首を傾げ──られなかった。頭に重しがあって首が傾かないのだ。というかそろそろマジでどいて欲しくなってきた。いや頭頂に覆い被さる柔肉の感触は捨て難いが、そろそろ肩が凝ってきた。
戯言はいいとして、アイナの発した『仮定』がすぐには飲み込めなかった。
先の合点がいったのはミカゲだ。
「ああそうか。ルナティアなる国との盟約が交わされたのが百年よりもさらに昔であれば、サンモトがエガワ家に平定される以前。そもそも、災厄にまつわる伝承にエガワ家が関わっているかも分からないんだ」
極端な話、エガワ家とは全く別の存在がルナティアと盟約を交わしていたかもしれないわけで。
「──それって、一番最悪の場合は、伝承が伝わってる家が滅んでるんじゃね?」
「ええまぁ……エガワ家が平定する前までサンモトは戦乱真っ只中でしたから。その渦中に消えてしまった可能性もあり得ます」
ここにきて急に雲行きが怪しくなってきたな。思いついたままを口にしていたのか、話しているミカゲも顔が引き攣っている。
「銀閃さんのおっしゃる通り、それらついても留意はしてあります。ですが、確かめる為に安易に『災厄』の話を持ち出すのはあまりにも危険でして……もう忌憚なく言わせていただくと、八方塞がりなんですよ、これが。ロウザさんとこうして繋がりを得られたのは、不幸中の幸い──あるいは九死に一生か」
シオンの話を聞けば聞くほど、災厄周りの話がどん詰まりに思えて仕方がなくなってきた。そりゃぁ藁をも縋る思いでロウザに接触するわけだよ。俺がレリクス達の立場であれば同じような選択をしたに違いない。
『おいトウガ。その辺りの話についてはロウザよりもテメェの方がよっぽど詳しいだろ。黙ってねぇでなんか喋ろい』
『………………』
それまでずっと無言を貫き続けていたトウガは、グラムの声にも無反応。ただ、無視しているというよりも思い詰めているといった風にも感じられた
ロウザも傍に置いた蒼錫杖を見据えている。エガワが将軍となる以前よりも代々伝わってきている宝具なのだ。当然、当代の持ち主に比べれば遥かにエガワ家の歴史に詳しいはずなのだが。
しばしの間を置いて、トウガが念話で語りかけてくる。
『期待に添えんようで悪いが、私が自身の記憶を辿れるのは遡って二百年ほど前。その前後については朧げにしか覚えていない』
『おいおい、武器が耄碌てどうすんだよ』
『なんと言われようとも答えようがない』
『肝心なところで役にたたねぇな』
『ただ……『災厄』という言葉に私の奥底で強く引っ掛かっている』
嘆息混じったグラムの台詞に、トウガは曖昧でありつつも強く述べる。
『『私』はおそらく『災厄』を知っている。だがそれ以上のことは靄が掛かったように思い出すことができない。しかし、災厄とエガワ家に繋がりがあるのは確か──今はこれ以上は話せん』
トウガは苦渋を舐めるように呻いた。彼(?)としても、己の中にある明言しがたい記憶があることに忸怩たる感情を抱いているのだろう。
ただ経験として、今のトウガにこれ以上の問いかけたところで無駄であるのは分かった。俺がグラムと初めて出会った頃も生い立ちやら役割については曖昧に語るだけで、黒槍の形状に変貌してからようやく話してくれた。今のトウガも似たような状況なのだと推測できた。
こればかりは明確な『切っ掛け』がない限りは、トウガから真実が語られることはないだろう。その『切っ掛け』が訪れる機があるのを願うしかない。
ちなみにリードの持つ蛇腹剣は会話に参加していない──というかまるで興味がないといった様子だ。声が聞こえてもただただ場を引っ掻き回して騒ぎ立てるしかしないだろうし放っておく。




