二百二十六話 真面目に驚かれるようだ
ロウザに嗜められ、ゲツヤは眉間に皺を寄せつつも俺から顔を逸らす。主の命令に従うが大いに不満が残っているのは誰が見てもわかったが、これでは話が進まないので指摘はしない。俺も続きを促す意味も込めて「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「……ロウザ様。兄者の言葉は本当なのですか?」
「事情を僅かばかり切り抜けば、確かに一端はミカゲにあるのは違いない。ただこの辺りについては、今は論じても詮無きこと。まずは全貌を説明するのが先だ」
いつになく惑いのある表情のミカゲに、ロウザは落ち着いた声色を掛けた。
やがて、室内に静寂が訪れた頃に、カランが切り出した。
「では話してもらおうか。ユキナくんらが襲われた本当の理由について」
「先に断っておくが、順序立てて語るには少しばかり長くなる。だが必要な話でもある事をご了承願いたい」
ロウザは咳払いを一つ。気を改めてから語り出した。
「おそらく黒刃らはミカゲから聞いているだろうが、エガワ家では儂の上に母違いの兄が二人いてな。これがまた中々に優秀とくる。遊び呆けてる儂と違って、せっせと家臣を取り込んで常日頃から真面目に政力争いをしているわけよ」
褒めていると見せかけて盛大に皮肉っている内容に、思わず肩が落ちる。
「ところが、だ。我が親父殿である将軍は、あろうことかこの儂を後継に任命していてな。理由はこれなんだがな」
と、ロウザは蒼錫杖をシャリンと鳴らす。
『私が認めるのはロウザ様お一人のみ。あのような小童など話にならん』
当然とばかりにトウガが念話で付け足した。
「『蒼錫杖』は代々の将軍に受け継がれるものではあるが、どうにも継承した全ての者が扱えていたわけでもなかったらしい。現に、我が父もその上である祖父も──加えて二人の兄も、トウガに秘められた力を発揮するには至っておらん」
蒼錫杖は力を持った武具ではなく、『継承者としての証』としてエガワ家に伝わっていた。それを久しく使いこなして見せたのが、他ならぬロウザであったのだ。
「儂の前で最後に使いこなしていたのは、サンモトを平定せしめた初代の将軍が最後であると聞いている。一部の家臣は「初代将軍様の再来!」となんだのと囃し立ててくる始末よ。まったく、困ったもんだ」
後継の使命が不本意であると、まるで隠さないロウザ。庶民からすれば贅沢にも聞こえるが、その王族に属していた人間が身近にいるだけに、気持ちは少しだけ分からなくもない。彼女の口からも色々と王の大変さやら気苦労について語られたりもしたからな。
「もしかして、国で遊び三昧で賭け事にのめり込んでたりしてたのって、将軍から見限られて後継を辞めるために?」
「そいつは純然たる趣味だ」
またもやガクッと肩を落としてしまう。
「とはいうが、切っ掛けに影響がなかったとも言い切れん。やってみたら驚くほど性に合っていたから、普通に趣味になったと言えばいいか」
ロウザとしては、特別に将軍の地位に思い入れは無く、己の趣味で、後継任命が撤回されようとも一向に構わなかった。
「ただ、三年前ほどか。ちょうどミカゲがサンモトを出奔した頃から、ちょいと事情が変わってな。本件には余り関係ないので割愛するが、儂なりに将軍の座を継ごうかと真面目に考えだしたのよ」
「えぇっっ!?」
「……ミカゲよ。予想はしていたが、そうも派手に驚かれれば儂もちょっと傷つくぞ」
「も、申し訳ありません、つい」とあまりフォローになっていない平謝のミカゲにジト目を向け、また咳払いの一つで仕切り直してロウザが語り出す。
「問題はここからよ。儂が真面目に跡取りを考え出した途端、どうにもキナ臭い空気が漂いだしてなぁ」
雲行きが怪しくなってきたと感じ始めたのは、俺だけではなかった。ロウザの話を聞く全員が俺と同じものを抱いているのが分かった。
「ミカゲが飛び出して一年後。今から二年前辺りを境に、儂の周りでちょくちょく怪しい動きがで始めた。最初は夜遊びの最中にゴロツキに絡まれる頻度が増えた程度の認識だったが、だんだんと冗談では済まされなくなってきてな」
偶然の事故を装いロウザの身を脅かす出来事が頻発するようになった。大半は巧妙に隠蔽されていたが、いくつかは間違いなく人為的に引き起こされたと思わしき証拠も発見されていた。
どれほど辿ってみても、その奥深くにある存在にまで辿り着くことはできず、だがロウザの命を狙う存在があることは確実であった。
「ま、裏で手を引いているのは兄上たちだろうが。黒幕とまでは行かずとも、関わっているのは確かだ」
「話の流れ的には予想できていましたけど、その根拠は?」
アイナの当然の疑問に、ロウザが肩をすくめる。
「まず単純に、儂が後継として前向きになったのを快く思っていないのは確実だ。それまで放置していたのは、儂がただの放蕩息子に過ぎんかったからだ。あのままではどうせ、親父殿も後継を撤回すると踏んでいたんだろうよ。儂も同じではあったがな」
「元々ロウザ様は、国内を遊び歩く傍らで民草の話をよく聞かれていた。特に、声が届きにくい都から離れた地に足を運び、上げられる陳情に耳を傾けていた」
遊ぶための旅行というのも確かだが、もう半分は民の声を直接聞くための訪問でもあった、とはゲツヤの談だ。
「そう持ち上げられると流石に恥ずかしいんだがな」
「ロウザ様の場合はもう少し己の仕事を宣伝した方が良いかと。ですから、事情を知らぬ無能な家臣どもに舐められるのです」
思うところ多分にありとばかりに憮然となるゲツヤに、ロウザは困った風に頭を掻いた。真面目な働きぶりや努力を人に見られたり知られたりするのが恥ずかしいタイプのようだ。
「話を戻すが。兄上たちを疑う根拠は、儂を害そうと目論んで起こった事案にはあまりにも証拠が少な過ぎた事だ」
俺とキュネイ、ミカゲは揃って頭に疑問符を浮かべる。しかしただ一人、アイナだけは静かにだが息を呑んでいた。
「儂らが見つけた痕跡はほんの些細なモノに限られ、直接的に背後関係につながるようなものは一切見つからなかった──この意味、アイナ嬢なら察してくれたか」
「権力を有した何者かが徹底して証拠を隠滅している、と言いたいのですね」
「ああ。やり口があまりにも達者すぎる。儂に関わりがあり、そのような芸当ができる者となると……残念ながら、我が兄上たちをのぞいて他にいないのだ。残念な事にな」
片親だけであり決して仲の良い間柄では無くとも、血の繋がった実の兄弟だ。ロウザとしても完全に割り切ることはできていないのは、今浮かべている寂しげな表情が物語ってた。




