side braber(後編)──and holy sword
急を要する中、幸いだったのは直前ではあるもののレリクスらが王に具申を告げていたこと。
事態判明から王が遺跡へと動かせる人員を迅速に編成し向かわせる命令を下したのだ。
王の勅命によって急遽編成された兵たちを伴って遺跡に向かえば、溢れかえった厄獣が待ち構えていた。ある程度を倒したところでそれらを兵たちに任せ、レリクスは遺跡の奥へと向かった。そして待ち構えていたのが、二人の魔族であった。
「各地で魔族による暗躍が続いていることは私の耳にも入っていた。しかして、平和が長く続いた弊害か、危機感を抱ききれなかったのも事実だ。一抹でも考慮をしていれば対処のしようはいくらでもあっただろうに」
「ですが、悪辣な魔族はたった一人でも並々ならぬ力を秘めております。それが二人ともなれば、防備を万端にしていようとも大きな被害が出ていたには違いありません。どうあろうとも秘宝は奪われていた可能性が高いでしょうね。そう気を落とされませんよう」
シオンが述べた論は『たられば』の話であり気休めにしかならない。ただ、王が嘆いてばかりでは話も進まずに、表面上であろうとも落ち着かせる為に言葉を連ねた。
マユリとシオンが考察するところでは、魔族は勇者の旅の進路でこの国を通ることを加味して、このような回りくどい策を弄したのでは推測していた。
おそらく、秘宝が収められた遺跡の防備は、いかな魔族とはいえ楽に突破するのは難しかったのだ。そして仮に襲撃を企てれば、勇者の元に急報が届けられるのは容易く想像できる。となれば秘宝の奪取は困難となる。
もし万が一に奪取の失敗した後、ルナティス国王が秘宝を勇者に託したとあらば、さらに奪うのは難しくなる。そこまで考えていたかは不明だが、確実に秘宝を得る為に魔族らは厄獣の頻発を召喚陣で引き起こし、勇者が速急にルナティスへやってくるのを防いだのだ。
「王様。以前は話の途中で終わってしまいましたが、改めてお聞かせください。魔族が奪い去っていったあの秘宝とは一体何だったのですか。単なる値打ち物であれば、このような策を弄してまで奪うとは考えられません」
マユリの問いかけに、王は熟考する。魔族襲来の方が来る直前にも同じ質問をしたが、王はやはり惑いを見せていた。古くからの慣習であり半ば風化していたらしいが、今回の件でただの言い伝えではないのだと実感が湧いたのだ。
しばし黙り込んだ王ではあったが、やがては重い口を開く。
「『サンモト』という国に聞き覚えはあるか」
「確か、海に囲まれた小国と聞き及んでいます」
「断絶して久しいが、かつてルナティアとサンモトには国交が存在していたのだ。その縁にて託されたのが、奪われた秘宝『刻限の要』だ」
『刻限の要』そのものは単なる古びた短剣にすぎない。けれどもサンモトに封印された『何某』を解き放つ為に必要な鍵であると、ルナティア王家の伝承にはあるのだという。
「『刻限の要』が封印しているというモノが如何様なのかは、残念ながら伝わっておらん。もしくは、後世に名を残すのを恐れ、あえて失伝させたのではないかと学者は推測している」
確実に分かることは、サンモトには『何か』があるという事実だけだ
「もし封印が解かれれば、並々ならぬ災厄が振り撒かれると伝え聞く。具体的な内容はやはり失伝しているが、もしかすれば魔王復活に匹敵するとだけは記録が残っている」
王の口から発せられたただならぬ言葉に、レリクスたちだけのみならず、この場に居合わせた家臣たちも息を呑んだ。
単なる揶揄とも取れるが、他ならぬ魔族らが奪っていった事実が重く伸し掛かる。本当に魔王復活に並ぶ災厄かはさておき、甚大な被害を及ぼしかねないと、誰もが危機感を抱かずにはいられなかった。
「そんなに危なっかしい代物だったら、さっさと壊しちまえばよかったんじゃないですかね。その要とやらがなければ、封印を解くのも無理でしょうに」
ガーベルトが乱暴であるが明快な解決法を提示するが、王はやはり首を横に振った。
「そのような単純明快な手段で事が済めばどれほど良かったか。過去に要の破壊を幾度か試みたが、全てが失敗に終わったという」
ある者は誰の手にも届かぬ水底や、火を吹く山の溶岩に沈めた事もあったらしいが、『刻限の要』は導かれるようにサンモトに流れ着いたのだという。まるで封印された物と刻限の要が惹かれ合うかのように。
「故に、サンモトから離れた地にあり、かつ目の届く範囲で管理し続ける必要があった。そこで白羽の矢が立ったのが、当時に国交がまだ存在していたルナティアがその役を請け負うことになったのだ」
時を経てサンモトとの交流も薄れいつしか断ち切れたが、それでもなおルナティアは彼の国より任された秘宝の守護を続けていたのだ。
「それが、我が不徳でこのような事に……」
王は幾度目かになるか分からない、深々とした悔やみの吐息を漏らした。家臣たちも同様に、不安げな雰囲気が謁見の間に漂い出す。伝承そのものは知らずとも、慣習を軽く見た結果がこうであれば、刻限の要を収めていた遺跡の守護を軽んじていたのを否定はできない。
「まだ、封印が解かれたわけではありません」
