第二百四十七話 拳を交えたらなんとやら
諸々を飲み込んだであろうカランが吐き出した息は、聞くだけでも重苦しいものであった。
「随分と都合の良く使ってくれるものだな。──が、良いだろう。組合は国政に関わらない方針ではあるが、かと言って無用に国が混迷するは望むところではない。この件はしばらく、私の胸の内に留めておこう」
「恩に着る、カラン殿」
傭兵組合だって、活動する上では国の一部を間借りしているようなもんだ。国家規模での騒動が起これば、組合の運営にだって支障が及ぶ。
「……儂とて、兄上らと進んで争いたいわけではないのだ」
ロウザの口から苦悩を含んだ声が漏れ出す。
「以前に兄上二人共から、国政にまつわる指針の思惑はそれとなく聞いていた事がある。その中で納得に至る点もあった」
方針は違えど、サンモトを想う気持ちは皆等しく。どれもが、祖国をより良いものへと導こうとする将軍家としての使命感からくるものだった。
「しかし、なればこそ兄上らに将軍の座を明け渡すわけにはいかんのだ」
自身の中の惑いを振り払い、ロウザは胸中の決意を露わにする。
「仮にサンモトが独立独歩を貫けば、やがては周辺諸国に大いに遅れをとることとなる。世界から孤立していては、サンモトに未来はない。百年前に開かれた『門』を、再び閉じるわけにはいかんのだ」
自然と室内は静寂に包まれ、誰もがロウザの話に聞き入っていた。
「故に、儂はなんとしてでも将軍を継がねばならん。サンモトの行く末を守るためであれば、兄上達と矛を交える所存だ」
話術とか声量とか、そう言った次元ではない。気がつけば皆、ロウザの声に意識が吸い込まれている感覚だった。
頭に過ぎるのは、アイナが大勢を前にして話をする時の場面だ。彼女の声も、不思議と人の耳に滑り込むのを思い出す。
『いわゆる魅力ってやつさ。多少は訓練でどうにかなるが、こいつは天然モノだ。次期将軍ってぇのは肩書きだけじゃぁないってこった』
静まり返った空間で、俺の頭の中にグラムの賞賛だけが響いた。
このロウザという男そのものに、王としての片鱗があるのを、俺は感じたような気がした。
『ま、相棒は言葉じゃ無くて背中て語るタイプだからな。その点で語れば、相棒にも十分以上のカリスマってのはあると俺は思ってるぜ』
「実際問題、このまま戻って順当に王様になれる目処はあるのか?」
「父上には公式の場にて、儂を後継とする声明を発してもらうつもりだ。当然、兄上らの陣営から妨害が予想されるが──どうにかするさ」
ロウザ達は最も信頼できる人間であるミカゲを引き入れようとしてアークスまでやってきた。それが叶わなくなった今、限られた手勢で事を成さなければならなくなった。声の硬さから旗色の悪さが伝わってくる。
ふと、ミカゲの様子を伺うと、これまた分かりやすいほどに思い詰めた顔をしていた。
ミカゲの身柄にまつわる決闘は俺の勝利に終わり、ロウザについサンモトへ赴く義理は無くなった。けれども心情としてはやはり、ロウザの身を案じる手はいるのだ。幼い頃から主従としてだけではなく、一番身近な人間として過ごしてきた相手だ。兄ゲツヤに対しても、存在していた蟠りも彼のあまりに不器用すぎる兄心故と分かった。
さらにここで付け加えておくと──俺としてもこのままロウザを見送るというのはどうにも後味が悪くまた収まりもよろしくない。
正直な所、ゲツヤが王都にやってきてからの時間は、俺にとっても悪くないものであった。賭博好きで騒がしいやつではあるが、旅立ってしまったレリクスや、兄弟分の盃を交わしたニキョウと話しているときは違った楽しさがあった。
知り合ってから短い期間ではあるものの、ロウザのことを『悪友』のように思っているのだ。
『拳を交えたらズッ友ってかぁ! いやぁ、熱い展開じゃねぇか!』
グラムが茶化してくるが、残念ながら全くもって言い返せない。
試しにアイナとキュネイにも目を向けるが、俺の顔を見るなりに笑みを浮かべて頷いてくるのだ。どうやらこちらもグラムと同様で、俺がこれから口にする内容を予想しているようだ。
先ほどのカランではないが、諸々の躊躇いやら悩みを全て飲み込んでから、深く息を吐き出す。ハッとなるミカゲの頭を安心させるようにポンポンと柔く叩いた。
「カラン。質問だ。仮に俺らがロウザからサンモトまでの護衛を依頼された場合、組合的には問題があるか?」
「「「──っ!?」」」
カランのみならず、ロウザとゲツヤ、そしてミカゲも目を見張り驚愕を露わにした。
「……て、手続き上であれば、規約に反する点はない。サンモトには組合は存在しないが、護衛ともなれば支払いはロウザくんが依頼完遂後に現地で行えば良い。だがしかし」
事務的には認めつつも、他の観点や事の大きさから強い躊躇が生じているのだ。気持ちは痛いほどわかるしいつも世話をかけるが、少なくともロウザの依頼を受ける分で問題がないのであれば俺としては十分だった。




