二百二十四話 蒼錫杖の音
まるで舞台劇で主役が大見得を切った現れ方に、緊張とは別の意味で眉を顰めてしまう。配下の連中など、片膝をついて妙な手振りまでつけてロウザの登場をアピールしている。厳格な奴らと思いきや、案外ノリはいいのかもしれない。
「って、悠長にやってる場合じゃねぇだろ!」
「はっはっは! 無事であったか黒刃よ! まぁお前らが早々に遅れをとるとは思うていなかったがな!」
俺の叫びに、普段通りの快活な笑い声で返すロウザ。その登場に、静かに忍び寄っていた殺気が激しく波打った。まるで俺たちのことなど眼中にないとばかりに踵を返すと、襲撃者たちは揃ってロウザたちへと剣を向け飛び出した。
「三流もいい所だな。やるのであれば名乗りの最中に仕掛けい」
ロウザは口端を釣り上げながら錫杖の石突で地面を叩くと、配下の護衛衆が一斉に散り、向かってくる襲撃者たちを迎え撃つ。
静寂に包まれていたはずの路地が、ついには大乱戦に発展してしまった。至る所から剣戟の音が鳴り響き、激しく殺気と火花が飛び交う。
「えっと……これってどんな状況なのかしら?」
いまいち流れについていけていないキュネイが困り顔になる。ぶっちゃけ、俺も似た様な心境だ。ただミカゲとアイナは、じっと視線をロウザに向けていた。俺らと違い、彼女たちには何かしら思い当たるところがあるらしい。
「ゲツヤ。お前も行くがいい」
「よろしいので?」
「他国の者とはいえ、無辜の民草には違いあるまい。夜分にあまり騒がしくすると迷惑だからな。早急に終わらせたい」
「仰せのままに」
ロウザの命に一礼を返したゲツヤは、左手を腰の鞘に添えながら疾駆する。踏み出しから加速が凄まじく、離れた位置でも下手すると見失いそうになるほどだ。
護衛衆と刃を交えていた襲撃者の一人が、ゲツヤの接近に気が付く。咄嗟に距離を置こうと飛び退くが、白狐は更に速度を増し襲撃者の目前にまで踏み込む。次の瞬間には横切り、通り過ぎたゲツヤの背後で襲撃者が遅れて血を吹き出しながら倒れた。目にも止まらぬ抜刀とはまさにこのことだ。
続けて、それぞれ別の方から三人の襲撃者が飛びかかる。一対一では勝ち目がないと判断したのだろうか。素人目から見ても息の合った動きでゲツヤを狙う。
「未熟」
足を止めたゲツヤから銀光が閃くと、襲撃者たちは三人まとめて地に落ちた。
そこからは、ほぼゲツヤの独壇場だ。驚異的な踏み込みで攻め込み、向かってくる者も凄まじい剣速の前に容易く断ち切られる。
ミカゲの言う通り、襲撃者たちは決して弱くはない。集団で戦うことを前提とした動きは、門外漢の俺でも洗礼されていると分かる。だがどれほどに巧みな連携をこなしても、ゲツヤには届かない。全てが銀の煌めきの前にただ切り払われる。
「兄者──やはりあの時は手加減を」
ギチっと、ミカゲが握っている柄に力が籠っていた。正体を隠し、森で彼女とやり合っていた時よりも遥かに今のゲツヤは容赦がない。
ロウザの登場から、瞬く間に倒されていく襲撃者たち。最低限の警戒はしつつも、俺たちはただそれを眺めているだけであった。
『あ、抜けた』
「へっ? あっ、ロウザッッ!」
グラムの呆けた一言で、俺は叫んだ。
ゲツヤが切り伏せた筈の一人が飛び上がる様に起きると、ロウザに向けて走りだしたのだ。すぐさまゲツヤも気が付くが、今から駆けても襲撃者がロウザに届く方が早い。
「ほほぅ、ゲツヤを出し抜くか。不逞な輩ではあるが中々に達者ではないか」
己に近づいてくる刃が見えているだろうに、ロウザはどこまでも余裕だ。自身の顎を撫ですさりながら感心したふうに襲撃者を見据える。
「くそっ、グラム!」
『まぁ待ちなって。多分大丈夫だ』
「おまっ、何言って──」
黒槍を逆手に持ち投射の構えを取るが、当の黒槍は呑気なものだ。危機感のまるでない声に、思わず俺も動きを止めてしまった。
そうしている間に、ついに襲撃者の刃がロウザに届かんと突き出される。
「氷結付加」
──シャリンと、蒼錫杖が軽やかに音を奏でた。
「──ッッ!?」
剣の切先は役割を果たす直前、あとほんの一押しでロウザを貫くという所で唐突に止まる。それが襲撃者の意図せぬものであることは、誰の目にも明らかだった。
「儂の首は貴様らの様な刺客にくれてやるほどには安くなくてな。諦めろ」
ロウザが告げた襲撃者は、身体の大半を半透明の物体に包まれ身動きを完全に封じ込まれていた。それだけではない。この場にいる襲撃者たちは倒れているものも立っているものも含め、誰もが同じ様に半透明の物体に固められていた。
「氷結魔法!? でも詠唱省略に反して規模が大きすぎる──ッ」
アイナが驚き目を見張った。部屋の扉を封鎖するのに魔法を使ってはいたが、あれとは明らかに効果を及ぼす範囲が違う。
しかし、アイナには悪いが俺は別の結論に至っていた。
これは魔法の類ではない。
『ああそうだ。あの蒼錫杖の力だ』
俺の持つ黒槍然り。
リードの持つ蛇腹剣然り。
俺たちの持つ意志を持った武具には、魔法とは似て非なる能力が備わっていた。つまり、グラムが同族と認める蒼錫杖も当然、何かしらの能力を有していて然るべきだ。
それがこの、広範囲にも及ぶ『氷結』なのだ。




