side braber(中編2)
ニルスは口元に顎を当てて、愉快げな笑みをレリクスへと向けた。
「運が良かったな。この二人は我らの中でも練達の部類だ」
これが煽りの一種であるのは、レリクスも理性では理解できていた。けれども、感情の奥深いところから湧き上がる衝動に抗いきれない。
「…………どういう意味だ」
「かの『英雄』に感謝することだ。彼奴がユーバレスとでこやつらを手負にしていなければ、今頃は貴様らのうちの誰から骸を晒していただろう」
レリクスの神経を最も逆撫でするであろうセリフを述べたニルスがサッと手を振ると、邪竜ヴリトラが翼をはためかせる。地を叩きつける剛風が吹き荒れ、魔族らを乗せた巨体が宙に浮き始める。
「目的の代物は手に入れた。であればこれ以上の戦闘は余分だ。失礼させてもらう」
「──ッッ、させるか! 悪滅の聖焔刃よ、来い!!」
真名を解放し、灼熱が身を焦がす激痛すら忘れ、聖剣を白焔を纏った長槍に変じるレリクス。その顔に浮かび上がるのは、焦燥と怒りの感情に相違なかった。
轟々と燃え盛る勇者の『怒り』を前に、ニルスは肌を焼く灼熱を感じながらも愉悦を含んで叫ぶ。
「そこが貴様の甘さだな! かの英雄であれば、ヴリトラが現れた瞬間にあの『黒き刃』を解き放っていただろうに!」
ヴリトラの喉が赤熱化し、開かれた顎から剛炎が吹き荒れる。レリクスは構わずに聖焔刃から白焔の一閃を解き放った。
──剛炎と白焔が衝突し、遺跡そのものを崩しかねない衝撃を伴う大爆発が起こった。
濛々とした煙が晴れると、仄かに光を帯びた半透明の膜に覆われた勇者達が五体満足で現れる。マユリとシオンは、レリクスが聖焔刃を使用した時点で危険を察知し、白焔が解放された直後に防御結界を周囲に展開したのだ。
「はぁ……はぁ……も、もう無理デス」
「いやはや……私も流石に在庫切れですよ」
マユリは荒く息を切らせ、杖を支えにするも耐えきれず膝をつく。シオンも全身に力が入らないようで、尻餅をついた体勢で項垂れていた。
二人が残った魔力の全てを防御結界に注ぎ込まなければ一行は壊滅的な被害を受けていた。白焔の使い手であるレリクスとて無事では済まなかっただろう。
あれほどの大爆発を経てなお、遺跡は十分以上に形を保っていた。爆圧が開いた天井から抜け出したのも幸いだったのだろう。けれども、この場には勇者一行以外の姿はもはやなかった。魔族らはともかく邪竜の巨体があれば、あの爆発に巻き込まれれば肉体の一部が転がっているはず。だがそれも存在していないともなれば、逃げおおせたと見て間違いないだろう。
「…………今回はしてやられたな、レリクス」
ガーベルトは大剣を背負うと、邪竜が消え去った天井の大穴を睨みつけるレリクスに歩み寄る。あの爆発そのものからは守られたが、直前に解放した白焔の余波で防具の隙間から覗いている肌は焼け焦げている。おそらくは防具の内側も酷い有様だろう。
「魔族の捨て台詞なんぞ、さっさと忘れちまえ」と、疲労で関が緩んだガーベルトの喉からこぼれ落ちそうになる。下手な気遣いは今の彼にとって逆効果だ。
レリクスは痛みすら放り投げ、険しい表情で空を見上げていた。
魔族との戦闘が明けて一夜。レリクスたち『謁見の間』に赴いていた。
レリクスとガーベルトは軽装ながら、体の至る所に包帯を巻いており、マユリとシオンには目立った外傷こそなかった激しい魔力消費の影響で未だ重い気怠げさがのしかかっていた。全員が痛々しい姿を晒しながらそれでも早急な事実確認のために、消耗を押して『王』と話す必要があったのだ。
「申し訳ありません。秘宝を奪われてしまいました」
「謝るのはこちらの方だ、勇者殿」
首を左右に振るのは、レリクスたちが旅の道程で訪れた国『ルナティス』の王だ。
玉座に腰を下ろす老齢の君主は深刻な面持ちを浮かべていた。
「よもや、一連の騒動の狙いはかの『秘宝』を奪うことにあったとは……。古くからのしきたり故に、どこか軽んじていたのも否定はできないか。先代の王たちになんと詫びをすれば良いか」
ルナティスでは、此処しばらくで厄獣被害が増加していた。
普段は見ないような個体も頻発しており、傭兵だけでは対処しきれずに国の兵も駆り出されている現状。明らかに異常事態ではあったが、傭兵組合も国も人手が回らず、また厄獣の瀬近いからして増殖期にあるのだろうと積極的な調査に乗り出していなかった。
そこで奇しくも現れたのがレリクス率いる勇者一行である。
王は深く悔いを含んだ表情を断ち切ると、レリクスたちに向けて改めて眼差しを向ける。
「目の前の対処にかまかけ、大事を見逃していた我らの油断が此度の失態を招いたのだ。勇者殿らが気に止む必要はない。むしろ、そなたらが居なければ、被害は秘宝を奪われるだけに留まらなかっただろう」
「そう言っていただけると、僅かばかりですが慚愧の念が軽くなります」
調査に乗り出したレリクスたちは、厄獣が頻出する地域に隠された召喚の魔法陣を発見。まさしく、王都で魔族が使用していたものに非常に酷似していた。
そしてさらに調査を進めれば、国内で一箇所だけ厄獣の出現数が少ない地域が存在していた。
国が管理している古びた遺跡。常に一定数の兵士が駐在し、この国では王城に次いで防備が固い場所だ。
けれども増加した厄獣の対処のために、今は通常に比べてかなりの手薄となっていた。
厄獣頻発を引き起こした犯人の狙いは遺跡にあると睨んだレリクスたちは、ルナティスの王に問うた。
王が語るに、遺跡の奥には門外不出の『秘宝』が祀られている。決して国外に持ち出してはならない禁忌であると。
ようやくことの重大さに気がついた王は伝令を発し、遺跡の防備を再び固めるように命令を下したが、状況はその命令が実行されるよりも早くに転じた。
正体不明の何者かによって遺跡の屯所が壊滅的な被害を被ったと。
状況を顧みて、襲撃者が魔族であるのはもはや疑う余地はなかった。




