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side wolf-2──汝は怠惰を許されし王なり


 ──遠距離攻撃の手数においては優っていたはずのロウザが今はあえてユキナの間合いに付き合っていたのは明確な理由がある。


 端的に言えば威力不足だ。 


 ユキナの剛力の前では、生半可に生成した氷結では容易く粉砕され、むしろ自身の視界を遮る邪魔になりかねない。通用するには相応の『溜め』を要するが、流石のユキナもそれを黙って待ってくれるはずもない。


 だからこそ、ロウザは紙一重のギリギリの攻防を繰り広げながら余計な『氷結付加(エンチャント)』を行わず、ユキナを戦闘不能に追い込む『溜め』を続けていたのだ。


「ふぅぅぅ……文字通り肝が冷えたわ」


 蒼錫杖で支えて立ち上がると、胸中に空気を大きく吐き出す。


 目の前には、広場の半分近くを埋め尽くす大氷海。あとわずかで観客席にまで届くと言う規模。その中にユキナは閉じ込められ、完全に動きを封じられていた。急激に空気の温度が下がり、観戦者の幾人が派手なくしゃみをしている。ただそれ以外に関しては盛大な喧騒を撒き散らし、盛り上がりは最高潮に達ていた。


「ともあれ、賭けは儂の勝ちか」


 勝算がありはしたものの、この戦術はロウザにとって賭けであった。


 自身の『読み』と技量があれば、ユキナの繰り出す槍を潜り抜けられると踏んでいた。確かにその通りではあるが、実際に相対して見ればなんと難しいことか。


 ほんの一手を仕損じれば、肉を切らせたところで骨もろとも粉砕されていた。その恐怖を前にして、普段通りの見切りが通せるかが最大の課題であった。


 これまでひりつくような大勝負を幾度も経てきたロウザであっても、この恐怖心を押さえ込むのは並大抵ではなかった。


 しかし、賭けに勝ったのはロウザであり、結果が氷結に閉じ込められたユキナの姿である。


『こやつを閉じ込める手立ては他にもあったはずです。わざわざこのような手間をかける必要はなかったのでは?』


 求められるのは氷結の最大硬度。トウガの能力で具現できる最大級の硬さが求められていた。それを得るには、ロウザの身を危険に晒すことが必要だったのだ。


「お前の言うこともわかるが、儂の読みでは『これ』が最善だ」


 トウガの忠言をやんわりと否定する。言う通り、単に拘束するだけであれば、これほどに心身を削る策を取るまでもなかった。


 ロウザは戦いの趨勢を見守っていた、ユキナの仲間たちに眼を向ける。


 誰の目から見ても勝敗は明らかな光景を目の当たりにしながら、彼女の中で誰一人として悲痛な表情を浮かべているものはいなかった。あるのは揺るぎなき信頼感だ。 


 ──パキンッ……。


 ガラスが割れるような乾いた音が響く。


 見れば、ユキナを凍結させている大氷海に一筋の亀裂が生じていた。最初の一つを皮切りに、亀裂は瞬く間に広まっていく。


『──まさかっ、この氷結の結界は『邪竜』をも封じ込める強度だぞっっ!?』


 目の前の現実が信じられないとばかりに、トウガが声を漏らす。


 対して、使い手であるロウザは驚いた素振りすら見せない。 


「──さすがは竜殺し(・・・)を成し得た益荒男よ」 

「────ッッッッ、ダァァァァァァア!!」


 黒槍の担い手が、吼え猛りながら自身を封じ込めていた氷結を粉砕し躍り出る。砕け散った氷片が日の光を反射しながら地面に降り注ぐ。


 なんてことはない。


 邪竜を封じ込める強度の氷結を、内側から力任せに粉砕したのだ。


「ぶへぇっっっくしょい! 寒っ! くっっっっそ寒かった!」

「硬さの他にも、常人であれば容易く意識を奪い取る冷気のはずだったんだがなぁ」


 盛大なくしゃみを散らて震えるユキナに、ロウザはどこまでも冷静を保っていた。


 なぜならば、彼にとってはここまで織り込み済みであったからだ。


「よくもやってくれたな──っくしゅん! ずずず……」


 鼻水を啜りながらも士気を高めたユキナは、黒槍を携えて足を踏み出す。


「儂とトウガが絞り出せる限界の硬度に加えて、極寒の冷気に当てられたことで動きも鈍る。最初からここまで合わせれば、札を切る手間は稼げただろう」

『エガワを継ぐ者に相応しきその慧眼、感服いたしました。私如きが口を出すのも烏滸がましい限りでした』


 大氷海でユキナを戦闘不能にできれば御の字程度の認識であった。ロウザの真の狙いは、ユキナの動きを確実に止めて、真の切り札を使うための時間稼ぎ。


 ロウザは静かに佇むと蒼錫杖を両手で構える。 


「では──抜くぞ(・・・)

『承知』


 ロウザの左胸──着流の内側に刻まれた『聖痕』から光が溢れ出す。それに伴い、『蒼錫杖』からも輝きが放たれる。呼応する形で、ユキナの手に刻まれている聖痕も反応を示し、ようやくロウザの意図を察する。焦燥を発しながらも駆け出すが、もう遅い。


『汝は怠惰を許されし王なり。望むままに惰に浸り、求めるままに怠を貪らん』


 訥々と、トウガが祝詞(ノリト)を奏でると、蒼錫杖がその半ばで分たれ始める。 


『我が担い手よ。王の怠惰を犯す不遜に罰を。仇なす咎人を無窮の牢獄に誘わん』


 錫杖の内側から姿を見せるのは片刃の剣。


(いて)つけ──刻滅の凍獄界(ニブルヘイム)


 澄み渡る蒼の刀身が完全に抜き放たれた瞬間、全ての存在が色を失い──停止(・・)した。


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