第二百五十六話 キョウイの不公平
当初はロウザがよく使っている宿に引き払う予定であったが予想外の面々が加わってしまったことで、急遽予定を変更することとなった。
「急な大人数で押しかけて悪かったな」
「ロウザ様には日頃からご贔屓にしていただいていますゆえ、この程度は造作もございません。人払いはしておりますので、ごゆるりと」
「重ね重ねすまんな」
ロウザと応対するのは煌びやかな服を纏った魅惑の美女。長い髪をまとめる飾りも鮮やかな装飾品であり、所作の一つ一つにも色気と品が含まれている。妖艶でありつつも下品には届かない艶やかな女性は、正座から一礼をするとたおやかな所作で立ち上がり、部屋を出ていった。
「えっとその……このお店は」
「儂がよく足を運んでいる店よ。内密の話をするにはもってこいでな。まぁ、宿の方もその辺りは問題ないが、人数を収めるとなるとこっちの方が都合が良くてなぁ」
魔法使いの少女──マユリが頬を朱に染めながら問いかけるが、ロウザはかっかっかと相変わらの笑いを交えながら答える。隣のレリクスもどことなく腰の座りが悪そうだ。
それもそのはず。
宿で待っていたキュネイらと合流し、ロウザに案内されて向かったのは遊郭──つまりは『娼館』であったからだ。
俺らにとっては割と慣れ親しんだ空気であるし物珍しさが勝つが、勇者組の二人は見るからに初心だからな。
対して一級傭兵のガーベルト、僧侶シオンは特に取り乱した風もなく落ち着いている。傭兵の方はともかく、僧侶の落ち着きぶりはどうなんだろうか。
「自分、生臭坊主ですので。アークスにいた頃からよく足を運んでましたから」
俺の視線に気がついたのか、僧侶は頼まれてもいないのに忌憚なくぶっちゃけた。あまりの清々しい自己暴露ぶりに、隣の傭兵が顔を顰めるほどだ。
「あ」とキュネイが口元に手を当てる
「そういえば、妙に払いの良い位の高い僧侶の客がいるって、噂には聞いたことあったわ」
「よもやこの異国の地で、王都で名を馳せた美姫と対面することになるとは思いもしませんでしたよ。できれば『現役』の時にお会いしたかったものですが」
「ごめんなさいね。今の私はもうこの人専用なの」
「それは実に残念です」
キュネイが隣に座っていた、俺の片腕にしなだれ掛かる。彼女の豊満な胸に俺の二の腕が埋もれる様を拝み、シオンは肩を竦めた。残念そうな顔つきこそしているが、未練といった感情は皆無にも見受けられた。
「俺としちゃぁ、銀閃が普通にしてるのが驚きだね」
傭兵ガーベルトが意外そうな目で見ているのは、キュネイとは逆側に腰を下ろしているミカゲだ。さりげなく寄り添いながら、お酒をクピリと喉に通している。澄まし顔をしているが、尻尾が俺の腕を撫でており、毛並みの感触が実に心地よい。投げかけられた言葉に返答もしないのは「口に出すまでもない」という意思表示か。
「しかもなんで蹂躙まで。つか、女だったのかよお前。ずっと野郎だと思ってたんだが?」
「別に男か女も喧伝してたわけじゃぁねぇしな。つって、昔の俺が今の俺を見たら、それこそ目ん玉ひん剥いて仰天したのは確かだろうさ」
顔馴染みのようで、ガーベルト呆れた視線に、リードは「ししし」と無邪気な笑みを漏らす。彼女は背後から俺を抱きしめ方に顎を乗せている。鎧を外したラフな格好をしているので、豊かな双丘の柔らかさが背中に直接に伝わってくる。
「その……もしかしてアイナ様も」
「もはや私は継承権を失った市井。様付けは不要ですよ、レリクスさん。質問の答えですが──まぁそう言うことですね」
アイナといえば、胡座を描いた俺の足の上に収まるように座っている。程よく実った臀部の密着感で幸せだ。どうしてあえてその位置かと言えば、他の三人への対抗意識であろう。実に可愛い。かつては婚約者であった少女のセリフに、レリクスは衝撃を受けているようである。
よくよく考えると、俺の仲間たちと勇者一行が全員揃って顔を合わせるというのは今回が初めてかもしれない。それがしかも異国の地と言うのだから数奇としか言いようがないだろう。
ただ、この偶然をただ喜んでもいられなかった。
勇者一行は復活間近の魔王に対抗するため、各地を渡り諸国の団結を促すという旅の途中だ。近頃ではそこに、暗躍を始めた魔族への対処も目的に加わっていると聞く。となれば、彼らがサンモトに来た理由を考えると身構えてしまう。
この穏やかで陽気な空気は、まさしく嵐の前の一瞬──。
なんてことを考えていると、遊郭の空気に落ち着きがなかった魔法使いマユリが、こちらをじっと見ているのに気が付く。いや、正確には俺の周りの美女達へと、どことなくハイライトの消えた目の視線を注いでいる。
はたまた己の胸元を確認しては、何かを確認するように手を上下させ虚空を弄る。改めてキュネイらに目を向けると、また自身の胸部を見てわしわしと何かを掴もうとするが、やはり何も掴めない。彼女が果たして『何』を求めているのか、察しはついたが口にできるほど俺も勇気はなかった。
「あ」
「ん?」
ふとした拍子に、マユリとリードの視線がぶつかり合う。澱んでいた瞳に理性の光が灯ったのが傍目からも分かる。もしかしたら、リードも『同類』と、一抹の希望を抱いたのかもしれない。
が、それは大きな間違いである。
マユリの希望をリードも解ったようで、次に浮かべたのは実に悪どい笑みである。
「ふぅ……女を隠さなくなったから気は楽になったけど、支えがなくなると『別のもん』が重いったらありゃしない」
徐に立ち上がったかと思えば、リードはドンと前に突き出すご立派な胸部を、俺の頭の上に載せたのである。それを目撃したマユリといえば、まるで脳裏に雷鳴が轟いたが如く物凄い形相を浮かべていた。
しばらく硬直していた彼女であるが、やがては俯きぷるぷると肩を震えると。
「やはり神は不公平なのか……ど畜生がっ」
地の底から絞り出すようなドスの効いた怨嗟の声が、少女の喉からぽろりと漏れ出す。そういえば以前に診療場に来た時も似たような台詞を吐き出していたな。
レリクスらはそんなマユリから気まずげに視線を逸らしていた。彼らにとっても今の魔法使いは触れづらいらしい。
元凶であるリードといえば、心底楽しそうにゲラゲラと腹の奥から笑い声を上げていた。頭にモノを載せたまま盛大に笑ってくれるもんだから、ちょっと妙な気分になりそうだ。これから真面目な話をするのだからそろそろ勘弁してほしい。




