第二百四十九話 サンモト編開幕!
島国サンモト。
周辺を海に囲まれた国家であり、周辺諸国との交流を行うには海を越える必要がある。そのためか、他の国にはない独特の文明文化が形成されている。またそれと同時に長きにわたる戦乱が続いていた事でも知られている。
もっともそれも百年前までの話。ほぼ全ての国民が大戦を知らぬ世代にへと移ろっており、豪族(外国でいう貴族の意)同士や個人での諍いはあれど、おおよそは平穏無事を謳歌している。
「揺れない地面がこうもありがたいとはなぁ」
「私も、サンモトを出た時には似たような感想を抱いたものです」
両足の下にブレない大地があることに俺が感謝していると、ミカゲが笑いながら同意した。
──ロウザとの決闘から数えて二週間ほどが経過し、俺たちは無事にサンモトの地を踏み込んでいた。
本来であればアークスの王都からサンモトまでは一ヶ月以上の時間を要するが、その道程を半分以下の期間で消化したことになる。
当然ではあるが、これには理由がある。
「はっはっは! さすがは新造船なだけはある! まさかここまで早く着くとはな!」
俺とミカゲから少し遅れて船から降りてきたロウザは、ゲツヤを従えながら何が愉快なのか高らかに笑い声をあげていた。俺たちがここまで早くサンモトに到着できたのは何を隠そうロウザのおかげだ。
まずブレスティアを出立する際に利用したのが特殊な馬車。便宜上は『馬車』と呼ぶが、実際に客車を引いていたのは特殊な調教を施された厄獣だ。一部の金持ちが利用するもので、通常の馬車よりも早くかつ長時間の移動が可能であり、これに乗って一番近い港まで急行した。
そしてさらにそこからは通常の風を受けて進む帆船ではなく、魔法を動力とした新造船を使用。こちらもやはりお金持ち御用達の船で、天候や風の影響を受けずに臨む方角にグングン進むことが可能という代物だ。
馬車も船も、前述の通りにお金持ちが趣味で使うようなもの。
厄獣馬車は、厄獣の調教がそもそも非常に難しいこともあって絶対数が非常に少ない。王都にも俺らが使用した分が限度数であった。新造船についても魔力で動くだけあって魔法使いが必要になってくる上、サンモトまで大急ぎともなれば数人雇う必要がある。なんにせよ運賃が馬鹿高くなった。
俺たちだけではなく郎党全員分の運賃も支払ったため、キュネイの診療所の修繕費も合わされば、ロウザがアークスの賭場で稼いだ財産のほぼ全てを使い尽くしたらしい。
最も当人からすれば『その国の賭場で稼いだ金はその国で使い尽くす』のが信条らしいので、むしろ金の使い所が出来てよかったとさえ漏らしていた。
移動手段の用意を行ったのはなんとルデルの奴であった。喧伝なんてするはずもなかったのにどこで聞きつけたのか、サンモトへの出立を決めた翌日に呼んでも無いのに俺たちの目の前に現れて、馬車と船の手配を早々にしてしまったのである。
ちなみに、俺とロウザの決闘に現れなかったことが今更ながらであったが不思議であった。俺のファンを自称するこいつなら呼んでも無いのに絶対現れると思ったのに。その事を聞いたら、血涙を流す勢いで猛烈に悔しがっていた。本来なら金を払ってでも駆けつけるはずだったのに、どうしても外せない仕事と被ってしまったらしい。
諸々の手配はそのお詫びだという。ルデルとしてはサンモトまで同行したいとまで言い出したが、この後もまた予定があるとかで、猛烈に悔しがりながらも辞退すると述べた。別に頼んだわけでは無いが、ありがたく手を借りることにし、お礼にサンモトの土産でも買って帰ろうかと思った。
そうして港から出港し、高速船ではあったが人生初めての船旅で何日かは必要であった。俺とミカゲは見ての通り足場の不安定さにちょっと思うところがあった程度。ロウザとその護衛であるゲツヤも似たようなものだ。護衛衆についても表面上は平常であった。
問題はアイナとリードだ。
「はいアイナちゃん。落ち着いて一歩一歩、行きましょうね」
「うぅぅ、ご迷惑をお掛けしますぅぅ。はぁ……地面があるぅ……」
キュネイに手を引かれて、顔を真っ青にしたアイナが口元に手を押さえながら覚束ない足取りで船から降りていた。普段の明るく聡明なところが見る影もないが、どことなく儚げな印象があり可愛いと思ったのはここだけの話。口にしたら流石にアイナも不機嫌になりそうだ。
最初の一日あたりは問題なかったが、翌日からは船酔いでダウンしてしまったのだ。残念なことに、不内容に対しては回復魔法もあまり効果がなく、気を紛らわせるマッサージやツボを押すくらいしか対処がなかったようだ。
当のキュネイも少し調子は悪くなっているようだが、医者としての矜持や更に体調を崩しているアイナを前に気丈に振舞っている。医者の鏡とは彼女のことを指すのだろう。
「キュ、キュネイちゃん。俺もちょっとヤバいんだけど?」
「残念。私の手は二本しかないし身は一つだけよ。鍛えてるんだから頑張りなさいな」
「うぉぉ厳しいねまた……あ、ヤバい……うぷっ」
アイナとキュネイの後に、これまたふらつきながら船を降りてきたリードは、ビタリと硬直すると口を押さえながら大急ぎで桟橋の端から顔を出した。おそらく胃の内容物がまたひっくり返っているのだろう。よく見ると、彼女が顔を覗かせた付近の海面に魚が寄ってきていた。こちらもアイナと同じく酷い船酔いに悩まされており、航行中もよく魚の餌を提供していた。
「ほらほら、全部出してスッキリしちゃいなさい。あとでお水もらって来てあげるから」
「ありがとう、母ちゃん」
「誰がお母さんですか」
リードが弱々しくぼやくと、背中をさすったキュネイが的確にツッコミを入れた。
これまでの仲間の内で、キュネイは皆のお姉さんポジションではあったが、リードに対しては気の置けない同世代といった接し方だ。その分遠慮もないが、キュネイもリードもその間柄を気に入っているのは外から見ていても分かる。




