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第二百四十一話 決着の後の話──実は結構こちらも大概だったらしい


 俺の腹の傷は、『隠し刀』の切れ味とロウザの卓越した技量も重なり見た目よりも遥かに軽傷であった。全身の痛みももはや慣れたもので、キュネイの回復魔法によって三日もすれば完治していた。ロウザに至っては、目立った外傷は頭突きの一発による打撲(タンコブ)だけで、翌日には覚醒していた


 少し時間を要したのはミカゲとゲツヤの白羽兄妹の方だ。


 程度の度合いを見ればゲツヤは俺よりも重傷だった。出血量も多く、回復魔法を併用しても満足に動けるようになるには一週間を要した。


 そして、右腕を断ち切られたミカゲも同様だ。ゲツヤの太刀筋は鋭く、切断面は非常に綺麗であり、当人(ミカゲ)が考えていたようにキュネイの技量があれば接合はさほど難しい者ではなかった。


 ただし、一時とはいえ体を欠損させるという事は、それだけ当人に大きな負荷(ダメージ)を与える。腕を斬られる前の動きを取り戻せるかはミカゲ次第──とキュネイは言っていた。それでもミカゲは前向きであった。腕の一本で兄に勝てたのは僥倖であり、右腕が動きを取り戻すまでは左腕の鍛錬になると息巻いていた。


 そして余談ではあるが、今回生じた怪我人の治療のため、キュネイは淫魔サキュバス形態のまま全力で治療に勤しんだ。この事実にロウザもゲツヤも驚いていたが、ゲツヤはともかくロウザの方は『さすがは俺の認める益荒男よ』と笑っていた。


 でだ。その全力で治療に当たるため、俺はこの一週間近くひたすらキュネイに吸精され続けていた。滋養強壮のある食べ物をひたすら食べ続け、そのそばから接吻(キス)で体力を吸われ、回復したキュネイが回復魔法を施すというサイクルである。


 かなり過酷(ハード)な日程であったが、これは俺が無茶したことへ、キュネイからの罰という事だったので甘んじて受け入れた。一方ミカゲは、腕がくっついた時点で丸一日は硬い床の上で正座をさせられていた。俺たちに比べて慣れているとはいえ、起きてから寝るまでの間の正座は酷だったようで、最後はちょっと青ざめていた。


 ともあれ、結果だけ見れば犠牲者が出るようなこともなく無事にミカゲを守ることができた。これで万々歳で一件落着──とはいかなかった。


 決闘が終わってから一週間。ゲツヤが動けるようになると、ロウザは俺たちを組合に呼び出した。秘匿性が高いということでまたもやカランの執務室を借りての事なのだが。


「此度は、うちのゲツヤがまことに申し訳ないことをした!!」


 と、部屋に入った俺たちの顔を確認した途端、ロウザとゲツヤは両手両足、そして頭を床に擦り付けるようにし謝罪を述べてきたのだ。サンモトにおける、非礼を詫びる際における最大の所作である『土下座』というやつだ。


「……えっと」

「儂が意識を取り戻した時点で頭を下げる(こうする)べきであったが、キュネイ先生のお言葉に甘え、ゲツヤが回復するまで待たせてもらった」


 俺が反応に困っている中、ロウザは額を床に付けたまま話を進める。


「本来であればゲツヤに腹を切らせ、儂も指を詰めてでも詫びをせねばならないところだが、故あって儂の身は儂だけのものにあらず。そしてこのような馬鹿な男であろうとも、ゲツヤは儂の大事な配下だ。よって、今はこうして頭を下げる以外の方法が無いのが現状だ」


 見栄や外聞をかなぐり捨て、捲し立てるように口上を述べる。それだけにロウザの真剣さが伺えた。


「約定の通り、儂らはミカゲのことを諦めて去ろう。だが、サンモトで事を成し終えたら改めてこの地に戻り、此度の狼藉を精算させてもらう。それまでどうか、ご容赦願いたい」

「ご容赦っつってもな……」


 道理を説くのであれば、ゲツヤとその主であるロウザに対して何かしらの咎を与えて然るべきなのだろう。ただロウザには申し訳ないが、実はそのことに対しては今の今まで割と考えていなかった。


 あるいは考える余地がなかったと言い換えられるか。治療に専念する為にキュネイにかなり精力を吸われて連日疲れ果てていたのもあるが、結構深刻な問題が発生していたのだ。ロウザに呼び出されていなければ、こちらから足を運ぶつもりでもあったのだ。


 意見を求めようとミカゲに眼を向ける。今の彼女は、右腕を首から下げた布で吊り上げた状態だ。完全に傷は塞がっていたがまだ自由が効かないらしいための措置だ。


 ミカゲはロウザたちに言葉をかける。


「ユキナ様はサンモトの慣習には疎いのです。そう意気込まれてしまえば、どう返せば良いかわからなくなってしまいますよ」

「だが──」

「とりあえず、まずは頭を上げてください」


 そう言われ、ロウザとゲツヤはオズオズと上体を起こして立ちあがろうと──。


「あ、正座はそのままでお願いします」

「う、うむ。承知した」


 ピシャリと命じられ、膝を負ったまま床に鎮座する二人である。


 それから、ミカゲはゲツヤに眼を向けると困った風な顔で息を吐いた。


「ロウザ様の夜遊びには確かに困ったものでしたが、私から言わせてもらえば兄者も大概でしたね。今回の件で改めて思い出しましたよ」

「……まさか、前にも似たようなことがあったのか?」


 答えはミカゲの首肯だった。


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