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第二百五十一話 派手なお出迎え──でもって衝撃の事実発覚


 家屋に靴を脱いで入る文化に少しばかり戸惑い、採れたての生魚を捌いただけの料理──『刺身』の旨さに舌を巻いた翌日。港町の面々に盛大に見送られながら俺たちは出発。宿場村を間に挟んで二日が経過した頃、無事にサンモトの都『コウゴ』に辿り着いた。


 道中に何かあると踏んでいたが、予想に反して何も起こらず平穏無事にたどりつてしまいあまりにも拍子抜けであった。


 アイナ曰く、下手に都の外でちょっかいをかけるよりも、内側で仕掛けたほうが確実と判断したのだろう──とのこと。直接聞けるわけでもないので考えるのはそれまで。問題はここからだ。


「街並みからしてそうだったけど、やっぱりアークスとは様式(かんじ)が全然違うな」

「儂等からしても、海を渡った先で触れた文化の違いには驚いたものよ」


 見慣れぬ建物の列や住人が着ている衣服に、俺はしみじみとした呟きを漏らした。ロウザからしてみれば、アークスを訪れた時も俺と似たような感覚を味わったらしい。


 コウゴに到着して早々、俺たちは二手に別れることとなった。ロウザと共に王城──コウゴ城に向かう組と、ロウザが懇意にしている宿に留まる組だ。


 前者はロウザ、ゲツヤ、ユキナ(オレ)にミカゲ。残りは後者だ。


 本来であれば政治的判断が優れているアイナもコウゴ城に向かうのが最善(ベスト)であったが、ロウザの連れとはいえいきなり大所帯が現れれば、要らぬ刺激を与える恐れがある。 であれば連れて行けるのは一人が限度。ミカゲは元より城内においても顔を知っている者も多くいる為に除外されるとして、仲間(パーティー)内での一応は筆頭格(リーダー)である俺が赴く事になった次第だ。


「しっかし、将軍家の一員とはいえこうもいきなり向かっていいのか? 普通はもうちょっと手順とかあるだろ」

「実家に帰るだけで何を仰々しい事を──と、言いたいところだが。昨日、宿場に泊まった際に、足が速いものを先だって使いに出してある」

「いつの間に」


 ただの豪快な遊び人に見えて、この辺りは本当にちゃっかりしている。


「報が無事に届いたとも、先ほど知らせがあった。問題はない」

「ああ。アイナ様たちと宿で別れた時に接触してきた『アレ』ですか」


 ゲツヤの言葉に、ミカゲは納得した風に頷いた。


 勝手のまるでわからない異国の地であるが、宿に残ったアイナたちの元には、ロウザの配下を案内役として付けてある。俺たちが戻ってくるまでは、この地の空気を知る──という建前の観光をして時間を潰してもらう事になる。


 しばらく歩けば、俺たちはいよいよコウゴ城の正面門に到着した。


 威風堂々とした大門を前に佇む俺たちに先んじて、ゲツヤが門の端に備え付けられた小門を叩く。覗き用の小窓が開かれゲツヤが門の先にいる者へと語りかける。ここからは見えないが門の先から騒然とした気配が伝わり、覗き窓が慌てて閉じられると慌ただしい人の声やら足音やらが入り混じる。


 少しの時間を置いてそれらが静まり返ると、大仰な扉が音を立てて開かれた。解放された大門の先には、武器を携えた幾人もの兵たちが粛々と脇に立ち並んでいる。それら全ての敬意がロウザに向けられているのが俺にもわかった。


「やれやれ全く、無駄に仰々しい事だ」


 改めて、並ぶ兵たちを目にロウザは困ったふうに頭を掻いた。


 兵たちの間を通り抜け、その終わり間際に差し掛かると兵とも街で見かけた住人とも違う衣服の男が駆け寄り、ロウザの前で片膝をつく。


「おかえりなさいませ、ロウザ様。長旅お疲れ様でございます。家臣一同、貴方様のご帰還を心待ちにしておりました」

「『コマリ』か……出迎えはご苦労であるが、大袈裟にするなと先だって使いの者に伝えさせたはずだが?」

「確かに伝えは及んでおりますが、ロウザ様は次期将軍の立場で在らせられるお方。出迎えを軽んじれば、むしろ勤め人たちに咎が及びますゆえ。これでも人数を三分の一にまで減らした次第でございます」

