第二百四十六話 聞かなかった事にして不貞寝したいらしい
語られた内容に真っ先に異を唱えたのは、リードであった。
「そう簡単に行くかねぇ。マフィアだって、面子を潰されりゃぁいくら相手が無関係を貫こうが落とし前を付けさせるぞ。じゃなきゃぁ他のマフィアに舐められるからな。ユキナも分かってんだろ?」
「一応、ギリギリ着いてけてる感はある」
例えがマフィアであるあたりは実にリードらしいが、規模が身近であるだけに分かりやすい。裏社会の構造は表の縮図に近いものがあると、最近学んだばかりだからな。
「指摘の通り。下の兄は国交を最小限にとどめる『鎖国』を考えているが……上の兄は、サンモトを閉じる為であれば戦も辞さないという姿勢だ」
「まさかそんな……平定されたサンモトを、再び戦の世に戻すおつもりなのですか!?」
サンモトの歴史を学んでいるだけあり、これに顕著な反応を露わにしたのはミカゲだ。そんな彼女に、ロウザは努めて落ち着いた声色で対する。
「落ち着けミカゲ。あくまでも『迎え撃つ』だ。……サンモトは周りを海で囲まれた島国であるからな。戦に発展したところで、守護を固めて立て篭れば外からは攻めにくいものよ。ここ近年は諸外国からの技術流入のおかげで、兵器開発も進んでいるからな」
本来であれば厄獣に対処する為のものであるが、そうしたものは少しの改良を加えれば容易く対人兵器にへと転ずる。ただ矛先が変わるだけだ。
「ただし、来るのであれば戦さを辞さないというのが上の兄の掲げる方針だ。これほどではないにしろ、下の兄もある程度の実力行使を視野に入れているのは間違いない。どちらにせよ、国を閉じるという意味では、あの二人は目的を共にしているのだよ」
他国との戦をもってしてでもロウザを廃し、サンモトを閉じようとしているのだ、ロウザの兄達は。素人が聞いてもかなり乱暴策だ。
「この場にいる皆もなんとなしに分かっているだろうが、サンモトは立地の性質も相まって、他国との交流がこれまであまりなかった。百年ほど前までは戦続きでそれどころではなかったしな」
当時のエガワがサンモトを統一し、将軍の地位についてからは、まだ各地に散発していた戦の芽を刈り取り国を平定することに努めていた。
「親父殿は他国との交流を積極的に行い、さまざまな文化や技術を取り入れてサンモト発展の糧となればと考えている。この辺りについては儂も同感だ。親父殿が引退し儂が地位を受け継いだのちも、この政策を続ける方針だ」
事実、外国との交流を始めてから、サンモトは目覚ましい発展を遂げている。農業や工業に新たな技術を取り入れることで、国は間違いなく豊かになっていた。
「しかし、兄上達はこの方策を良しとはしていない。親父殿にも幾度となく進言しているのを聞いたことがある。サンモトは独立独歩を貫くべきであると」
「そうして、サンモトの後継を巡る今回の対立に繋がるわけか」
「儂を排すれば残った兄二人で今度は継承権争いが起ころうが、とりあえずは儂を潰すことを最優先にして手を組んでいるのだよ」
「これが儂の取り巻く状況の概要だ」とロウザが締め括った。
しばらく室内が静まり返る。
想定よりもずっと重苦しい話を聞かされて、ぶっちゃけ俺としてはもうお腹一杯である。頭の片隅で「聞かなかった事にして今すぐ布団にくるまって寝たい」と叫んでいた。グラムが所々に念話で補足を繰り返してくれなければ、目を回していた。
「……私たちに諸々を語るのはまだいいんだけど、カランさんを同席させたのはいいのかしら? 私も全てをしっかり理解できているわけじゃないけど、カランさん的には聞かされても対応に困っちゃうんじゃないかしら」
俺たちが目を向けると、カランは腕を組んで目を瞑り、これでもかと眉間に深々と皺を掘り込んでいた。見るからに悩んでいる。
ミカゲのこともあるから、ロウザの裏事情を俺たちが把握するのは良い。ただ、カランは割と巻き込まれた形だ。色々と便宜を測ってもらって非常に助かりはしたものの、ここまで深い話を聞かされる立場にあったかは分からない。
そして、彼は傭兵組合においては重鎮だ。王国政府とは別系統の組織とはいえ、ロウザからもたらされたサンモトの情報を同処理するのか。隠し立てするべきか、政府に陳情するか。
「もともと、それなりの地位にいるものに非公式で兄上達の思惑とサンモトの現状は伝えるつもりだった。儂が無事に将軍地位についた際、あるいは仕損じて兄上達に地位が移った際には王国政府に話が通ずるようにな」
「しばらくは知らぬ存ぜぬを通せと。実に勝手な話だ」
「握りつぶせというのではない。機を見計らってほしいだけだ。時期次第では、サンモトへの心象がだいぶ変わるだろう?」
どういうことですかグラム先生。
『誰が先生じゃい。……ロウザが将軍になりゃぁ、諸々の責任を兄貴達の暴走って形にして謝罪に持ち込める。んで、色々まかりとおって兄貴達が将軍になっちまったら、以降におけるサンモトとの接触には細心の注意を払えって予め忠告の形になる』
何も知らずに国交しようとしたら向かわせた船が攻撃されて沈められました──ってなったら、それこそ戦争に発展しかねない問題になり得ると。その予防策として、予め情報をカランに伝え、しかるべき時まで伏せておくのだという。
小説書くのって難しいと、常々思い知っておりますし、ここ最近の話を書いているとなお思い知らされます。
何卒ご容赦ください(超言い訳)。




