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第二百五十四話 エガワさん家(ち)の長男


 長旅からの帰郷ということで軽い挨拶もそこそこに、本日は解散の流れとなった。改めての話は後日ということになり、俺たちは来て早々ではあるが城の出口に向かっていた。


「ありがたいっちゃぁありがたいか。さすがにあの場で『本命』の話をするわけにはいかねぇだろうしな。出直すのはこちらとしても助かる」

「あの親父殿の事だ。儂らの考えていることなど、すでにお見通しかも知れんがな」


 奥に進んだ道をまた引き返しながらボヤくと、ロウザが面白くなさそうに呟いた。


「あの将軍様は人の良さそうな(つら)を浮かべてはいるが、あの膨れた腹の中には一つも二つも抱え込んだ『狸』よ。船でも話したが、ゆめゆめ騙されてくれるなよ」


 ──船旅の最中で聞かされたロウザの話を思い出す。


 これからサンモトお家騒動の真っ只中に飛び込む手前、最低限エガワ家の為人を把握する必要があった。将軍にまつわる話も端的には教わっている。


 そして当然、ロウザの上にいる二人の兄についても。


『ランガ兄上は武芸百班を地でいく武の天才よ。戦国時代であれば間違いなく名をあげていたであろう傑物だ。少なくとも無手での一対一では絶対にやり合いたくない相手の一人だな』


 戦乱の世に生まれていれば、確実に歴史に名を刻み込んでいたと称されている。才能を見込まれて、エガワの──引いてはサンモトにおける軍事面の統括を任されている。


『一方で、シンザ兄上は武の心得こそないものの、いわゆる策謀家というやつよ。笑みを見せればウブな娘などころり(・・・)といく優男ぶりだが、あの丁寧な物腰に気を許しすぎると痛い目を見る』


 優れた知性を買われ、政務においては将軍の直接の補佐を任されている。穏やかな容貌ではありながら、なかなかどうして政では辣腕を発揮しているとか。


 当然、二人の兄弟はそれぞれの派閥を報しており、ランガは主に軍事方面の武士を。シンザは文官寄りの武士を多く味方に取り入れている。実にわかりやすい構図だ。政務において表立っての諍いはないが、水面下では激しくぶつかり合っているのは暗黙の事実である。


 そして我らがロウザといえば、そうした武士らに従っているくらいの低い武士や、城の勤め人。あり得ていえば『民衆』からの支持が高いとくる。


 ロウザを慕う者の母数はおそらく一番多いが、ほとんどのものが階級を持たない一般庶民。中にはコマリのようにロウザ派に属する武士ものもいるが、ランガ派やシンザ派に比べれば圧倒的に少数である。


 だが、ロウザは将軍家に代々伝わる宝具『トウガ』の継承者だ。今現在のエガワ将軍家の中でトウガを扱えるのはロウザを置いて他には存在しない。それを持って、ソウガ将軍はロウザを己の後継──次期将軍に任命したのだ。


 当然、兄二人はそれを面白く思っていないはず。それまでは母を同じくする兄弟で権力争いしてたところで、急に異母弟が頭一つ飛び抜けたところに居座ったのだ。


 いくらトウガの継承者でありシキタリがあろうとも、反発が起こるのは必然。そもそも統一されてから大規模な戦が遠のいたサンモトにおいて、『トウガ』の必要性があるかどうかも分からない。


 それでもなお、ロウザを次期将軍に据えたのが、他ならぬソウガ将軍なのである。


 ──話は戻って現在。


「儂を推しても世継ぎ問題でコウゴ城内で話が拗れに拗れるのは承知の上で、儂を次期将軍に命じたのは他ならぬのはあの親父だからな」

「将軍様は昔からロウザ様を高く評価しておられますよ。その武と知は、兄上様方に引けを取らぬと。もちろん、このコマリも同じ思いにございます」

「親父殿もコマリも、やたらと儂を持ち上げてくるのよ。困ったものだ」


 手放しの賞賛を受けつつも、ロウザは半信半疑といった態度。けれどもコマリはくすりと笑って続けた。


「ですが、あれほど嫌がっていた次期将軍の位を、今は真正面から受け止めようとされている。つまりは我らの考えは間違いではなかった証左でございます」

「……せいぜい、己らの目が曇っていなかったのを願っているがいいさ」


 まっすぐな期待に弱いのか、ロウザはぶっきらぼうに答えるも、それが照れ隠しであるのは俺たちにも分かった。ミカゲもゲツヤも、口元が綻んでいた。


「ロウザよ、しばし待て」


 不意に聞こえてきたのは、つい先ほど耳にしたばかりの重厚な声だ。


 振り向けば、ロウザと同じ髪と毛並みを持つ偉丈夫──ランガだ。背後には派閥と思わしき武士を引き連れているが、体格差と醸し出す雰囲気のせいか、まるで親分と子分といった印象を受ける。


「これはランガ兄上、いかながさいましたかな?」

「なに、大した用ではない。ただ、先ほどの挨拶だけでは少しばかり味気が無くてな」

「それはわざわざご丁寧にどうも」


 正面で向き合えば反射的に背筋が伸び居住いを正しそうになるランガの威圧であるが、ロウザは口調こそ下手でありつつ態度はのらりくらりと変わらずだ。ランガ派の武士たちの非難めいた鋭い視線を浴びながらも飄々としていた。


「しばらくの間、城の中が穏やかであったが、これでまた騒がしくなる」

「兄上、まさかそれだけを言いに追いかけてきたわけではありますまいな……」

「面と向かってお前に小言をくれ手やれる人間は、この城ではそう多くはいないからな。将軍家に名を連ねる者として、皆の心労を和らげてやらねばなるまい」


 会話を聞く限りでは、責任感の強い兄と問題ばかりを起こす弟といった風だ。結構ひどい事を言われていながらも、ランガに対してロウザもあまり嫌がってはいないように見える。案外と兄弟仲は悪くないのか。


 ──けれども、己に刺客を差し向けたのは二人の兄のどちらかだと、ロウザ自身が告げている。油断して良い訳はなかった。


 ここでグラムが背中にないのは少し困った。いれば気配を読んで貰えたのだが。


『私を忘れてくれるな。ロウザ様に敵意を持つ者がいれば容赦無く凍り付かせておるわ』


 トウガの頼り甲斐のある念話チャンネルが届いたが、俺なりにも注意を払っておくべきだろう。


「──して、そこにいるのが、海の外で出会ったお前の知己か」


 ロウザと言葉を交わしていたランガの目がこちらに向く。


「そこの愚弟からすでに聞き及んでいるだろうが。ランガだ。見知りおくがよい」

「あ、どうも。弟さんの友達のユキナです」


 意外と気さくな自己紹介と合わせて差し伸べられた手。表面上はどうあれ、立場はロウザの敵。だからと言ってここで俺が拒絶するのもサンモトで活動する上ではよろしくない。俺なりにあれこれと考えながら手を握り返──。


「ォォオオオッッ!?」


 ──ベキャッッ!!


 唐突に襲いくる万力(・・)に抗い、拍子にランガの足音から破砕音が響いた。俺が押し(・・)返す力(・・・)が籠り過ぎて、木製の床が割れたのだ。


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