二百二十七話 らいふわーくである
「我が身が狙われるとあらば、儂も対処せざるをえない。が、ここでそれまでの放蕩三昧が仇となってな。信用のおける家臣というのがあまりにも少ない。大半の者は、既に兄上二人どちらかの陣営に属しているからな。今から切り崩したところで、それを重宝できるかは別だ」
家臣団の中にはロウザを慕っている者もいるにはいるが、兄二人に比べれば数は圧倒的に少数であり心許ない。
「陣営の数自体を特別に増やそうとは思わんよ。この段階に至ってなおも、儂を後継にするという将軍の意思自体は変わってはいないからな。ただこうも狙われる日々が続くともなれば、儂も気が滅入ってくる。しまいには外泊中の寝込みを襲われた事もあってな」
「──って、夜遊び自体は辞めないのかよっ!」
「当たり前だ! 夜遊びと賭場回りは儂の『らいふわーく』だぞ! こいつを取り上げられたら儂は何を楽しめばいいというのだ!!」
くわっ、と目をかっぴらいて言い放つロウザに、ゲツヤとミカゲがやれやれと首を横に振った。遊び人気質は筋金入りだなこれは。
「幸いにも、儂には頼れる側仕えと心強い配下がいたので十分に対処はできたがな。おかげで夜はぐっすりよ。黒刃、お前ならわかるだろ」
「そりゃぁ……まあ」
ゲツヤや護衛衆もそうだが、何よりもトウガの存在が大きいに違いない。グラムもそうだが、特に敵意や殺気を向けられた時の探知能力は、凄いでは済まされない精度を誇っている。しかも念話で語りかけられると、どれほど深い眠りに入っていても即座に目が覚めるのだ。これ以上ない防犯措置だ。
「つーか、よく今の今まで無事だったなお前ら。王様──将軍様か──の目がとどかねぇところなら、割と派手にやらかしそうなもんだがな」
「いやいや、サンモトを出てからしょっちゅう狙われておったぞ」
「へ?」とロウザとゲツヤを除いた俺ら一同は首を傾げた。
「行く先の村や町で泊まった翌日の朝に、刺客があったという報告は受けておったし死体も確認している。お前らと初めて会ったあの村に入る直前にも襲わたからな」
あっけらかんとしたロウザの口ぶりに、ちょっと頬が引き攣ってしまう。
「言っただろう儂の配下は優秀であると。黒刃の言う通りに、将軍の膝下では派手な騒ぎは起こせんだろうからな。サンモトを出たのは、将軍の目の届かぬ場所で兄上達がどのような行動に出るか、確かめたかったというのもあるのよ。結果は今口にした通りだがな」
ロウザに対する諸々の行動は単なる牽制ではなく、隙があれば本気で命を狙うつもりがあったと、サンモトを出てからの襲撃で証明されたのだ。
「しかし、有三無象はともかく、本音を言えばもう少し手が欲しいところよ。連日狙われ続ければ、ゲツヤも護衛衆も身が保たん。王都に入って多少は刺客どもの動きも収まり、ようやく骨休めができたと思ったら此度のことだ」
腕を組んで不満を露わにするロウザであったが、そこで顎に手を当てて考え込んでいたアイナが深く頷いた。
「……これでようやく、私たちが襲われた理由がはっきりしました」
どういう事だ、と視線を投げかけるとアイナが周りを一瞥してから語り出す。
「ミカゲさんを連れ戻す為の理由であった『元婚約者』というのは建前。本音は嘘偽りなく信頼の置ける人材を増やしたかった。そう言う事ですね?」
「然り、察しが良くて助かる」
『身辺を固める為』という理由で誰かを引き込めば、兄二人に対して何かと付け入る隙を作りかねないと判断したのだ。元婚約者を連れ戻したというのであれば、その辺りが和らぐとロウザは考えた。
「婚約者に一度は逃げられたという醜聞は立つだろうが、この辺りは今更であろう。三年前辺りで既に騒がれた話だ。掘り返したところであまり旨味はなかろう」
ミカゲは、ゲツヤと並んでロウザが最も信頼できる数少ない人間であり、腕も十分以上に立つとくる。万一に備えて身辺を固めるにはもってこいだ。
「ただ、ロウザさんの考えを察して、お兄さん達の陣営は先回りをしようとした」
ここにきてようやく診療所が襲われた理由が俺にも分かった。
「ミカゲがロウザの陣営に正式に入る前に潰そうとしってわけか」
どういう形でかは不明だが、ロウザがミカゲと接触している事がロウザ兄の手先が知るところになった。本格的に組まれてロウザの勢力がさらに増すのを危惧し、先手を打ってミカゲを殺そう目論んだのである。
「診療所を襲った襲撃者はまず間違いなく、兄上たちが放った刺客どもだ。残念ながらサンモトの人間では無く、どこかで雇った者たちであり兄上たちにつながるものは一切出てこないだろうが」
「──なら私一人を狙えば良いものを、なぜキュネイの診療所を」
ギリっと、ミカゲが歯を噛み締め怒りを露わにする。己が狙われたのであればともかく、そのせいで俺たちに危害が及んだ事に激しく憤っていた。
「……もしかしたら、ミカゲだけじゃなくて、私たちもロウザくんの陣営に参入するのを恐れて、一網打尽にしたかったのかも」
「おそらくそれで正解だ、キュネイ先生。儂も彼奴等がそう考える可能性を加味して見張りをさせていただが。奴らの短絡さを些か甘く見ていた」
大元であるロウザの兄達は、海を超えた遠い地にいる。意思伝達も速やかにはできず、現場の判断に任せきりになる。もしかすると、その辺りに原因があるのかもしれない。
「しかしながら、儂がミカゲを引き込もうとした事実そのものは、兄上達に確実に伝わるであろう。三流であろうとも奴らも隠密の端くれ。逃げに徹せられれば、儂の護衛衆とて捕まえるのは容易ではない」




