第二百四十二話 不器用で武人な兄
先日の決闘で明らかになったが、ゲツヤは表面上は冷静に見えても内面には激情を宿している。この辺りは妹であるミカゲとそっくりだ。そして、普段は落ち着いているが、主君に害が及ぶと、割と簡単に箍が外れるらしい。
「初対面や付き合いの浅い人間だとコロっと騙されるのですが、兄者もロウザ様と負けず劣らずの問題児でしたよ。まぁ、歴代シラハの人間というのは、激情気質の者が非常に多いとか」
シラハとは『抜き身の白刃』。
『主君』という鞘に収まることで、人として在ることが許されるのだという。
エガワ家に使える前は、戦場において人を斬ることに
「乱世においては白刃の剣を向ける先を定め、そして太平では迎え入れる鞘となるのが主君の役目。勝つつもりで果し合いに臨んだとはいえ、敗北した際の立ち回りを厳命していなかった儂の落ち度よ」
「そういう時の制止が、サンモトにいた頃の私の役目でした。まったく、本当にお変わりのないようで」
ロウザの謝罪とミカゲの小言に晒され、無言で厳格な面持ちを貫くゲツヤではあったものの、耳と尻尾は力無く垂れ下がっていた。相変わらず獣人──というか、シラハ兄妹は分かりやすい。場違いだが、ちょっとほっこりした。
と、和んでいる場合ではなかったな。
ロウザはさらに続ける。
「ミカゲにも諸々、申し訳ないと思っている。こやつの不器用で言葉足らずの態度を煩わしく思っていただろうに。挙句、妹の腕を切り飛ばす始末。全てが全て、儂の配慮が不足していたせいだ」
「……腕を切り飛ばされたこと自体はもう結構です。こうしてキュネイに治してもらいましたし。結果的には兄者に勝てたのですから、私個人としての感情にはケリがついております。もっとも、約定を違えたのには相違ないので、何かしらの咎は受けてもらわなければならないでしょうが」
主君同士の約定を保護にしようとしたゲツヤに、本来であれば俺からも何かしらの罰を付けさせるのが筋ではあろうが、結果的にミカゲが悩みや迷いを乗り越える契機にはなったので、命を貰うほどは臨んでいない。ただし、この辺りをなぁなぁに誤魔化すと互いにスッキリしないのは確かだ。いつか何かしらの形で返してもらえれば良いと考えている。
「言い訳にもならないだろうが、主君として誤解だけは解いておきたい」
「誤解?」
頷き、一度のゲツヤに視線を投げてから、前のミカゲに向き直るロウザ。
「見ての通り不器用で無愛想な男だが、それでも妹であるお前のことは大切に想っているのだ。サンモトから飛び出す以前よりずっとな」
「ろ、ロウザ様!?」
「お前が言葉足らずすぎるから、儂がこうして伝えているのだ。今は口を挟むな」
大きく狼狽えるゲツヤであったが、ロウザがピシャリと黙らせる。
「この際だからハッキリさせておこう。ミカゲが剣の道を歩くのをゲツヤが快く思っていない理由が女だからではない。単純に、妹が傷ついてほしくない一心だったのだ」
「「「えっ?」」」
ミカゲを除いた俺たちは間の抜けた素っ頓狂な声を発していた。てっきり、サンモトの風習が原因とばかり思っていたからだ。
「……ロウザ様に言われずとも、あの立ち合いで理解できましたよ。本当に口下手な人だ」
話を向けられていた当の本人は、むしろ納得した様子である。お前、その兄に容赦無く腕をぶった斬られてたんだぞ。
「こやつは昔からお前が可愛くて可愛くて仕方がないのよ。だからこそ、剣の道から遠ざけたがったのだ。いつか取り返しのつかないことが起こる前に、とな。たとえお前が男──弟であったとしても変わらんかっただろうさ。まぁその場合、もっと早い段階に、力尽くで剣を取り上げていただろうが。それこそ腕の一本は持っていってたろうよ」
「まさか……剣を握る腕が無ければ、戦いの場に赴くこともできなくなる──なんて言うつもりではないでしょうね」
「この国の人間──特にキュネイ先生のような方には受け入れ難いかもしれないが、サンモトの武人たちにとっては珍しくない考えだ」
キュネイが顔を青ざめ引き攣らせつつ問いかけると、ロウザは躊躇わず肯定した。サンモトの人間、ちょっと覚悟がキマリすぎてはいないだろうか。
と、そこまで聞いたアイナがハッとする。
「じゃ、じゃぁまさか。ほとんど初対面に近いユキナさんにああも敵視していたのは──」
「お察しの通りよ、アイナ嬢。こやつが黒刃に敵愾心を剥いていたのは、妹に悪い虫が付いたことに苛立つ兄心よ。まったく、いつまでも妹離れできない男だ」
話を聞けば聞くほど、厳格な兄という印象が崩れていくな。これもう、ただの不器用な『妹大好きお兄ちゃん』の話になっている。
ゲツヤはもはや耐え切れず俯いているが、僅かに覗く頬が羞恥の赤に染まっているのは誰の目から見ても明らかであった。
「もとより、一対一の決闘で負けた身であり、その上で配下が無様の上塗りをした手前だ。今更にゲツヤの想いを汲み、サンモトに着いてきてくれと曰うつもりは毛頭ありはせんよ。これまでの態度を許せともな」
一頻りに語り終えたロウザは、正座を正しながら真っ直ぐにミカゲを見据える。
「ただ、ゲツヤなりにお前を想う気持ちはあったのだと、心の片隅にでも留めておいてほしい」




