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side wolf


 土砂の中を突き抜け、こちらに向けて駆けてくる黒刃(ユキナ)を前に、ロウザも蒼錫杖を構えて迎え撃つ。


「お前ほどの剛力無双は見たことがないな! やはりミカゲと共にサンモトに来ないか!」

「余裕ぶっこいてからに!」

「口ほどに余裕はないさ!」


 ユキナが振り回す黒槍は、なんら奇を衒ってさえいない、技とも呼べない攻撃。その間隙に、ロウザが氷刃を纏う蒼錫杖が身を切る。しかし浅かったのか、ユキナは奔る痛みに目元を引き攣らせながら、さらに勢いを増して黒槍を繰り出す。


(本当に堪らんなこれはっ!)


 言葉にする間も惜しみ、ロウザは口端を釣り上げる。あるいは、この果し合いが始まってからずっと、彼の口角は上がりっぱなしだ。


 傍目から見れば、ユキナの攻撃を紙一重で見切り、容易く反撃しているように映るだろう。


 実際にそれは間違いではない。ただし、受けるどころか、下手に受け流そうと蒼錫杖を添えるだけで叩き潰されそうな威圧が常に振るわれてくる。この恐ろしさたるやというもの。


 決して防いではいけない類の一撃であるのを直感で悟っていた。そもそも技とは力が劣るものが使うために用いるものだ。最初から圧倒的な力を秘めているのであれば必要などない。


 故に、迎撃が軽い。隙を見つけて氷刃を振るうも、最後の踏み込みがどうしても躊躇われる。もし仕損じれば、その時点で叩き潰されるイメージがロウザの中にあった。黒槍の斬撃が身を掠めそうになる(たび)に、背筋に痺れるような火花が散っていた。


 だが、その感覚こそ、ロウザが待ち望んでいたものであった。


 ──アークスを訪れて、ミカゲにまつわる情報を集めていくうちに自然と黒刃(ユキナ)の情報も舞い込むようになった。


 当然ではあるのだが、銀閃(ミカゲ)黒刃(ユキナ)にまつわる恋仲の噂を知ったゲツヤの荒れ具合は酷いモノであった。主君であるロウザでさえ、声をかけて宥めるのを躊躇うほどだ。


 ただ一方で、ロウザ個人としてはユキナに会える日を楽しみに待っていた。少なくとも噂話が出る程度には、二人は繋がりがあるのは間違いない。あの堅物がまさか男と懇意になっているとは、この国に来るまで考えもしなかった。加えて、噂の端々に出てくる『大魔刃』の話。推測の範囲内であったが、己が持つ蒼錫杖と同質のものであると睨んでいた。


 実際に面を合わせてみれば、想像を超える『漢』であった。


 時折に見せる胆力は、ゲツヤが気圧されるほど。仮に強がり(ハッタリ)であろうとも、ああまでの凄みを出せる人間に会った事など、ロウザも数える程度しかいない。そのどれもが傑物であり、ユキナもその片鱗を宿しているのは確かであった。


 同時に、確信があった。


 ──この男とは一度、矛を交えることになると。


 ロウザという男は、自他共に認める大の博打好きだ。


 博打で稼いだ金を派手に使うのも好きであるが、何よりも身を焦がすような熱い真剣勝負を求めて止まない。


 帰来の怠け者であるが故に、一瞬の果たし合いに全身全霊を懸けるのを心底から好んでいる。日々の怠惰を望むからこそ、その全てを賭した刹那を愛おしむ。


 得るか失うか。乗るか反るか。勝つか負けるか。生きるか死ぬか。


 相手は己と同じく意志を持った武具を有する者。相手にとって不足があるはずもない。未だかつて無い、冷気を纏いながらも、ロウザは身が内側から焼け焦げるほどの緊張感を存分に味わっていた。


 ──博徒ロウザの最大の強みは、場の気勢を読む能力である。


 五感やその先にある第六感を駆使し、相対する者の攻め気や運の流れを読み、勝負の勘所を察し見極める。負ける時は最小限に、そして勝つ時は最大限に利を得る。ロウザは昔からこれに非常に長けていた。


 その点で言えば、ユキナは非常に読み易い。もしかすればそれは当人も自覚があるのかもしれない。いつどこでどのような攻撃が来るのか、その起点さえ読み切れば相手取るのは容易い。


 ──本来であれば、だが。


 ユキナの攻撃は、起点は読み通りでも、そこから生ずる余波がロウザの背筋を震わせる。分かっていても抑えきれない。読みを僅かにでも間違えれば、一瞬で逆転される恐ろしさを秘めていた。


 勝負の流れはわずかにこちらが優勢。だが、ユキナの持つ気迫はそれを容易く飲み込むほどに強烈だ。ほんの些細な切っ掛けで趨勢の天秤は一気に傾く。


 真剣勝負において『何が起こるか分からない』というのは最も警戒すべき事態だ。ロウザの勘が、ユキナに対してそれを最も恐ろしく感じていた。


 ──故に、優位を保った状況で最大の札を切る。


『準備は整っております、ロウザ様』


 それまで黙していた蒼錫杖(トウガ)念話チャンネルで語りかけくる。


 ──ゴギンッッ!


「ヌゥゥッ!?」


 偶然か狙ってか。ロウザが見せた仄かな隙に対して鋭く振るわれた黒槍を、咄嗟に蒼錫杖で受け流す。タイミングは完璧であった。が、それでもロウザの体をもろとも吹き飛ばすには十分すぎる威力を含んでいた。


 直撃せずとも骨が軋み内臓が揺れ動く。二回り以上の巨漢が振り回す鉄塊で殴られたような衝撃だ。


「んだらぁぁぁぁっっっ!」


 体勢を大きく崩したロウザに、大きく気勢を発しながら黒槍を振り上げるユキナ。彼にとってはまさに千載一遇の好機であろう。


 だが、好機を抱いていたのはロウザも同じであった。


 ロウザは片膝を突いた体勢のまま、蒼錫杖を地面に突き刺した。


 その時、黒槍を大きく振りかぶっていたユキナの目が大きく見開かれる。おそらくは黒槍(グラム)が警告を発したのだろう。


「残念だが──もう遅い」


 蒼錫杖が刺さった地点から『大氷結』が生じ、黒槍を振り上げた格好のユキナを瞬く間に包み込んだ。


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