side braber(前編)
アークスを出立してしばらくの時間が経過した。
魔王復活に備え各国の協力を取り付け繋がりを強化する一方で、水面下で暗躍する魔族の企みを阻止する旅。いくつかの国を訪問した中で、既に何度か魔族との邂逅を果たしていた。
そして──。
「さすがは勇者と名高き一行。一筋縄ではいかんか」
「かっはっは! 病み上がりで相手するにゃぁ、ちょいと荷が重かったか!」
語るのは、石壁をも容易く両断する鋭く長い爪を備えた男。そして、左腕を鋼鉄化させ、右腕が鎧の男。どちらも頭に二角が生えており、偽りなく魔族である証左であった。
相対するのは当然、レリクス率いる勇者一行。
先頭に立つ勇者を始め、誰もが傷を負い息を乱している。闘志に翳りこそなかったが、消耗の激しさは見るからに明らかであった。
「やっぱり一筋縄ではいかないな。強い……」
聖剣レイヴァに白焔を纏わせながら、レリクスが悔しげに呟く。
魔族との戦闘は何度か経験していたが、単体での戦闘力においてはやはり人間を上回っている。連携の取れている四人で挑んでいると言うのに、人数で劣っている魔族側を押しきれていない。むしろ消耗はこちらが激しいようにも感じられていた。
「間違いありません。前にユーバレスを乗っ取ろうとしていた悪徳商人の話。その時に暗躍していた魔族と、あの二人の特徴が合致します」
直前の攻防で怪我を負ったガーベルトに回復魔法を施しながら、シオンが言う。
「お、もう話が伝わってるのか。俺たちも有名になったもんだぁバエル」
「ワイス、おそらくこの場合は『悪名』の方が正解だな。勇者側の立場からすれば俺たちは紛れもなく悪党に相違ない」
「はっ、違いない!」
冷静に語る爪の魔族も、陽気に笑う鉄腕の魔族も決して無傷ではない。バエルの爪は何本か欠けており、ワイスの鉄腕にも罅が生じている。裂傷も受けており白焔で焼かれた跡も生々しい。
けれども、どうしてかレリクスらに比べてどことなく余裕を抱いていた。
「マユリ、大丈夫か?」
「これでも宮廷魔法使いの端くれ。まだまだ余裕です」
レリクスの声にマユリは威勢よく答えるが、頬を伝う滝のような汗が強がりであることを証明していた。
魔法使いの役割は魔法を使うことだけにあらず。戦場の全体を把握し的確な判断で魔法を用いることにある。魔族二人との戦闘においても、攻めにおいても守りにおいてもその判断力は遺憾無く発揮されていた
だが、ガーベルトが負傷した際にはトドメに走るワイスを引き剥がすために高威力の魔法を続け様に放った。それまでの激しい攻防で幾多も魔法を使用しており、魔力がそろそろ限界に達するはずだ。
「くそっ、僕がもっとしっかりやれていれば」
白焔そのものも、白焔を纏った剣戟はあらゆるものを焼却しあるいは切断しうる必殺の一撃。けれども当たらなければ意味がない。掠めはするも身に届かず、レリクスは歯噛みを抑えきれなかった。
「新調した腕の具合を確かめるにゃぁちょうど良かったか。並の相手じゃ楽すぎてどうにもならなかったが、勇者が相手ともなりゃぁ十全すぎるか」
「あわよくば一行の一人でも始末を……とまでは流石に贅沢が過ぎか」
レリクスらの険しい視線を浴びていながら、魔族らの雰囲気はやはり明るい。
決して油断をしているわけではない。
その証拠に、二人はレリクスらに対して攻撃を止めている。
前衛を務めていたガーベルトが一時的に下がっている為、攻め時ではある。それはわかりきっているだけあり、レリクスは白焔をマユリは大魔法を準備し待ち構えている。無為に踏み込めば手痛い反撃を受けるのは確実であった。
冷静に状況を見据えてはいるが、やはりそれだけでは無かった。
「しかしあれだな。確かに強いは強いが……」
「言わんとするところは分かるつもりだ。先日のと比べれば、いささか軽いか」
ほんの呟きに近しい魔族らの言葉。
ただ不思議と、レリクスの耳にするりと入り込んだ。
噛み締めていた歯が自然と解かれ、騒つく胸中から込み上げる衝動のまま、レリクスはふと口にした。
「…………一体、誰の話をしているんだ」
思いもしなかった勇者からの問いかけに、魔族らがきょとんとした顔になる。
「おん? 聞こえてたのか」
「ユーバレスとの話は届いているようだが……どうやら詳細は伝わっていないか」
「……ああくそ、改めて思い出したら付け根が疼いてきやがった」
そう言って、ワイスは鎧に覆われた腕の肩口を抑える。レリクスたちと戦っている時にはまるで見せなかった、燃え盛る感情がありありと浮かび上がっている。
しかし、それ以上に感情を揺らめかせているのはレリクスだ。剣を構える姿に翳りはなく、けれどもその澱みをバエルは見逃さなかった。