「あー、分かった分かった。儂の考えが浅かった。次からはこっそり帰ってくるよ」


 頭を深く下げて傅く男──コマリの言い分に、ロウザは「勘弁してくれ」とばかりに手を振り辟易となっていた。背中がむず痒くて仕方がないといった具合だろう。


(コマリ)は、家臣団の中で数少ないロウザ様に忠を置いている御仁だ」


「数少ない」の下りのせいでこの先がどうにも思いやられるが、口に出さない程度の配慮は俺にもあった。居るだけマシだと前向きに考えるとしよう──とも喉奥で留めた。


 それはそうとして……。


「黒刃、儂に向けるその何ともいえない絶妙な表情は何だ」

「お前って本当に、お偉いさんだったんだなと」

「これまで散々言ってきたのに今更か!?」


 ロウザが将軍家の人間であるからこそ、海を渡ったサンモトくんだりまで来たわけなのだが、敬われている様子を実際に目の当たりにして、ようやく実感が湧いた。


「普段のロウザ様だけを見ていればそうなりますか」

「……………」


 苦笑するミカゲに、ロウザ一番の配下であるゲツヤは口を開きかけるが声を出せなかった。フォローの言葉が咄嗟に出てこなかったのか。


 と、ロウザに傅いていたコマリは、獣の耳──猫のそれ──をぴくりと動かし俺らの方に目を向けた。次期将軍(ロウザ)に意識が向きすぎていてこれまで認識していなかったのかもしれない。


「ロウザ様、この男は──それに彼女(・・)も」

「おお、紹介が遅れたな。こやつは、サンモトより海を渡って辿り着いた『アークス』の地で出会った我が盟友である黒刃──『ユキナ』だ。儂が彼の国一の益荒男(ますらお)と認めた男よ」

「なんと、ロウザ様がお認めになった御仁とは。失礼いたしました。私はコマリと申します。以後、お見知りおきを」


 最初は訝しげな視線を向けていたコマリであったが、すぐに柔らかいものへと変化した。


「そして──ミカゲのことは流石に覚えているか。かつては我が配下であったが、今はこのユキナの愛し人であり従者だ。以後の扱いはそのように取り計らってくれ」

「お久しぶりです、コマリ殿」


 軽い会釈をするミカゲに、コマリは仰天した。


「な、なんと!? あの女を捨て剣の道に生きると豪語していたあのミカゲがっ、色恋を覚えて帰ってくると!? 明日は槍でも降ってくるのか?!」

「ちょ、コマリ殿! 落ち着いてください!」


 悪気はないのだろうが、興奮気味に叫び散らかすコマリにミカゲが慌てる。


「こやつは家臣の中で珍しいほどに人が良いのだが、何かあるとすぐに大袈裟に騒ぐのが難点でな。それさえなければ、信のおける者よ」


 慣れているからか、他人事であるからか、ロウザの反応はあっさりとしたものだ。


「これが落ち着いていられますか! ああ、シラハ師範殿にお伝えしたらどのような顔をなされるか」

「「「…………あぁぁぁっ!?」」」


 興奮冷めやらぬコマリが発したその言葉に、俺とミカゲ、そしてゲツヤは同時にとある事実気がつき声を上げていた。あまりの異口同音ぶりに、コマリが肩を震わせて逆に落ち着いてしまうほどであった。


 どうして今まで『それ』を失念していたのか。もしかしたら、俺個人としてはエガワお家騒動云々よりもはるかに重大な問題である。


「……おい、嘘だろお前ら。まさか……揃いも揃って本当に忘れていたのか?」


 ロウザがドン引きし絶句するのも致し方ない。それほどまでにあり得ない事だったのだ。


 言うまでもないが、サンモトはミカゲとゲツヤの故郷でもあり、それは言い換えれば彼女たちの生家もこの地にあるわけで。


 ──俺はミカゲの『親』に「娘さんをください」をしなければならないのである。


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