第二百四十八話 ぞんぶんにいちゃつく為ならどこへでも
「黒刃よ……一体どういうつもりだ」
「魔族が出張ってくるってんなら、俺らだって無関係を貫けねぇ。奴らに担ぎ上げられたオタクの兄貴らが将軍になったとして、碌な結果になるとは考えにくいからな」
ブレスティアやユーバレス、あるいは各所で起こった魔族にまつわる事件は、どれも一歩間違えたり対処が遅れていれば大惨事に発展していたものばかりだ。
サンモトにおいても、とてもではないが楽天的に静観することはできない。
「それで、本音は?」
「うちのミカゲがいつまでも暗い顔をされちゃぁ堪らねぇのよ。後顧の憂いはキッチリ断って、心置きなく存分にいちゃいちゃしてぇの、俺は」
キュネイに促されて、俺は大きな本音を堂々と述べながらミカゲの肩を掴んで体を引き寄せた。僅かに硬直したものの、彼女はそのまま俺に身を預けてくれた。
最初に口にした件も真面目な理由だが、大真面目な理由は後者の方である。
俺の行動原理はいつだって単純だ。身近にいる大切な誰か。そして離れていても想いを寄せる人。それらが気兼ねなく、屈託なく笑っていられるのが一番大事なのだ。
惚れた女の心残りを解消する為であれば、外の国にだって乗り込むのだって躊躇いはない。
「もちろん、色んなものにケリをつけた時は、きっちり頂くもんは頂くがな。報酬は弾んでもらうぜ、次期将軍様」
「お前という奴は……どこまで儂の心を震わせるというのだっ」
ロウザは立ち上がると、泣き笑いのように顔を歪めると俺の両肩を掴んだ。今度ばかりはミカゲも止めなかった。
すでにゲツヤ達を連れてサンモトに帰る決意を固めていたところに、俺からの存外の申し出が出てきて感無量といったところだな。
「渡りに船とはまさしくこのことだ。お前のような益荒男が共に来てくれるのであれば、儂は万の兵を味方につけたのと同じだ」
「そいつはまた随分と高く見積もられたなおい」
「いいや、これは実際に戦った儂からの正当な評価だ。謙遜せずに受け取れ馬鹿者が」
喜びを表したのも束の間、ロウザの眉間に皺が寄った。
「だが……本当に良いのか? 儂が言うのも妙な話だが、いくら傭兵として付いてくるとはいえ、何かと都合が悪いところも出てくるだろう」
「あ──……その辺りはどうなんだ、アイナ?」
『そこはアイナに任せるのかい!? いや、妥当だけども』
この中でアイナが最も政治的な判断力に優れているのは疑う余地もない。
「これが単なるサンモトの後継争いでありお家騒動であれば、傭兵としての立場はあれど内政干渉と捉えられる可能性も無くはありません。けれども、ここに魔族の暗躍が絡むとすれば、どのような形であれ介入することへの大義名分を得ることは可能かと」
アークスは勇者を輩出する国として、他国へ魔族が関わる事件への強い発言権を有している。逆を言えば、魔族が関わっていると証明できれば、多少の無理は押し通せるということだ。
皮肉な話だが、魔族の存在こそが俺たちをサンモトのお家騒動に加わるきっかけとなったのである。
と、そこで俺は別の問題点に気がついた。
サンモト側では無く、俺たち側の話ではあるが。
「キュネイ。普通に付いてくる気満々な反応だったけど、診療所の方はどうするんだ」
傭兵である俺やミカゲはともかく、キュネイの本業は町医者だ。おそらくユーバレスの時よりも長い時間を費やすことになるが、その間は診療所を開けない。
「それについては問題ない──って言うのも変な話だけど」
と前置きをするキュネイ。
「この前の襲撃で診療所が壊れちゃったじゃない? 調べたら損傷箇所が結構多くて、修繕が全て完了するまで開院するのは見合わせることにしたのよ」
「その件については重ね重ね申し訳ない」
申し訳なさに頭を下げるロウザに、キュネイはパタパタ手を振りながら笑う。
「いいのよ。建物自体は中古物件だったし、傷んでいるところも結構多かったの。どこかの機会に工事するつもりだったから、この際まとめて全部改修することにしたわ。費用は全額負担してくれるんでしょ?」
「無論だとも。金だけは潤沢以上にあるからな。賭場で大勝ちした分をどう使い切るか迷っていた所だ。言い値でキッチリ払わせてもらう」
どれだけ稼いだんだよこいつ、とドン引きする俺である。
曰く、旅先で稼いだ金は旅先で消費し切るのがロウザの流儀だとか。
「私のところ以外にも、街には他の診療所はあるわ。顔馴染みの医者に話を通しておくから大丈夫。あちらも、普段よりも患者が増えて喜ぶでしょうね」
腕はキュネイに及ばないが、町医者としては十分な腕を備えているとはキュネイの談だ。急患が来ても対応が可能と言うことで、こちらについては問題がないようだ。
「もちろん俺も行くぜ。これ以上の置いてけぼりは御免だからな」
リードも意気揚々に同行の意を示す。駄目って言っても無理やりついてくる勢いだ。
「そいつは構わないが……傭兵団はどうすんだ」
さすがに大所帯になりすぎるので、団員達を連れて行くのは難しい。
「あいつらにゃ、王都での地盤固めをさせるさ。俺がいなけりゃ、あいつらも伸び伸びと働けるだろうしな」
なんだかんだで団員達から慕われているリードだ。気が楽になるかもしれないが同時に寂しがりそうな気もする。
一通りがまとまったところで、俺は改めてロウザに声を向けた。
「ってな感じで、戦力的な意味じゃぁちょっとしたもんじゃねぇか?」
両手を広げ、仲間達をロウザに示す。
「いやはや……まさかこのような展開になるとは予想だにせんかった」
ロウザは俺たちを見渡し感嘆の声を溢した。
「ミカゲよ……お前は本当に良い連れ合いを見つけたな」
優しいロウザの言葉に、ミカゲが口元に手を当てた。
「改めて謝罪しよう。お前の意思を無視して話を進めた事、本当に申し訳なかった」
「よいのです。あなたからの謝罪はもう十分以上に受け取りましたから」
かつての主君の下げた頭に、ミカゲは首を左右に振った。
ロウザはさらに言葉を連ねる。
「そして礼を言わせてくれ。お前がいたからこそ儂は黒刃と相見え、これらの心強い助力を得る事ができたのだと。かつての忠臣に向けたものでは無く、友として感謝する」
「……であれば、私は友としてあなたの助力となりましょう、ロウザ」
この時、ロウザとミカゲの二人を結んでいた主従の繋がりは完全に断ち切られ、新たな関係を結んだのがわかった。ミカゲもそれを受け入れたからこそ、ただの『ロウザ』と過去の主君の名を呼び捨てにしたのだ。
「異論はないな、ゲツヤ」
「……我が主人の御心のままに」
粛々とロウザの言葉を受け入れたゲツヤ。けれどもその眉間にはこれまでの皺が和らぎ、紛れも無い微笑みが口元に浮かび上がっていた。




