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第二百五十三話 サンモトの将軍家


 本丸に到着すると入り口に構えていた守衛が駆け寄り、ロウザの前で膝をつく。


「お帰りなさいませ、ロウザ様。将軍様、兄君様共に奥でお待ちです」

「承知した。出迎えご苦労」


 守衛は頷くと、次に俺たち(こちら)を見る。


「申し訳ございませんが、ロウザ様以外の方々は得物を預からせていただきます」

「っと、そりゃそうか」


 アークスでは顔パズ状態であっためか、王様に会う時でも武装解除なんてされなかったから、感覚が少し麻痺していた。ロウザを除き、俺以外の全員は既に腰の帯から剣を外していた。俺も背中から外し穂先を鞘に入れてから守衛に渡す。


『一応は俺も警戒しちゃいるが距離があると対応が遅れる。気ぃ抜きすぎんなよ』


 言われんでも、と念話で返しながら守衛に預ける。


「っぉぉぉおお!?」

「あ、悪い。重いの忘れてた」

「い、いえ。こ、こちらこそ失礼つかまつった」


 鍛錬代わりに、背負っている間は常に重量増加エンチャントを掛けているのをすっかり忘れていた。おかげで黒槍を受け取った守衛がすっ転びそうになる。急に軽くするのも変に思われるだろうから、申し訳ないけど重さは維持しておこう。


 そんな一幕を経てから、俺たちは本丸へと脚を踏み入れた。途中では素人の俺でも目を見張るような意匠の絵が描かれた紙張りの扉をいくつも見かける。額縁に収まるサイズではなくまさしく扉サイズの意匠はかなり迫力があった。かといって派手に彩りをせず、どこか落ち着きのある印象だ。


 幾つかの曲がり角を経ると、それまでとは一際に迫力のある絵が描かれた扉に行き着く。まるで蛇のようでありながら、頭には俺の知る雄々しい角と鋭い牙の生えた厄獣──竜に似た顔があった。この国においては『龍』と呼ばれる存在であるらしい。


 一枚を隔てても伝わってくる厳格な雰囲気だ。先に待ち受けているのもお察しで、少しだけ構えてしまう。


 ──スパァァンッ!


 けれどもロウザは、まるで意に介さず勢いよく両開きにした。豪快すぎるだろ。


「皆の者! このエガワロウザ、無事に帰ったぞ!」


 部屋の中には幾人もの武士たちが並んで座っており、それらの鋭い目が一様に集まる。もちろんロウザは怯むはずがなく、むしろ臨むところだと言わんばかり。溌剌とした声が、部屋の内部で張り詰めた空気を蹴散らす勢いに響いた。


ロウザ(こいつ)って、いつもこんなのか?)

(今日はまだだいぶ控えめだ)

(これでか?)

(これでだ)


 ロウザの下につくと本当に苦労しそうだなと、小さく息を漏らすゲツヤに同情してしまう。


「相変わらず、騒々しい男だ」


 部屋の奥から届くのは、耳にするだけで背筋を伸ばしてしまうような男の声。ロウザはニンマリと笑ってから部屋の中へと入り、俺らもその後に続く。コマリは離れると、武士達の並びに入って座る。


 空間の深奥──つまりは『上座』に腰を下ろしているのは、三人。


 声を発したのは、向かって右側に座している男だ。


「ランガ兄上、そういうあなたは相変わらず眉間の皺が深いな。何か悩み事でも?」

「今まさに、その悩みの種が帰ってきた所だ」

「おっと、これは一本取られましたな」


 狼耳の毛色はロウザと同じく、けれども一回り近くは大きい体格の偉丈夫。存在するだけで威圧を撒き散らす迫力に『厳格』を具現化したように深く掘り込まれた顔つき。


 将軍家──つまりはロウザの家族については、船旅の最中にある程度は説明されていた。


 右側の男は『ランガ』。ロウザの一番上の兄だ。


「シンザ兄上も息災のようで」

「ええ、そちらもお元気そうで。無事の帰国を嬉しく思います」

「それはどうも」


 向かって右側の男は、むしろロウザよりも細身だ。物腰も柔らかく微笑みを浮かべているが、油断ならない印象が強い。


 ロウザの二番目の兄である『シンザ』だ。


 将軍家について、その人物像は船旅の最中におおよそはロウザ達から説明をされている。おかげで顔と名前がすぐに合致した。こいつらが、目下の『敵』ということになるが、流石に大勢の前であからさまな敵意は表してこないらしい。


