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第二百二十五話 弁償はしてくれるらしい


 結果だけ見れば、俺たち四人に目立った被害はない。唯一の被害といえば、案の定キュネイの診療所は一部が損壊していた。貴重であったり危険が伴う薬品については厳重かつ頑強に保管していたために問題なかったが、診察室や廊下、受付の一部が破壊されていた。


 これで、しばらくの間は休業を余儀なくされる。


 ただ、残念ながら診療所の休業問題よりも優先すべき深刻な事態に俺たちは直面していた。


「……では、ユキナくん達を襲った不届者達は」

「制圧した直後に、一人残らず死んだ。黒刃やキュネイ先生がわざわざ生かしておいた者も、口の中に忍ばせていた毒を含んでな。もうちょい命は大切にしてもらにゃかなわんよ」


 カランの深刻な問いかけに、ロウザ何の気無しに肩をすくめた。


 ──ロウザが滞在している超高級宿で夜を明かし、俺たちは傭兵組合に足を運んでいた。


 部屋を訪ねた時点でカランには俺たちが襲われた旨は伝わっていた様だ。こちらの顔を見るなりに、強烈に渋い顔になった。俺たちが悪いわけではないのに申し訳ない気分にさせられた。


 ロウザから襲撃者達の顛末を聞き、カランの顔は深刻みを帯びる。


「全員死亡とは聞いていたが、捕虜から情報が漏れぬ為の後始末か。正道とは程遠いが、徹底している」

彼奴等(きゃつら)は裏稼業の者達だ。とはいえ、質としては精々、上の下から中の上あたりだろう。でなければ、銀閃だけではなく黒刃の居る家に安易に押し入ろうとは思わんさ」


 語るロウザの口ぶりには迷いがない。まるでこうなることを最初から見越していたかのようである。そもそもの話、あのタイミングでの現れ方からして、まるで芝居の一幕だ。


「おいロウザ。いい加減に、もったいぶってないで知ってることを全部話せ」


 俺たちはロウザの泊まっている部屋で夜明けを待ったが、その間にロウザはこちらがいくら問いかけてもはぐらかすだけに留まっていた。「カラン殿の所についたら話す」と。


「すまん。一応、お前さんらの監督者にも交えて話を通すのが筋だと思っていてな。二度手間を嫌ったまでよ」


 ロウザは、初めて出会ってからほとんど見せたことがなかった深いため息を漏らした。


「大方の予想は付いているのだろうが、昨晩にお前らを襲った者どもの本命はこの儂よ」

「やっぱりそうだったか」


 昨晩からずっと頭に残っていた『でけぇ心当たり』というグラムの一言。冷静に考えてみれば、一目瞭然。これ以上にない切っ掛け(・・・・)があったではないか。アイナとミカゲはロウザが割って現れた時点で察していた様だった。


「ロウザさんは、最初からこうなること(・・・・・・)を想定していた。だからあの場に現れることができた──ということでしょうか?」

「もしかしたら──という懸念は頭の片隅にはあったのは認めよう、アイナ嬢。故に、秘密裏に配下の一人にキュネイ先生の診療所の見張りをさせていた。もっとも、これは本当に、万が一の為の保険であり、まさか夜中に叩き起こされるとは思わなんだよ」


 よく見せていたニヤけた笑みが損なれ、忌々しげに言葉を吐き出す。それだけにこの状況は、ロウザにとっても望むものではなかったと表していた。


「キュネイ先生には本当に申し訳ないことをした。診療所が破壊されたのは間違いなく儂らのせいだ。修繕費に関しては全面的にこちらが負担しよう。必要な分を遠慮なく申してくれ」

「それについては後ほどで結構。今はもっと大事な話があるのでしょう?」

「ああ、気遣い感謝する」


 そこで俺が口を開いた。


「んで結局、観光案内の建前だと思ってた『護衛』の仕事が、その実は本命だったという認識で良いのか?」

「その辺りについてはちと少しややこしくてな。まず何から話したものか」


 顎に手を当てて思案をするロウザだったが、次に代わりに口を開いたのはゲツヤだ。


「あの不届者共の本懐はロウザ様の御身には違いはない。しかし──」


 険しい目を向けた先にいるのは、彼の妹出るミカゲであった。


「貴様ら郎党が昨夜に襲われた理由はお前だ、ミカゲ」

「私の……せい?」


 まさかに名を示されて、ミカゲが愕然とした。そんな妹に対してゲツヤは畳み掛ける様に続けた。


「素直にロウザ様の命に従い、我らと共にサンモトに向かっていればこの様な事態にはならなかった。それ以前に、お前が実家から飛び出す様なことがなければ──」

「おいっ、それじゃぁミカゲが全部悪いみたいじゃねぇか!」


 あまりの言い草に口を挟まずにはいられなかった。


 ゲツヤは忌々しげに俺を見据えてさらに言葉を続ける。


「私は事実を口にしたまでだ。部外者は黙っていろ」

「襲われたのは俺の仲間だ! どこをどう考えても部内者だろ!」

『いや相棒、それはなんか違うって。言わんとするところは分かるけども』


 グラムの冷静なツッコミを尻目に、俺とゲツヤは睨み合う。


 ロウザとは案外話が合いそうなのだが、一方でこいつとは打ち解けられる気配が全くない。口数はなくとも、俺の言動や行動に逐一敵愾心に近いものを向けてくる。


 一触即発の空気の中、割って入ったのは他ならぬロウザだ。


「待った待った。お前らが争ったところで得をするものはここにおらんぞ。落ち着かんかい」


 手振りで制止をしながら、ゲツヤを軽く睨む。


「事情を説明しておらんのにあの言い草は少し頂けんな、ゲツヤよ」

「……申し訳ございません」

「まったく、お前らしくもない。──まぁ気持ちは察するがな」


 と、小さく付け足しながら俺に流し目を向けてくるロウザ。視線に含まれる意味を読み取れずに、俺は眉を顰めるしかなかった。

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