第二百五十話 縁
『リードは調子に乗ってロウザと一緒に酒盛りしてたからな。あれがなけりゃぁまだマシだったろうに』
当のロウザは、揺れる航行の最中にも真昼間から船に持ち込んだ酒を飲み明かしており、サンモトに着くまでいくつも瓶を空にしていた。悪酔いしたリードと違い、こちらは終始上機嫌であった。うわばみの度合いで言えば、ユーバレスに拠点を構えているジンギンファミリーのニキョウといい勝負かもしれない。
『なんやかんやで気が合いそうだしな、あの二人』
会わせたら面白いようなちょっと怖いような。
それはともかく。
俺たちの他にも、ロウザの護衛衆もゾロゾロと下船していく。その内に幾人かは無言でどこかへと消えていった。周辺への探索やら情報収集、他諸々と行動を開始したのだろう。
俺たちはこの港町で一泊し、船旅の疲れを癒してからサンモトの都へと向かう手筈だ。道中に問題がなければ人の足でも二日ほどで着くらしい。
と、今後の予定を頭の中で軽く反芻していると、付近を行き交っていた地元民たちの視線が、一斉に俺たちに向いていることに気がついた。正確には、それらの目はロウザにへと集中していた。
「もしかして、あれはロウザ様じゃぁ……」
「そうだっ、ロウザ様だ!」
「ロウザ様が帰ってきたぞ!!」
誰かしらの声が皮切りになって、地元民が続々と集う。俺たちはもみくちゃになるのを避けるため、ロウザから少し離れると代わりに瞬く間に人集りが出来上がった。
「お帰りなさい、ロウザ様!」
「おぉっ、出迎えご苦労! このロウザ、無事サンモトに帰ってきたぞ!」
集った地元民に対して、中心にいるロウザは両腕を広げ嬉々とした様子で名乗った。それだけで声援が上がるほどの人気っぷりに、俺はいささか驚いていた。
「聞いてたつもりだったけど随分と慕われてるな、ロウザのやつ」
「ロウザ様も酔狂で常日頃から遊び回っているわけではない。以前より暇を見つけてサンモトの各所を訪れては、よく民たちの声に耳を傾けているのだ。当然、この地の民衆にも同様だ」
語るゲツヤは、ロウザを囲む民に鋭い視線を向けている。主君に対して仇なす者がいないか、護衛としての役目を全うしている。ただ、それでも人々を荒く跳ね除けようとしないのは、ロウザの意向を汲んでのことだ。
『相棒もそこまで気を張る必要はないぜ。少なくともやらかしそうな物騒なのは近辺にはいねぇよ』
グラムだけではなく、ロウザが持っているトウガも同じく警戒しているだろうし大丈夫か。とはいえ、俺たちがサンモトに来た目的を考えれば、油断し切るのもまたよろしくないが。
「庶民にとっては、雲の上で難しい話をしている将軍家の重鎮たちに比べれば、己たちの側に足を運んで下さるロウザ様の方が親しみを持てるのだ」
初対面の頃に比べて、ゲツヤとの会話もかなり砕けたモノになっていた。当初は俺のことを妹にまとわりつく悪い蟲と認識しており、敵愾心やら殺意やらを向けてきたが、それらもある程度は解消され彼の中でも生理がついたらしい。仕事人間で直情気質なところはあれど、一度打ち解けてしまえば案外普通に男だった。
「……もっともらしく言ってるけど、遊んでるのは間違い無いんだな」
「んんっ……んっ」
ゲツヤのわざとらしい咳払いが証左である。
「ロウザ様のことですから、民のことも遊びもどちらも本意だったのでしょう」
「案外、何も考えてなかったのかもな」
「その可能性も十分にありえますね」
俺が冗談めいた事を口にすると、ミカゲはクスリと笑った。どうせ聞いたところではぐらかされるんだろうし、好き勝手に予測を述べるくらいは良いだろう。
「……将軍家家臣たちの中には、そうして政務にろくすっぽ関わらぬロウザ様を陰ながら疎んじている者も多い。トウガの継承者であるが故に、前ほど表立っては口にしないがな」
ロウザを取り巻く将軍家での立ち位置や、最大の懸念である兄二人についてはサンモトへ向かう道中の中で大体の事は聞いている。これらかその渦中に入り込んでいくのだから事前に知っておく必要があり、なけなしの脳みそにどうにか刻みつけた。
ものすごくざっくり勢力を表すと、ロウザは民衆からの信頼が厚く、一番上の兄は軍関係の家臣から支持されており、二番目の兄は文官たちの派閥を束ねているのだという。
「ロウザ様の言葉を借りるのであれば適材適所だというが」
「物は言い様ってやつだな」
面倒な仕事を兄貴たちに任せて遊び呆けてたようにしか見えないだろう。事実、トウガを受け継ぎ次期将軍に任命されるまでは、側室の子として好き勝手していたのだし。それだけに、トウガの継承については当人を含めて誰にとっても予想外であったに違いない。
しばらくわいわいと騒いでいた民衆だが、ロウザへ会釈したり手を振って各々が離れていき、やがては自然と解散していった。
「やれやれ。人気者は辛いな」
「自分で言わなきゃ様になってたな──って、なんか増えてる!?」
満更でも無い表情で俺たちの元にやってくるとロウザの両腕には、魚やら酒瓶やらがこれでもかと抱えられていた。
「皆がこぞって渡してきてな。痛みの早いものは、今日の宿で捌いてもらうとしよう。晩飯はなかなかに豪勢なものになりそうだ」
即座に護衛衆の幾人かが駆け寄ると素早く回収してまたどこかへ消えていった。相変わらず仕事が早い。
「ところで、ちと興味深い話を聞けたぞ」
両手が解放され小脇に抱えていた蒼錫杖を握り直して、柄で自身の肩を叩きながらロウザが言った。
「なんでも儂らが到着するよりも少し前にも、異国の船が入港したらしい」
ここは貿易港としても栄えていると聞いていたし、外国からの船が来訪する事自体はさほど珍しくは無いはず。当然、話はそれだけでは終わらない。
「荷下ろしと一緒に、異国の者たちが下船してきたようだ。男三人と女一人の組み合わせでな。サンモトの都の場所を聞いて、翌日には出立したらしい」
「それだけじゃぁなんとも言えないな」
「だが、そのうちの一人。筆頭格と思わしき男が、見事な意匠の剣を腰に帯びていたとか。それが皆の記憶にどうにも残っていたらしい。もしかすれば、都でその四人組と鉢合わせるやもしれんな」
──男三人に女一人。しかも筆頭が目立つ剣を腰に帯びている。
一瞬だけ『もしかしたら』という考えが頭の中に過ったが、俺はすぐに頭を振って振り払う。
いやいやまさか、そんな偶然があってたまるかと。
浮かんだ一つの可能性を否定する様に、俺は呆れ口調を作った。
「都って一概に括っても広いだろうに。そう都合よくいくかね」
「どうだろうな。そやつらと儂らの間に『縁』があれば、あるいは」
ロウザは実に楽しそうだ。今から会えるのが待ち遠しくて仕方がないと言った具合であった。
──この『縁』がまさしく俺自身にまつわるものだと思い知るのは、もう少し後である。