 そして、向かって正面。上座の中央に座る人物こそが、ロウザの父親。


 このサンモトの王──将軍エガワソウガだ。


「このエガワロウザ。海を渡った旅を終えて、無事に帰参いたしました」


 ロウザは武士たちの間を通り一番奥までくると床に腰を落とし、一つ高い段に座る男に向き合う。両手を突いて深く頭を下げた。俺たちも習って床に座り同じく頭を垂れる(この辺りの作法は事前にロウザらから教わっていた)。 

「長旅のようであったな。見聞は広まったか?」

「はい、懐かしい顔に、得難い貴重な知己を得るに至りました」


 頷きを一つ経てから、将軍は語りかける。面を上げたロウザがハキハキと応える。顔は見えないが、声色と口調からしてこれまでになかった『敬意』を感じられた。ロウザにもそういった念を抱く相手がいるのかと、これまた意外である。


「ああ、確かに。……随分と久方ぶりだなミカゲよ。お前が国を飛び出して以来か」

「不肖、このミカゲ。故あって再びこのサンモトの地を踏むこととなりました」


 まだロウザに仕えていた頃より将軍とも交流があったのは確かで、ミカゲは落ち着いた様子で応対する。


「かつてはご挨拶もせずの別れとなってしまい申し訳ございませんでした。将軍様におかれましては、ご健常であらせられられるようでなによりでございます」

「はっはっは。無駄に健康であるのが我の取り柄だからな」


 朗らかに笑う様はただの人当たりの良いおっさんに見える。


 一見すると、恰幅がある気さくな中年男性だ。狼耳の形や毛色が同じだからロウザと血縁なのは間違いない。ロウザがこのままふくよか(・・・・)になったらこうなるのかな、と漠然と推測できる程度の印象しかなかった。


 けれども、将軍の目が俺に向けられた瞬間、致命的にそれは間違いだったと思い知らされた。


 笑顔の内、見据える瞳の奥底には鋭い光が宿っているを感じた。人の根幹を見据え、嘘偽りを決して見逃さない鮮烈な眼差し。それはまさしく、アークス王が時折に見せるものと同質。油断していると、唾を飲み込む音が大きくなりそうだった。


 見た目は雰囲気がいかに異なろうとも、やはり彼も『王』であると理解させられる。


「こちらの男はユキナ。異国の地アークスにて出会った我が盟友でございます。此度の旅において、彼と知己を得られたことこそが最大の幸運でありましょう」


 ロウザの褒め言葉を聞く都度(つど)に、背中がむず痒くなって仕方がない。しかもそれを実の父親であり一国の王の前で語るものだから尚更だ。


「かの国一番の──いや、儂が出会ってきた者の中で随一とも呼べる益荒男にございます。以後はお見知り置きを」

(だからそうやたらと持ち上げるのやめてくれねぇか!?)


 俺が小声で咎めるも、ロウザは小さく振り返り片目を瞑って(ウィンクで)答えるのみだ。ロウザの言を聞いた将軍が改めて興味深そうにこちらを見やるので顔を顰めることもできない。


「ロウザにそこまで言わせる男か。ランガよ、このユキナとお前、果たしてどちらが強いのかのぉ」

「……将軍様の命ともあらば、全力を尽くして相手をする所存にございます」

「それは実に楽しそうだな。はっはっは」


 なんか当事者を放っておいて勝手に話が進められてないか? まさか本気じゃないだろうな。


 後、今気がついたけど将軍の笑い方が、ロウザとそっくりだ。この二人が血の繋がった親子であるとほとほと実感させられた。


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