レリクスの凛とした声は、不穏に苛まれた空気を霧散させた。聖剣の担い手たる勇者の声は、発せられるだけでも意味をなした。
皆が聞く耳を持ったところで、ガーベルトが意気揚々と言葉を継ぐ。
「封印ってのが解かれる前に、魔族どもから『刻限の要』を奪い返せば万事解決ってわけだ」
頷いたシオンとマユリも。
「幸いですが、刻限の要を擁した魔族が向かう先はサンモトだと推測できます」
「災厄の話が事実であれば、サンモトにも封印についての伝承が残されているはず。であれば、それを守護する者もまた存在するはずです。一朝一夕で封印が解かれるとは考えにくい」
ルナティスの面々が悲嘆に暮れる中、レリクスたちはすでに次の行動に移り始めていた。
「すぐに出立──と言いたいところですが、急いては事を仕損じると言います。ここはレリクスさんとガーベルトさんの回復に努めましょう」
「でしたら、魔力消費だけの私たちは、二人の怪我か完治するまでの間に、迅速な移動手段を確保ですね」
とんとん拍子に今後の方針を固めていく勇者たちに、王はハッとなり慌てて割ってはいる。
「だ、だが本来であれば我らが対処すべき責任だ。勇者殿たちの手を煩わせるには」
「魔王復活に並ぶ災厄と呼ばれる存在を捨て置くわけにはいきません。加えて、その封印を解く鍵が魔族の手に渡った以上、僕らの旅においても決して無関係ではありません」
──どのような状況でも希望を失わず、また周囲のものに勇気を与える者たち。差し伸べられた救いを求める手を取り、声なき悲嘆を晴らす。
──これが勇者なのだと、皆が改めて思い至る。
であるのなら、救いの手が伸ばされた側の者としても、黙って座しているわけにはいかない。悲壮が蔓延していた謁見の間には、いつしか『勇』の熱気が立ち込めていた。
「移動手段については、我らが全力を持って力添えをさせてもらう。近隣諸国にも通達を出し、サンモトへの道筋を確保しよう。勇者殿たちへの手助けともなれば各国としても無視はできんはずだ」
王も過去への悔やみを押し殺し、己が為すべき『前』を向き始める。事態は決して良いとはいえないが、最悪にまでは届いていない。であれば、やりようはまだあるのだと気がついたからだ。
「他にも、必要なものがあればルナティアの力が及ぶ範囲で可能な限り協力させてもらう」
「助力に感謝します、ルナティス王」
「なんのこれしき。我らが犯した失態を顧みれば微々たるものだ」
重たかった腰を上げた上げた王は、レリクスの前に歩み寄るとその手を掴む。
「頼む。サンモトに託された使命を其方らに押し付けるようで心苦しいが、必ずや『刻限の要』を取り戻してくれ」
「全力を持って果たさせて貰います」
切なる懇願を受け取ったレリクスは、力強く頷くのであった。
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聖剣レイヴァは思う。
『我が主人はやはり、かの英雄が気掛かりか』
不安かられたルナティスの人間たちを勇気づけ、悲嘆から掬い上げたレリクス。その姿はまさしく『勇ある者』に他ならない。
けれども、その奥深くに存在する感情にレイヴァは気がついていた。
遺跡の奥で魔族と交わした言葉が、今もレリクスの胸中で燻り続けている。
同郷の友であったユキナは、レイヴァとて知り得ていた。レリクスに比べて凡庸でありながら、『黒槍』を得た人間。最初は単なるその程度の認識であった。
あの黒槍は、聖剣に比べれば粗野で野蛮。主人が死地に赴くも止めることはせず、嬉々として囃し立てるような悪辣。担い手も早々に戦場で野垂れ死ぬのが関の山と考えていた。
だが、気がつけばあの男は勇者が『聖焔刃』を解放するよりも早くに黒槍の『大魔刃』を振るい、気がつけば常に勇者の前に存在を露わにしている。
レリクスは品行方正を絵に描いたような男だ。誰にでも分け隔てなく接し正義感も強く、悪意ある理不尽は決して許さず苦しんでいる目の前の人を助けずにはいられない。まさしく勇者にふさわしき人柄だ。
かつてレイヴァを振るっていた歴代の勇者もまさしくそうであった。魔王復活から始まる世の混迷を治め、世界の秩序と平和を守護する者。彼らに倣い、レリクスも必ずや後世に名を残す勇者になると、レイヴァは確信していた。
『よもや当代に勇者と英雄が並び立つとは』
だが、今代の勇者にとって異常であったのは、まさに『英雄』の存在。意図せずかそうではないのかは不明だが、レリクスの行く先々の影には多々、黒槍を携えた彼の男がチラついていた。
一つの燻りは小さくとも、幾つも焼べられればやがては業火へと変ずる。英雄の行動の数々が、胸中に押さえ込まれていた勇者にあるまじき『火種』を静かに、けれども確実に燃え上がらせているのをレイヴァは感じていた。
勇者が皆の求めに応えて力を振るう者。
英雄とは己が求めに応じて力を振るう者。
相反する在り方ながら、その歩みの背後には多くの者が心を動かされ従っていくのは同じ。
であれば、そのような存在が同じ世界の同じ時代に現れれば。必ず──。
『願わくば、マスターの『火種』が収まるまでに、英雄と会わない事を願うしか』
────レイヴァの願いが脆く崩れ去るまで、そう時間は掛からなかった。




